僕のソロキャン物語VOL.13
秘湯を目指して行く自転車キャンプ旅
自転車旅は、温泉の快楽が通常の5倍になる
いつの頃からか、25年に及ぶ自分の自転車旅は、地図を見ながら良さげな温泉を目指すようになっていった。
実際に実行した人ならば理解すると思うのだけど、
自転車の旅はハードなのである。
当然、体を死ぬほど動かす。峠も超える、坂は日常茶飯事、大汗をかき、夏の峠越えなど、手ぬぐい三本ほどが水の入ったバケツに浸したような状態になる。また車のように屋根が無く、バイクのように防護もなく、体は剥きだしである。
なので、体は、その時々の気温に大きく左右される。
寒い、暑い、は当たり前。
その上で、天気はこちらの思うようにはならず、雨、風、または直射日光を直接体で受け止める。
などなど、自分でこうやって書いてても、よく考えたら「ようやるわい」と思ってしまうほどだ。
そんな旅だから、自然に温泉を求めるようになっていった。
通常の旅ならば、ひたすら美味しい食事を求めて、それらを旅の醍醐味と楽しみにする人は多いだろう。
しかし、人力旅は、食べ物ではないのである。
大汗をかき、自然現象にもみくちゃにされ、疲弊した体が一番求めるものは、食べ物よりも、美しい景色よりも、わずらわしい出会いよりも、気持ちの良い温泉なのである。
普通のお風呂やシャワーより、やはり温泉でしょう。
我々は日本人である。この火山の国の恩恵を、フルに利用した方が良いのは言うまでもない。
疲れた体から汗まみれの服を脱ぎ捨て、温泉に浸かった時の気持ち良さは、普通の旅よりも遥かに極上感をもたらしてくれるのである。
ひっそりと佇む天然温泉&宿
この連載を読んでいただいてる方ならご存知だと思うが、自分の今までの旅は北海道が圧倒的に多い。
夏も冬も一番数多く旅している地なのである。
北海道は温泉天国で、地域にもよるが、だいたいどの場所にもひとつやふたつはある。
50キロほど走れば、なにかしらの良い温泉がある場合が多いのだ。
なので、近年は温泉を目指して旅をしている事がほとんどである。
この温泉の多さも、北海道にハマった理由のひとつかもしれない。
キャンプ場に隣接して温泉施設がある場合も多く、温泉のパターンも様々で、大きい施設もあれば小さい施設もある
時には無料の天然露天風呂なども点々と存在する。
自分の好みとしては、あまり知られていない昔ながらの古い建物と共に、源泉かけ流し温泉のある小さい宿だ。
こういう旅館は北海道各所にまだ存在し、宿代も二食付きで平均7千円とか8千円ほどが多く、時にもっと安い場合もあり、財布にもやさしい。(しかし、現在では宿を閉じてしまったところもあり、残念な場合もポツポツあるのだが……)
キャンプ中心で、この手の宿では日帰り入浴をする事も多いが、やはり一度は泊まってみたくなり、テントは自転車に付けたまま、疲れを取るため、ゆっくりと宿泊する事もある。
もちろん他地域に出かけた場合でも、なるべく温泉を探すようになってしまった。
日本を走る場合、やはり小さい宿などに良いところが多い、というのが実際に旅した実感である。
信州などにも出かけるが、やはりそちらでも、地図(紙)を見ながら、温泉地のアタリをおおまかに決めて動いている。
京都にはほとんど温泉が無い。
しかし、京都は昔ながらの良い銭湯が多いので、銭湯をめぐる旅は面白いかもしれない。(まだ実行はしてないが、古くて建物に風情のある銭湯はいくつも発見している)
そんなわけで、北海道が中心になってしまうが、たくさん立ち寄った温泉の中から、いくつか好きな温泉を紹介しようと思う。
温泉ハンティング
今まで数多くの温泉に入ってきたが、全部を網羅するのは無理なので、印象に残っている温泉を僅かだがいくつかピックアップしてみました。
あまり知られていない無料の天然露天風呂や秘湯、小さい宿など。
北海道 屈斜路湖畔
屈斜路湖周辺は、温泉天国である。
屈斜路湖には、和琴半島の湯、コタンの湯、池の湯、砂湯、と、無料の露天風呂が点在している。
全て混浴だが、和琴とコタンには脱衣所もある。和琴には無料の露天風呂の他にも有料の共同浴場もあるので、何かと便利だ。砂湯は砂を少し掘ると温泉がわき出して来るため、足湯程度だが、頑張れば人が入れるぐらいの浴槽もできるかもしれない
真冬は、白鳥が飛来してくるため、氷点下の中、白鳥を見ながら露天風呂に入る事が可能である。
近くには川湯という温泉郷もあり、こちらは強力な硫黄泉である。各温泉、泉質が違うのも良い。
北海道の中でも温泉巡りをして楽しめる素敵な場所なのである。
北海道 蟠渓(ばんけい)オサル湯
道南の壮瞥町にある蟠渓(ばんけい)という小さい静かな村にひっそりと存在する河原にある無料露天風呂。岩で取り囲んで浴槽が作られてて、河からそのまま水を引いて、湯の温度を調節する、というワイルド極まりない温泉です。なんだか、入浴してると動物になった気分になる。
オサル湯という名なので、お猿さんも入りにくるのかな? と、ほとんど何も考えずに、ウキャッ!ウキャッと、お猿様のマネをして喜んでたが、オサルというのは、猿ではなく沙流川(さるかわ)の温泉だから、オサル湯だというのを後から知り、恥ずかしかった
北海道 幌加温泉 湯元鹿の谷
北海道国道最高地点、三国峠の途中にひっそりと存在する古い小さな自炊の、素朴な湯治宿。
この宿だけがひとつポツンとあるだけで、周囲には何もなく大雪山系の大自然が雄大に広がっている。
温泉は露天風呂含め、4つの浴槽があり全て泉質が違うが、全て混浴、源泉かけ流し。
おばあちゃんが、いつも布団を丁寧に綺麗にしてくれて、心の底からホッとする。
ネット環境は無い。
何もないが、全てある。
時々、鹿が周囲をウロウロしてて、夕方など、露天風呂に入っていると、ひょっこり現れる。
おばあちゃんの気分次第で、おにぎりを作ってくれる時がある。
この宿にいると、人間はこのぐらいで十分なんだ、と、よく思う。
周囲の大自然に敬意と畏敬、出しゃばらない謙虚さを常に心がけている温泉宿。
北海道 熊石 平田内温泉熊の湯
北海道 道南の日本海側、八雲町の熊石、国道229号の脇の小さい舗装路を5キロほど山方面に行くと行き止まりの渓谷に岩をくりぬいて作られた渓流露天風呂の温泉がある。
脱衣所があるのみで、混浴。
渓流沿いに沸くこちらもかなりワイルドな無料天然温泉。
オレが入りに行った時は誰もいなくて、でも、そのかわり岩場にデカいヘビの青大将様が
優雅にお昼寝をなさっていた。
オレはヘビが大大大の苦手なので、全身蒼白。
浴槽の岩場なので、あんなとこにヘビ様が寝てられては、とてもじゃないが浴槽に入る事ができない。しばし周囲を見渡し、スッ裸のまま「これはどうすればいいか?」を考える。
洗面器があったので、これでお湯をぶっかけてヘビ様を起こし退場させるしかない、と思った。
湯を触ると、かなり熱いので、ヘビ様が起きるには十分だろう。
ヘビ様には申し訳ない(恨みはないのだが)が、もうやるしかない。
勇気をもって、熱いお湯をぶっかけたら、目論見通り、ヘビ様はビックリしてあわてて飛び起き、温泉を渡って(熱くないのか?汗、火傷しないのか?汗)岩の奥に消えていった。
かくして、ホースで少しぬるくして温泉に入る事ができたはいいが、今度はアブの軍団の総攻撃を顔中に食らい、アブ退治に、ひーひー言いながら入るハメになったのだった。
人が少ない秘湯は、動物や虫たちと付き合うハメにもなるから、気をつけましょうね。
こういった無料の天然温泉は無料だから良いわけではない。
地元の人の親切心もあるが、やはり周囲の自然など、心が豊かな気持ちになる要素が多く、あくまで謙虚に楽しむ事ができれば、それは心の財産にもなるのです。
気がつくと、そんな小さな天然温泉が好きでたくさん書きたくなってしまう。
北海道 足寄町 野中温泉
北海道、阿寒の二つの山、雄阿寒岳、雌阿寒岳。
この女性の名がつく雌阿寒岳の麓にひっそりと存在する小さな神秘の湖、オンネトー(温根沼。アイヌ語で、年老いた沼、大きな沼、という意味だそうです)の脇にある温泉宿が野中温泉なのである。
オンネトーは、キャンプ場と小さな食堂兼売店と、この小さな温泉旅館があるのみで、大変静かな湖だ。
宿も、昔ながらの民宿で、浴場も総木造りの、大変立派で風情のある温泉。
湯は強烈な硫黄泉で石鹸が使えない。もちろん源泉かけ流しで、硫黄臭も濃厚である。
朝など、色が青い透明だな、と思うと、夕方には白い色に変化していて硫黄泉特有の不思議な光を放っている。
オンネトーという小さな湖も、湖面が五色に変化する湖で、これまた不思議な存在感を放っている。
自分は冬にも夏にも行っていて、オンネトーの静かな自然環境と共に、このひっそりとした静かな隠れ宿でゴロゴロするのが楽しみなのである。
個人的には、雄阿寒岳より雌阿寒岳の方が好きで、やはり女性の名が付く山は、懐が深いのかなー? などと妄想したりする。
オンネトーのような不思議な湖を懐に抱き、硫黄泉の不思議な色の温泉を生み出す、この畏敬の巨大な山の存在感には、いつも圧倒されっぱなしなのだった。
北海道にはまだまだ知られざる温泉、ひっそりとした良い宿がある。
しかし、残念ながら跡取りの問題などで、閉じてしまった温泉宿も多い。
ニセコの鯉川温泉旅館、薬師温泉などは、本当に惜しい。
また、自分の場合、昔から紙の地図に記されている温泉マークの僅かな情報を頼りに行く場合がほとんどで、
可能な限り詳しい情報は入れずに現地に行く。
何かあっても、そん時はそん時なのである。
奥蓼科温泉郷 明治温泉旅館
北海道以外でも、少しだが、印象に残っている温泉宿を紹介したいと思う。
この明治温泉旅館は、信州、奥蓼科の山の中に、これまたひっそりと佇む昔ながらの温泉民宿である。
二度ほど訪れているのだが、二度とも、日本国道二番目の高さにある麦草峠(標高2127m)を目指すための途中の中継地点として立ち寄った。
国道に行かず、茅野市から、裏道である奥蓼科温泉郷に通じる「湯みち街道」を選んだのも、ただただ、良い温泉に入りたかったからである。
しかし、この「湯みち街道」は今までの上り坂でも、屈指の激坂で、二度とも大変な思いをした。
「湯みち街道」の入口から明治温泉旅館までは、僅か4キロ程度なのに、あまりに坂がきつく、途中、何度も休んでしまい、到着まで、なんと2時間もかかってしまったほどである。
宿に到着した時は、もう体も心もへばりきった記憶がある
しかし、その分、温泉に入った時は、気を失いそうなレベルで気持ちよいのだ。
これだけは、自転車旅の特権だろう。
昔ながらの建物、ひっそりとした雰囲気、温泉も、日本では希少な炭酸泉の黄色い温泉で、渓流の川の音も心を癒され心地良い。大お勧めの温泉宿だ。
南小谷 小谷温泉山田旅館Ω
山田旅館は、長野県と新潟県の県境、長野県小谷村の山の上、大豪雪地帯に昔ながらの湯治場の風情を色濃く残す宿である。
なんと、江戸時代築の木造の建物が宿泊できる部屋として残っており、国の登録有形文化財に6棟が指定されているお宝級の宿なのだ。
泉質は、ナトリウム-炭酸水素塩泉というらしく、茶褐色っぽい濁り湯で、もちろん源泉かけ流しの良質な温泉だ。
この温泉旅館も大好きで、自分は、夏と冬に自転車で二度も行っている。
しかし、夏は大雨&集中豪雨にやられ、冬は大豪雪にやられ、頭上から雪崩が落ちてきそうな中、宿を目指すという、大恐怖を体験しながら散々な目にあった。
そんな旅も、現地では慌てるけど、後には忘れられない記憶として体に叩きこまれる。
特に温泉のご褒美が待ってると思うと、目の前の困難もなんのその。
これも良い温泉の魔力なのだろうか?
そんなわけで性懲りもなくまた行ってみたい。のんびりと5、6泊は泊ってゴロゴロしてみたいと思わせる、素晴らしい温泉宿だ。
明日は明日。温泉ハンティングのしあわせ
これからも、自分の自転車温泉ハンティングは続けていくだろう。
これは、日本に生まれた特権だと思っている。
汗を流して体を動かし、自然現象を肌で味わい、天然の温泉で疲れをいやし、ビールの一杯でもひっかける。
こんな幸せな事が他にあるものか
最後に、今は無き、北海道のニセコ、薬師温泉の放置されて使われず、沼のようになった露天温泉に浸かっている写真を。
沼だけど、下からプツプツと温泉が湧いていて、足の裏に心地よい刺激があり、実際飛び込んでみたら立派な温泉なのだった
とりあえず、浸かってみる、やってみる、体験してみる。
なんとかなるさ。
明日の事は知らないのである。