今や、日本文化の代表格とも言える着物。
「衣服」としての実用性は勿論、広げれば一枚の絵として成り立つ美しさを持ち、衣桁にかければ、そのままインテリアの一部にもなりえます。
このような衣装は、まさに日本独自のもの。
今回は、ヨーロッパ絵画が好きな私が、着物を「絵画」として見た際の面白かった3つのポイントについて、東京国立博物館で開催中の特別展「きもの KIMONO」の出展作品数点を通してご紹介します。
1. 画面からあふれ出すモチーフ!大胆な構図が面白い!
「絵を描こう」
そう思い立った時、私たちが用意するのは、長方形の紙(画面)でしょう。
そのことを考えると、「着物」―――特に大きく広げた時の形は、画面としてはかなり変則的です。
この形の紙を渡され、中に「好きなように描いて良い」、と言われても、やりにくさや戸惑いを感じてしまうのではないでしょうか?
ですが、「変わった形」、一見やりにくそうな条件下だからこそ、表現の可能性も広がる、と言えるでしょう。
実際に作例を見てみましょう。
例えば、同じモチーフを一面に、規則正しく並べていくのもひとつ。
一方、こちらの作品は画面を四つに分割して、異なるモチーフで埋め尽くしたパーツをパッチワークのように組み合わせています。ヨーロッパ絵画では見かけないこのような構図は、非常にユニークです。
中には、こんな作例も。
画面いっぱいに、大きなモチーフ(束熨斗)を一つ配置する、という大胆でインパクトのある構図。
熨斗(のし)模様とは、吉祥模様の一つで、もともとは贈り物に添える熨斗鮑を模様化したものです。このように細長い帯状の熨斗を数本束になって表したものは、「束熨斗(たばねのし)」と呼ばれています。
一面に翻る帯の一本一本をよく見てみると、異なる色合いの中に、松竹梅や桐、竹、鶴や鳳凰、青海波などあらゆる吉祥文様が組み合わされて表現されています。婚礼衣装というのもうなずけますね。
左肩に位置する結び目には、金糸が使われ、熨斗だけではなく画面全体を引き締めています。
熨斗は画面内に収まりきらず、一部は画面外へとはみ出してしまっていますが、そのおかげで、モチーフ全体に勢いが生まれ、全体のインパクトと華やかさとがより一層増す効果も生んでいるのです。
2. 現代から見ても「斬新」!寛文小袖
「着物」と一口に言っても、その形や着用の仕方、そして人々の好みや流行は、時代と共に変化してきました。
たとえば17世紀中頃(江戸時代前期)、寛文時代に流行したデザイン(寛文小袖)を見てみましょう。
肩から片身、裾にかけて大きく弧を描くように単純化された波を配置、ところどころに鴛鴦がアクセントを添えています。
一方で、左側は黒無地のまま残され、メリハリの効いた構成になっているのが印象的です。
作られてから300年以上経った現代においても、「カッコ良い!」と唸らされます。
このように肩から右身頃にわたって大柄の文様を配し、左身頃はあきを設けるような構図の「寛文小袖」を好んだのが、徳川家から後水尾天皇に嫁いだ東福門院和子でした。
彼女の御用達を務めていた呉服商・雁金屋からは、ひとりの天才絵師が生まれます。
尾形光琳です。
万治元年(1658年)、光琳は、雁金屋の次男として誕生。
物心ついた時から、彼の周囲に、和子が注文した小袖の実物や、そのデザインを集めた「雛形」が大量にあったことは、容易に想像できます。
それらを通して、彼は美的センスを磨き、デザインやモチーフ構成のヴァリエーションを頭の中の引き出しに蓄えていったのでしょう。
その経験は、後に絵師となった時に大きな基盤となります。
例えば、光琳の初期の代表作『燕子花図屏風』(展覧会には出品されていません)は、染織の技法である型紙を使って描いたものです。
そんな彼が絵付けをした小袖がこちらです。
この小袖を複製し、当時の着方をイメージして着用したのがこちらです。
いかがでしょうか?
草花の色や配置のバランス。
白地に青、黒など寒色系ですっきりとまとめられた表地と、朱色の裏地とが成すコントラスト。
これら着用時のイメージや視覚効果についても、光琳は計算していたでしょう。
特に、草花のレイアウトは、こうして衣服としてまとわれた時に、真価を発する、と言っても過言ではありません。
平面として広げて見た時だけではなく、着姿もまた絵になる一枚。
光琳の特徴として、しばしば言及される「デザイン性」は、まさにここにも生きています。
そして、その「デザイン力」の源が、やはり現代でも通用する斬新さを備えた「寛文小袖」だった、と思うと興味深いですね。
3. 着る人の内なる感情に呼びかける!TAROきものの秘めたるパワー
「きものは、柄でおさまってしまうよりも、むしろ『絵画』 を身につけて、誇らしく楽しむ、世界でもユニークな衣裳だと思う」(展覧会カタログ、p.283)
〈太陽の塔〉で名高い芸術家・岡本太郎の言葉です。
彼は昭和46(1971)年から、自らのブランド「TAROきもの」を立ち上げ、着物や帯のデザインを手掛けるようになります。
実際に作品を見てみましょう。
絵画として見るなら、「抽象画」。
画面をいっぱいに満たすのは、強烈な原色です。
青や黄色、黒が時に炎のようにうねり、別の箇所では、蛾の羽や魚の尾ひれ(他にも見いだせるかもしれません)を思わせる紋様を形成しながら、地色の赤と絡み合い、せめぎあっています。
この色同士のせめぎ合いから立ち上るエネルギーは、まるで深い地の底から沸き上がってくるマグマにも例えられるでしょうか。
しかも、大人しく「柄として収ってしまう」どころか、枠を越えて、見る人の内部にあるエネルギーを呼び覚まそうとしているかのようです。
おそらく、人が身にまとった時に、その力は強くダイレクトに発揮されることでしょう。
「…『絵画』 を身につけて、誇らしく楽しむ、世界でもユニークな衣裳…」
岡本太郎の言葉をもう一度思い返して見ると、着物とは、一枚の「絵画」としての美しさとパワー、そして衣として身にまとうことのできる実用性、双方を兼ね備えているもの、と言えるかもしれません。
そして身にまとう際には、帯など小物との組み合わせによって、別の「作品」へと多様な変化を遂げる可能性や、それを許してくれる懐の深さも、着物の魅力のひとつでしょう。
広げた着物を前にして絵画として見る。
着物とのお付き合いを、まずは、そこから始めて見てはいかがでしょうか?
展覧会情報
展覧会名:特別展「きもの KIMONO」(会期中、一部の展示作品の入れ替えを行います)
会場:東京国立博物館 平成館 (〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9)
会期:2020年6月30日(火)~8月23日(日)
前期展示:6月30日(火)~7月26日(日)
後期展示:7月28日(火)~8月23日(日)
※事前予約制(オンラインによる日時指定券の予約が必要)
展覧会公式サイト