熊本県人吉の旅前編は、茅葺社殿の国宝「青井阿蘇神社」を堪能しました。後編は、球磨川沿いに広がる温泉街をふらふら。そして最後は明治から平成まで、人吉の人々、旅人を癒してきた宿で、ゆっくりと体を休めます。
球磨川の流れと豊富な源泉。人吉は癒やしの里
山々に囲まれた盆地という地の利を生かして外敵の侵入を拒み、民衆と一体となって町づくりをすすめた人吉藩主の相良氏。社寺や神楽などを信仰とともに守り続ける精神が土地に根づき、外来文化を吸収しながら独自の文化も形成したこの土地は、日本の文化形成の縮図ともいえそうです。
かつて司馬遼太郎はここを「日本でもっとも豊かな隠れ里」と称賛しましたが、まさにその言葉のとおり。標高1700mを超える九州山地を源とする球磨川が悠々と流れ、八代平野を抜けて八代海へ。急峻な山を駆け下り、中流域で流れはいったん緩やかになり、再び渓谷をゆく急流となる変化に富んだこの流れは、多様な生物や特異な生態系をこの地にもたらしました。
また、秋から春にかけては、年間100日を超す頻度で町が朝霧にすっぽり包まれるのだとか。その幽玄な景色のなか、河畔を中心に点在する温泉宿群。郡市内に60にものぼる源泉があり、施設ごとに源泉をもつという、ここは温泉天国でもあるのです。
明治創業の湯治場から宿へと変身した「旅館たから湯」。脱衣所から下りるようなつくりの浴室は、ほぼ開湯当時のまま
人吉温泉が開かれた時期は定かではありませんが、明応元(1492)年に相良家第12代当主の為続が湯治したという記録があり、少なくとも500年以上前には人吉の生活に温泉が息づいていたよう。現在も10を超す公衆浴場が営業し、ほとんどの宿が数百円で外来入浴を受け付けています。旅の途中、一服代わりにひと風呂…と、気軽に入浴できるのが人吉温泉の魅力です。
温泉、米、そして人吉球磨の豊かな食材。一夜の宿でゆっくりと
国宝を鑑賞し、川景色を眺め、ゆっくり湯につかる。そんな欲張らない旅が楽しめる心地のいい宿。
さて、人吉での旅の宿は、その名も温泉町にある「旅館たから湯」。市街地の「青井阿蘇神社」から2.5㎞ほど離れた、静かな場所に佇んでいます。
そもそもは明治期に公共の湯治場として開湯し、明治40年には球磨川で鮎釣りなどを楽しむ釣り人を少人数受け入れる宿として営業していたのだとか。そして平成11(1999)年、現在の主人の手により増築され、「旅館たから湯」という名称を継いで新規オープンしました。
左/ル・コルビュジエなどによるモダンデザインの家具も、さりげなく空間にマッチ。右/ベッドが設置されている客室も。時間の制約なく横になれるのがうれしい
増築したとはいえ、現在も5室という小規模な宿。貸切風呂を増設したものの、メインのお風呂はほぼ開湯当時のまま。脱衣所まで階段を数段下り、浴槽はその下といった不思議な造りですが、日中は外光が入る気持ちのいい浴室です。
夕食は小吸碗や先付からはじまる会席膳。山、田畑、川、そして海のものと、食材豊富な人吉球磨の味を堪能
国宝建築や球磨川下りなどを楽しんだら、ぜひ明るいうちに宿へ。やわらかなお湯で体をほぐしてから、人吉球磨地方の食材をメインにした夕食を。この宿は郡内に畑や山を持ち、各種野菜から栗、柚子、きのこや山菜を、鮎や山女魚など球磨川の美味とともに味わわせてくれます。
米どころでもある人吉の幸せな朝食
そんな食事に欠かせない球磨焼酎。相良氏が水路を整え米どころとなったこの地域には現在も28の醸造場があり、各社が米焼酎を製造、美食をさらに引き立てます。
国宝に指定されて日は浅いけれど、「相良700年」と呼ばれる統治時代から変わらず暮らしとともにある「青井阿蘇神社」。土地の恵みのひとつである温泉。心に染み入る球磨川や水田の景色。しみじみここの人がうらやましい…そんな時間を人吉で過ごしました。
旅館たから湯
住所 熊本県人吉市温泉町湯ノ元2482
TEL 0966-23-4951