グラスに釘付けになった経験、ありますか?
ある夏の日、デパートの催事場で行われていた工芸展でのこと。
但野硝子加工所の江戸切子作家・但野英芳 (ひでよし) さんの作品を一目見た瞬間、その美しさに引き込まれて目が離せなくなりました。
ガラスを彫って模様を描く江戸切子。
但野さんの切子作品では、従来の切子らしい幾何学文様に、動植物や水など自然界のモチーフを筆で描いたような写実的な彫刻が加わります。
直線を中心とした伝統的な文様とやわらかな曲線。異なる表現であるにもかかわらず、1つのグラスの上で不思議と融け合い斬新なデザインとなっていて、どの角度から見ても美しいのです。
さらには、彫りの深さの強弱から景色の奥行きまで感じられ絵柄が立体的に映ります。
このダイナミックな世界にグッと引き込まれ、気づけばその場で3時間が経っていました。
江戸切子作家・但野英芳さんの技巧
従来の江戸切子の技法と独自の技術が合わさった芸術的な作品。どのようにして作られているのでしょうか。
西洋のエッセンスを江戸切子に
江戸切子職人として修行を積み始めた頃の但野さん。日本の技術だけでなく、エミール・ガレやルネ・ラリックといった西洋の作家の作品も見て回ったといいます。
また、各地で良い景色を見かけては「これを切子にできないかな?」と想像して、スケッチブックに絵柄を描いていたのだそう。
「江戸切子の伝統的な文様は、ガラスの上に方眼用紙のように枠を作ってその中に図柄を描いていくことが基本です。でも、海外の絵画的なガラス細工の絵柄は、きっちりと枠に入ったものがむしろ少ないように思っていました。
江戸切子でも、枠に収めない図案は彫れるだろうか?と研究を始めました。
江戸切子らしいまっすぐなラインでなく、自由な線でも良いから描いてみようと思ったんです」と但野さん。
曲線や微妙な調整を実現した独自の道具
新しい表現を研究する中で、但野さんは道具を工夫することを思いつきます。
「切子は、研磨機を使って回転するダイヤモンドホイールにガラスを当てて図柄を彫っていきます。通常は、平らな菱山という道具を使いますが、私は角の丸いかまぼこ型の物を使って削ります。
これを使うことで、曲線も自在に描けるようになりました」
立体的でも手に馴染む不思議
独自に編み出された道具使いは、描写の自由度を上げただけでなく「手触り」にも思わぬ影響を与えました。
底から渦巻きのように深く掘られたラインが特徴的なこのぐい呑。立体的な形ですが触れてみるとゴツゴツとした感覚はなく、不思議と手に馴染むのです。
角が丸い道具で彫ることでなめらかに仕上がり、手触りが優しくなるのだそう。
美しいだけでなく、ぐい呑として使い勝手が良いのも嬉しいですね。
2色を被せる宙吹きガラスが織りなす景色
但野さんは、色の出し方も進化させました。
江戸切子に色をつける場合は、透明なガラスの外側に色ガラスの層を作り、色ガラス部分を削ることで色彩に変化をつけます。
通常の切子は、透明なガラスに1種類の色ガラスを被せますが、但野さんは表現の幅を広げるべく2色使いに。
「透明なガラスと色ガラスの2つを合わせることは難しくないのですが、そこにもう1色加わると一気に難しくなるんです。機械で作ることはできないので、『宙吹き (ちゅうぶき) 』のガラスを職人さんにオーダーメイドで吹いてもらっています」
宙吹きとは、溶けたガラス種を吹き竿に巻き取って型を使わずに空中で吹いて形を作る技法です。それぞれの色の面積や色が入る位置を細かく指定できないため、大まかな比率を伝えて吹いてもらうのだそう。
揺らめきと立体感が物語の世界に誘う
但野さんの作品を見ていると、もう1つ不思議な魅力がありました。
大胆な構図と迫力のある描写による衝撃だけでなく、グラスに吸い込まれるような……言うなれば、そこに描かれた物語に自分も入り込んでしまったような気分に。お酒を注ぐ前から夢見心地となり、想像力が掻き立てられて、いくらでも眺めていられるのです。
但野さんに伝えると、こんなお話が返ってきました。
「江戸切子はグラスの内側から見た時、立体的に感じるように作るんです。透明でツヤが出るように彫るだけでなく、マットな部分があると奥行きが出るので、私はツヤ消しの仕上げを大事にしています。お酒を入れた時の揺らめきにも味わいが出るんじゃないかなと。それから、ガラスならではの反射や映り込みを面白みとして生かせればと考えています。グラスをのぞいた時に景色を感じて味わってもらえると嬉しいですね」。
たしかに、ツヤの部分とマットな部分があることで、ガラスのいろんな表情が見つかります。手前の絵柄に映りこんだ奥の景色が楽しめたり、内側をのぞいた時にモチーフと目があってドキッとしたりと、いろんな角度に発見があることで物語を感じられるのかもしれません。
但野硝子加工所×和樂「国芳3Dぐい呑」 誕生
独特な但野さんの作風。江戸時代の人気絵師、歌川国芳のドラマティックな浮世絵に通じるのでは?という和樂の提案で、特別に新作を作っていただけることになりました。
このたび、国芳の名作『宮本武蔵の鯨退治』と『相馬の古内裏』をモチーフにした大迫力のぐい呑が完成!
数量限定で2020年7月1日(水)から販売がスタートします。
ユニークなアイディアとダイナミックな構図で人々を驚かせた国芳の浮世絵。江戸切子で但野さんがどう表現してくださるのかとても楽しみにしていました。
ここからは、できあがった2点をご紹介します!
国芳3Dぐい呑 クジラ 商品概要【完売しました】
モチーフは、江戸時代の剣客・宮本武蔵のクジラ退治の伝説を描いた浮世絵『宮本武蔵の鯨退治』 。白くはじける水しぶきからも臨場感が伝わってくる作品です。
荒ぶる海の様子と巨大なクジラを大胆な構図のまま彫り出したぐい呑。
激しい波の音まで聞こえてきそうです。
特に苦心したのは目の部分だった、と但野さん。
深く削れば色は薄まり、浅く削るにとどめれば色の残る色ガラス。クジラの体は、黒の色ガラスを薄く削りながら徐々に白くしていくことで描かれています。目の部分は削りすぎると黒目がなくなってしまうけれど、クジラの表情は繊細なラインで描いてこそ。少しずつ、少しずつ、バランスを意識しながら時間をかけて製作していったのだそう。
商品名:但野硝子加工所×和樂 国芳3Dぐい呑*クジラ
価格:88,000円+税
※色柄の出方やサイズ、形状に個体差が生じます。
ご購入はこちら
国芳3Dぐい呑 がしゃドクロ 商品概要
こちらのモチーフとなった浮世絵は『相馬の古内裏』。
日本の妖怪の中でも人気のがしゃドクロ。お墓に埋葬されなかった人の骸骨や怨念が集まって巨大なドクロの姿になったといわれる妖怪で、夜の暗闇の中でガチガチ音をたててさまよい歩き、生きている人に襲いかかっては握りつぶして食べると言われています。
国芳がこの浮世絵を描いた当時は、実はまだこの妖怪が生まれる前。
しかし、私たちが「がしゃドクロ」と聞いてイメージするのは、この国芳のものではないでしょうか。後世の作家・漫画家たちへ多大なインスピレーションを与えたがしゃドクロのルーツとも言える作品です。
おどろおどろしさを一層引き立てるために、色ガラスは黒と赤!ジワリと赤い地の底から今まさに這い上がってきたところのように見えます。
このがしゃドクロの面白いところは、ツヤとマットのコントラスト。骨の部分は主にマットに彫られていますが、目と口元はピカっと光っているかのようなツヤ仕上げです。角度によっては目の奥に赤いガラスの色が反射してさらに迫力を加えます。
実はこの作品。但野さんにとって新たなチャレンジだったのだそう。
「このリクエストをいただいたときはかなり悩みました。実は以前にもドクロにチャレンジしたことはあるのですが、もっとシンプルなシルエットにしたものを作っていました。
骨格を彫るために下絵に1個ずつ骨のパーツを描いていくのがまず大変。それに加えて、とにかく顔が難しいんです。鼻や目のガラスの残し具合を調整して、微妙なシワや凹みを少しずつ削っていかないと全体のバランスが取れないですし、のっぺりしてしまってもつまらないですよね。
うーん、うーんと悩みながらこのデザインを作り上げて、1つずつものすごい時間をかけて彫りました(笑)」とのこと。
但野さんの新境地が垣間見える逸品です。
商品名:但野硝子加工所×和樂 国芳3Dぐい呑*がしゃドクロ
価格:88,000円+税
※色柄の出方やサイズ、形状に個体差が生じます。
ご購入はこちら
お酒を傾けながら、国芳の浮世絵の世界に入り込めるぐい呑。晩酌のひとときに、新たなたのしみをもたらしてくれそうです。