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2016.10.26

2016年秋特別公開。足利義政ゆかりの寺・銀閣寺で日本庭園の多様な美を知る

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ニッポンの名庭 〜銀閣寺 池泉回遊式庭園〜

室町時代にさかのぼる歴史をもつ「銀閣寺」は正式名称を「慈照寺」(じしょうじ)とし、8代将軍足利義政(あしかがよしまさ)によって造営された東山山荘(東山殿)を起源とします。–2014年和樂11月号より–

名庭の見方と見どころガイド

西芳寺にならったとされる錦境池(きんきょうち)を中心に観音殿や東求堂を望むと、義政の視点をなぞることができ、趣も深い。東求堂からの眺めも素晴らしく、特別公開ではぜひとも見てみたいポイントです。白砂を盛った向月台(こうげつだい)や、方丈の銀沙灘(ぎんしゃだん)は江戸時代の大改修でつくられたものですが、その美しさは今や銀閣寺の象徴となっています。

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モダンアートのようなふたつの砂盛

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砂紋(さもん)を描いた手前の銀沙灘(ぎんしゃだん)と、奥の富士山型の向月大(こうげつだい)は緑とのコントラストが見事です。

苔むした庭に見る西芳寺への思い

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東求堂の周囲には、苔むした地面に様々な植栽が配され、義政の美意識を間近にすることができます。

錦鏡池に映える建築の美

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錦鏡池にせり出した東求堂(とうぐどう)。観音殿も錦鏡池に面していて、幽玄の世界を形づくっています。

銀閣寺–池泉回遊式庭園–はどうしてできたの?

抗争や戦乱に政治の意欲を喪失した義政は実子の義尚(よしひさ)に将軍職を譲って、みずから欲する庭や建築を求めるようになります。応仁の乱が終わると焼けたままになっていた浄土寺跡地を山荘にしようと思いつき、東山殿の造営に着手し没頭していきます。東山殿の庭は義政が好んだ西芳寺を手本につくられたとされ、義満が残した金閣を見直すために鹿苑寺を訪れたという記録も残っています。観音殿(銀閣)の立柱上棟(りつちゅうじょうとう)も行われたのですが、義政は病に倒れてしまいその完成を見ることなくこの世を去ってしまいました。その後、江戸時代になり建築や日本庭園に禅宗の趣を取り入れた大改修が行われます。その際につくられたのが現在の「銀閣寺」の庭園を代表する白砂の向月台や銀沙灘などです。簡素にして枯淡(こたん)の美の極致「銀閣寺」。池泉回遊式庭園には義政の志が今もただよっているかのようです。

特別公開中の銀閣寺に行こう!

【秋の特別公開期間】
2016年10月1日(土)〜2016年11月30日(水)
※行事のため急遽中止、変更になる場合があります。
【ホームページ】
http://www.shokoku-ji.jp/a_news15.html
【時間】10時〜16時
【参拝料】
一般参拝料→高校生以上500円/小・中学生300円
特別参観料→おひとり様1000円
※いずれも一般参拝料の他に特別拝観料がかかります。
【住所】〒606-8402 京都府京都市左京区銀閣寺町2