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仏様は海を越えてやってきた。対馬の『渡来仏』を巡る旅

夏という季節に大人も子供も心が浮き立つのは、全世界共通。澄んだ海、乾いた風がひときわ心地よく感じるころ、時間に余裕があるのなら、本島のその先にある離島を目ざしてみませんか?今月のINTOJAPANでは、『佐渡』『対馬』『大三島』を3週にわたってご紹介します。

90体以上の『渡来仏』はどこからやってきた?

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日本が『倭』と呼ばれていたころから、下関港・博多港が開港する明治期まで国交の最前線となっていた歴史をもつ対馬。大陸や朝鮮国の文化の伝承中継地としてこの島の歴史を物語るもののひとつが『渡来仏(とらいぶつ)』です。

ここ対馬では、日本でつくられた仏像も、渡来してきた仏像も同格に信仰の対象とされてきました。驚くことに、渡来仏だけで90体以上もこの島にあるのだとか。なぜこれだけの数がこの島に集まったのか、いつごろからあったのか?対馬は鎌倉時代から明治まで同一の領主・宗氏が支配し、日本の窓口として外交を取り仕切ってきました。その宗氏が室町時代のあたりに渡来仏をもたらしたのでは、と考えられているそうですが、多くは謎のまま。確かなのは、この島には御神体や御本尊に渡来仏を据えてきた寺社が古くからあることです。

スクリーンショット 2017-08-02 16.28.08左/『銅造如来坐像』 右/『銅造菩薩坐像』

渡来仏をはじめとする対馬の仏像を拝観するには、管理者へ手紙を書くことから始めます。というのも、対馬にある神社や寺は観光地化されておらず、その場に責任者がいることはまれ。拝観にあたって人の立ち会いが必要になるのです。今回訪れたのは、黒瀬という集落の『銅造如来坐像』と『銅造菩薩坐像』。並んで祀られているお姿にカワイイという言葉が思わず出てきてしまいます。それは像高が50㎝に満たない小ささということもありますが、愛嬌のある表情もしかり。地域住民の方々による手製のクッションにお座りになっていることにも親しみがわきます。

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地元では『女神様』『男神様』と呼ばれ、特に『女神様』は安産の神様として親しまれてきたそう。かつては願いが成就するごとに帽子や着物を着せられていたという話も微笑ましい。「それが渡来仏であるかどうかは問うものではなく、地元の人にとってはお地蔵さんと同じぐらい近しい信仰の対象です。渡来仏を対馬の文化財として他県にアピールしようという話もありますが、その場にあってこそのものなので、難しいでしょうね」と案内いただいた対馬市教育委員会文化財課の村瀨達郎さん。

法清寺のご本尊『銅造菩薩立像』

島を南下した樫根地区にある法清寺では『銅造菩薩立像』を拝観。菩薩様ゆえに、装飾物などのあしらいも鑑賞の楽しみがあり、まじまじと見つめてしまいます。「私たちは子供のころから仏様は見ちゃいけないって言われていたから」と話されるのは樫根区長を務める一宮英久さん。今でこそ、仏像は信仰だけでなく美術鑑賞の対象になる場合もありますが、かつての日本人はこのような心もちで仏様を敬い、凝視することもなかった…。目を合わせることなく、遠くから菩薩さまを見守る一宮さんの姿もまた印象に残りました。

対馬をもっと楽しむ旅案内!

【泊まる】

宿坊 対馬西山寺

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厳原港の近くにある西山寺は江戸時代に朝鮮との外交機関『以酊庵』が置かれていた歴史をもつ。そんな由緒あるお寺の宿泊施設は高台にあり、静かで心地がいい。洋室にはバス・トイレが付くので、気ままに過ごしたい人はまず洋室の予約を。

【買う】

『山田松月堂』のかすまき

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江戸時代に参勤交代から帰郷した領主の無事を祝い、長旅をねぎらうためにつくられた郷土菓子『かすまき』。店それぞれに工夫があり、面白い。明治34年創業のこの店では、生地に島産の蜂蜜を加え、ふんわりとした味わいに。

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