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2019.10.02

都心から1時間。白洲次郎白洲正子ゆかりの記念館「武相荘」旧白洲邸 訪問レポート(前編)

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東京都心から電車とバスを乗り継いで約1時間半。神奈川県との県境に近い、町田市の鶴川にある「武相荘」という、一見冗談のような名前のミュージアムをご存知でしょうか?正式名称は「旧白洲邸 武相荘」(きゅうしらすてい ぶあいそう)といい、数々の名著で知られる作家・白洲正子と戦後の名宰相・吉田茂のブレーンとして日本国憲法制定と戦後復興のキーマンとして活躍した白洲次郎が亡くなるまで暮らした家として知られています。

実はこの武相荘、2001年の創刊時から繰り返し取材を重ね、その魅力を読者にお伝えしてきた、「和樂」にとって非常に思い入れのある取材先の一つなのです。そんな「武相荘」が2019年秋から雑誌「和樂」で定期購読者向けに発行している「和樂パスポート」の提携先に加わりました!(※詳細は本記事の最後をご参照ください)

和樂Webでは、これを記念して、和樂本誌とともにミュージアムの歴史を共に共有してきた「旧白洲邸 武相荘」の今の魅力を徹底取材。前編・後編の2回に分けて「武相荘」の注目ポイントやみどころをお伝えしていきたいと思います!

都心から1時間以内に行ける「秘境」武相荘とは?

東京で非常に数少ない存在となった「茅葺屋根」の建物と多様な動植物が暮らす裏山など、敷地内に古き良き昭和の原風景を今も色濃く残す「旧白洲邸 武相荘」。白洲次郎・正子夫妻が終の棲家とした本邸は、武蔵と相模の国境に位置していることや、二人が持つ気質を諧謔的に表現した「無愛想」をかけあわせ、次郎により「武相荘」(ぶあいそう)と名付けられました。一度聞いたら忘れられないユニークな名前ですよね。

ミュージアム内には白洲次郎・正子が仲良く収まった写真パネルが展示されています。

白洲正子・次郎の死後、彼らの一人娘・牧山桂子(まきやま かつらこ)さんによって、彼らの美意識が行き届いた暮らしのスタイルを展示する記念館・資料館として2001年に「旧白洲邸 武相荘」として一般公開されました。その後、2015年にリニューアルによってパワーアップ。現在は展示棟である「ミュージアム」を中心として、レストラン、カフェスペース、ミュージアムショップなどを備えた総合的な自然・文化体験施設として様々なファンに愛好されています。

年4回、四季折々の展覧会が観られるミュージアム

武相荘では、現在春・夏・秋・冬の年4回企画展を開催。季節に応じた展示替えを行っています。僕が取材で訪問させて頂いたのはちょうど夏~秋の展示替えの時期でした。本稿では、2019年「秋」の展示内容を紹介しながら、武相荘での一番のみどころ「ミュージアム」の展示を紹介していきますね。ミュージアムは武相荘の敷地内の一番奥にある茅葺きの建物です。

必見!東京では非常に珍しい「茅葺屋根」の建物

茅葺屋根の突端には火除けのおまじないとして「寿」という字を切り込んであります。反対側の突端には「水」と入っています。全部葺き替えるのに2ヶ月以上かかった労作なのです。

ミュージアムの外観を見るとまず気付かされるのが、屋根が「茅葺き」で作られていること。日本でも滅多に観られない武相荘の茅葺屋根は、建築ファンや若い建築系学生にも大人気です。「茅葺屋根」は、米作りの収穫後の稲わらや、ススキや葦などの雑草を使って作られます。戦前、白洲次郎・正子が移住してきた当初は、周囲にもたくさんの茅葺き屋根で作られた民家は多数あったそうです。しかし、その後経済性や耐火性などの観点から、茅葺屋根の建物は衰退していきます。現在は、防火対策のため東京都の消防法・建築法によって新しく「茅葺き」の民家を建てることが事実上できなくなってしまいました。

日本で伝統的に茅葺き屋根が使われていた理由について、次郎・正子の一人娘でオーナー牧山桂子の旦那さんであり、武相荘の現館長・牧山圭男(まきやまよしお)さんが教えてくれました。

牧山:本来は茅葺屋根の良さっていうものは、日本の風土の中で材料が身近にある、安く手に入るということなんです。集落の中で指揮を取る人がいれば皆で集まってきて農村の共同作業のようにかわりばんこに手弁当で屋根をふく。だから安くて美しく仕上がって、長持ちして、換気性も抜群。一度作れば30年はもちます。だから、生活基盤が農業を中心に回っていた農村では「茅葺屋根」というのはごく当たり前の選択肢だったんです。

武相荘の茅葺屋根は前回2007年に茅葺きを一新。宇治川の太い葦を主材に、北上川の細い葦を組み合わせて、密度に変化をもたせることで通気性と耐水性を高める工夫も図られています。一度に葦を取り替えてしまうと数千万円かかってしまうので、毎年の小規模な定期メンテナンスが欠かせないそうです。伝統を守っていくにもお金がかかるのですね。武相荘のHPにも、茅葺きについての解説が読めるページがあります。ぜひこちらもチェックしてみてくださいね。

次郎・正子が生活していた息遣いの感じられる室内

元土間だったスペースは床下暖房を完備し、ソファセットには生前正子が収集した骨董や次郎が愛読した古雑誌、ゴルフクラブなどを展示。先程まで二人がそこでくつろいでいたかのような気配も漂っています。

ミュージアムには普通の家と同じ用にクツを脱いで入ります。入館すると、土間に置かれているのが自宅のリビングのようなくつろいだ応接セット。卓上には白洲正子・次郎が生前飲みかけのままのウィスキーなどのお酒のボトルや、正子お気に入りの食器が。

秋の展示では北大路魯山人とバーナード・リーチの作品が並べて展示されていました。いかにも人の意見に左右されず、自らの審美眼や直感を大切にした白洲正子らしいとりあわせです。(※「美」に対する考え方の違いなどから、魯山人は民藝系の作家を嫌っていたが、正子は魯山人と民藝を合わせて生活の中で使うことを全く意にも介さなかった)

また、茅葺屋根の日本の伝統的な家屋ではありますが、室内の設備や調度品には意外と西洋的なセンスも取り込まれていることに気が付きます。神戸の資産家の家に生まれた次郎、薩摩藩出身の華族・樺山家一族の家に生まれた正子は、二人共英米への留学して海外生活を経験していました。その時に育まれた、彼ら独特のモダンな感性が反映されたレトロな和洋折衷空間を心ゆくまで楽しむことができます。

常設展示では、貴重な資料や次郎・正子の思い出のアイテムが!

さて、順路に沿って部屋の中を進んでいくと、「武相荘」の歴史や白洲次郎・正子の有名なエピソードにちなんだ貴重な資料やアイテムが常設展示されています。特に絶対見ておきたいのは、白洲次郎が苦心して和訳した日本国憲法草案や、サンフランシスコ平和条約締結の際の貴重な資料群。歴史好きの人は特に驚かれるかもしれません!

サンフランシスコ講和条約締結時、吉田茂首相が演説の時に使った原稿(通称:トイレットペーパー演説原稿)の複製。首相のブレーンだった白洲次郎が当初案を大きく翻案させて作り直させたという逸話が残っています。

サンフランシスコ講和条約へ向かう往路の機内で書かれた手書きの寄せ書き。吉田茂、池田勇人他、当時の政治家たちのサインが見て取れます。またその際に使われたカルティエのボールペンも展示されています。

本好きの聖地!白洲正子の書斎は必見!

白洲正子の書斎。奥のカベには熊谷守一や「明恵上人樹上坐禅図」の版画がかかっています。

そしてすべての読書好きの方にぜひおすすめしたいのが母屋北側に増築された白洲正子の書斎!1998年に正子が亡くなった時そのままに保存された本棚には、上から下までぎっしりと書籍が!人文、思想、歴史、哲学、美術、伝統芸能、文学作品など、日本文化を中心とした幅広いジャンルの良書が詰まった圧巻の書棚には、ざっとみて1万冊以上ありそうです!牧山さんも「多すぎて、何冊あるのか数えたこともありません。」とのことでした。

生前、青山二郎や小林秀雄、北大路魯山人など一流の文化人や評論家に囲まれ必死で勉強を重ねた正子は、日本の古典文学、能、きもの、陶磁器、古寺巡礼など幅広い分野に精通し、大量の著書を残していますが、この凄まじい蔵書量を見て納得。良質かつ圧倒的なインプットが彼女の旺盛な文筆業を支えていたのですね。ライターの端くれとして、自分自身の勉強不足を痛感しました・・・。

実際、牧山さんのお話によると正子の書斎は物書きを目指す人々にとっての「聖地」となっているそうで、定期的にこの部屋に来て、しばらくここから動かない熱心なファンもいるのだそうです。

また、デスクの上には、生前白洲正子が書斎グッズとして特にこだわっていたメガネも置かれていました。正子は「軽くて掛け心地がよい」と老舗「イワキメガネ」製の「エアチタニウム」というシリーズを愛用していました。こんなところでも、海外ブランドなどをありがたがらず、自分にフィットした美しいこだわりの逸品を愛したという白洲正子の美意識が貫かれていますよね。

季節の骨董品・きものの展示も見逃せない!

ミュージアムのメイン展示は、通路を挟んだ両脇に展示されている季節にちなんだ陶磁器や染織類の展示。高密度で部屋の床や壁面、机の上などに陳列された各展示品からは、白洲正子が日本文化に対して幅広く興味関心を持っていたことがわかります。

でも面白いのは、一見すると時代や種類も違うアイテムがランダムに置かれているように見えるのですが、正子の「美意識」に従って集められているためか不思議とどこかしら統一感があって破綻した感じを受けないのです。全部が全部違和感なく茅葺きの日本家屋の下で馴染んでいるのですよね。

かなりの点数が展示されているので、その中から少しでも自分自身の感性に合うものがないか探してみるのもいいかもしれませんね。古伊万里や染付などいくつかのやきものはミュージアムショップで展示作品と同じか雰囲気が近いアイテムが販売されているのでお土産に購入することもできます。

白洲次郎・正子の美意識が確かに息づく「聖地」のような空間を楽しむ

白洲次郎と正子の生き様や美意識が敷地内の隅々まで貫かれた東京の秘境的なミュージアム「武相荘」。記事前半では、武相荘の基礎知識や次郎・正子の息遣いが色濃く残された「ミュージアム」部分にフォーカスしてレポート記事をお届けしました。秘密基地のような正子の書斎や、戦後日本の再独立に決定的な役割を果たした次郎の足跡がわかる貴重な一級資料が収められた常設展示など、見応え十分のミュージアムでした。

しかし、武相荘の魅力はミュージアムだけではありません。小川が流れ、虫や鳥がいっぱいの「散策路」、次郎が愛したクラシックカーが置かれた「カフェ」、次郎が生前好んだレシピがいただける「レストラン」、次郎・正子の書籍や二人にゆかりの深いグッズが販売されている「ミュージアムショップ」などまだまだ見どころはいっぱいあります!

後編では牧山さんから教えて頂いたとっておきのエピソードとともに、「ミュージアム」以外の見どころを中心に引き続いて紹介していきたいと思います!(後編へ続く)

「旧白洲邸 武相荘」の基本情報

住所:〒195-0053 東京都町田市能ヶ谷7丁目3番2号
開館時間:10時~17時(入館は16時半まで)
休館日:月曜定休(※祝日は開館)夏季・冬季休館あり(※企画展ページ参照)
公式サイト:https://buaiso.com/

最新の企画展:「武相荘 – 秋」
会期:2019年9月3日(火) 〜 11月24日(日)

定期割引サービスがあります!

2019年9月から、「旧白洲邸 武相荘」は雑誌・和樂の定期購読者向けに発行されている「和樂パスポート2019-2020」の提携先に加わりました。入館時、この「和樂パスポート」を受付で提示すると規定料金から100円引きで入場することができます。僕も便利なのであちこちで活用させてもらっています。詳細は、小学館 和樂事業室までお問い合わせください!(03-3230-5677)

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。