江戸のにぎわいに想いをはせつつ1日下町散歩
江戸に生まれた広重は故郷を愛し数多(あまた)の名作を手がけたことで知られています。その広重は、現代散歩の聖地、谷中、上野、湯島をどのように描いていたのでしょう。ここでは広重の浮世絵とともに下町散歩のおすすめルートをご紹介します。
広重の名画を巡る下町散歩、まずは江戸の人々にとって虫聞きNo.1スポットであった道灌山(どうかんやま)から始めましょう。道灌山は江戸城を築城した太田道灌の住居があった場所。江戸時代になると庶民にも開放され、秋の虫の音、花見、月見の名所として大変な人気でした。当時はここに集まる観光客目当てに多くの団子屋が店を出したそうです。その眺めはJR西日暮里駅の線路にとって代わられましたが、目をつぶると広重も聴いた虫の音が聞こえてきそうです。
道灌山(東京・日暮里)
歌川広重『東都名所 道灌山虫聞之図』大判錦絵天保10~13(1839~42)年江戸時代、道灌山は庶民の憩いの場として開放されていたため虫聞きの名所となっていた。山から望んだ低地は現在JR西日暮里駅から駒込方面に向かう線路となっている。写真提供アフロ
団子と聞いて小腹が空いたら、古き良き商店街の風情を残す谷中銀座へ。コロッケ、くず餅、焼き鳥などなど、現代の散歩客目当てに食べ物や江戸土産を商う店が軒を並べ、いやが上にも散歩の情感が高まります。この谷中銀座の先にあるのが夕焼けの名所として知られるその名も夕焼けだんだん。もし広重が今を生きていればきっとここから見える夕焼けを絵に残したことでしょう。
夕焼けだんだんを上がって右に曲がると、そこは谷中の寺町通り。そもそも谷中は江戸の都市計画によって多くの寺が集められた町。今も多くの寺が点在し、観音寺の築地塀(ついじべい)などに江戸の名残を留めます。江戸時代文化の発信地であった谷中らしく、この地域には器ギャラリー「韋駄天(いだてん)」や、ほっこりなごめる「さんさき坂カフェ」、世界初のたわし専門店「亀の子束子(かめのこだわし)谷中店」など、さまざまなジャンルの個性豊かな店が地域に根を張り、いつ訪れても新しい発見にあふれています。
さて広重が活躍していたころ、谷中の寺町を抜けて三崎坂を、左手に江戸千代紙の店「いせ辰」、右手に「菊見せんべい」を見ながら下った先に見える団子坂は桜の一大名所でした。広重最晩年の大作『名所江戸百景』にも団子坂は花見客を目当てにした茶亭とともに描かれています。ひときわ目を惹く「紫泉亭(しせんてい)」、その手前にはたなびく雲を挟んで桜を描き、対比の妙を見せています。今では桜も手前の池も紫泉亭もなく、団子坂という地名だけに当時の記憶が残ります。
団子坂(東京・千駄木)
歌川広重『名所江戸百景 千駄木團子坂花屋敷』大判錦絵 安政3~5(1856~8)年団子坂を登った崖のほとりに開かれた茶亭「紫泉亭」を池(現在はない)を挟んで描いた。当時このあたりは桜の一大名所。東京メトロ千代田線千駄木駅1番出口を出てすぐに団子坂下がある。写真提供アフロ
下町散歩はこのコースで!
道灌山をスタートしたら下町散歩の人気スポット谷中銀座へ。週末ともなると多くの人出で賑わう。
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谷中銀座をぬけると夕焼けだんだんが。
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寺町通りにある彫刻家朝倉文夫の住居兼アトリエだった朝倉彫塑館。
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風情ある観音寺の築地塀の路地を抜け、岡倉天心記念公園や大人気のかき氷屋「ひみつ堂」などへも。
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寺町通りに戻り、器ギャラリー「韋駄天」へ。
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谷中を抜けて三崎坂を下る途中にある「さんさき坂カフェ」であんみつでも。
団子坂から根津に向かって歩き根津神社を参拝。ここまで歩けば谷中銀座で摂取したカロリーも消費していますので、そろそろ昼食といきましょう。おすすめは根津にある串揚げの名店「はん亭」。明治に建てられた木造3階建ての建物を改修したという店でいただく、からっと揚がった串揚げは格別。いくらでもお腹におさまりそうです。
根津をすぎるとすぐに左手に現れるのが不忍池(しのばずのいけ)。ここから池に浮かぶ弁天堂を抜ける風景は江戸時代そのままのよう。では、それを確かめに広重が描いた清水観音堂(きよみずかんのんどう)に上ってみましょう。すると確かにありました!広重が愛した「松の月」。そしてその向こうに見える池と弁天堂は広重が描いた絵のままです。実はこの松、明治に消失したものを2013年に復活させたものでした。
清水観音堂(東京・上野)
歌川広重『名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池』大判錦絵安政3~5(1856~58)年上野公園に立つ観音堂を近景に不忍池を遠景に描いた。絵に登場する「月の松」は明治時代の台風によって消失したが、2013年に復活。江戸の庶民に愛された景色を追体験できる。 拝観時間9時~16時 写真提供アフロ
上野公園内にある老舗料亭「韻松亭(いんしょうてい)」の茶屋「喫茶去(きっさこ)」で一服し、創業280年というつげ櫛の老舗「十三や」を覗いたら、今日の散歩の最終目的地である湯島天満宮へ。広重は神社仏閣を描くとき、お堂などを直接描くことをあまりせず、近景に坂や門を置くことを好みました。男坂に到着し社を見上げると、そこに見えるのは広重の描いた世界!確かに変わりゆく町東京では、このエリアといえども広重が見た風景を残す場所はほとんどありません。しかしながら、広重が描いた地に立ちその絵を思い浮かべると、彼がいかに江戸という町を愛していたのかが強く伝わってくるのです。
湯島天満宮(東京・湯島)
歌川広重『江都名所 湯しま天満宮』大判錦絵天保年間(1830~44年)菅原道真ゆかりの湯島天満宮を男坂から望む今も昔も変わらない景色。現在は学問の神様として知られるが、当時は富くじ(現在の宝くじ)売り場としても賑わいを見せていた。 開門時間6時~20時 写真提供アフロ
下町散歩も後半突入!
谷根千のお土産といえば「いせ辰」 広重が描いたものも
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三崎坂から根津に抜ける通称「へび道」と呼ばれる道沿いにある「亀の子束子谷中本店」
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浮世絵にも多く描かれた根津神社 境内にある乙女稲荷神社へも。
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お昼は根津の名店「はん亭」で
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広重が描いた上野公園内の清水観音堂。
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公園内の「韻松亭」でのランチもおすすめ 茶屋「喫茶去」も併設
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江戸っ娘も憧れた「十三や」のつげ櫛
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湯島天満宮で東京下町広重散歩も終了。