京都の和菓子には物語がある
市内から少し離れた住宅地の一角にある茶寮宝泉さん。こちらにうかがったのは12月初旬でした。実は撮影のために、春の和菓子をひと足先につくってもらったのが、桜の上生菓子です。
桜をかたどった茶寮宝泉の和菓子。やわらかな求肥のなかに白あん。この上ない美しさ。
しかし私が「おおっー」と思ったのは、この和菓子の銘を聞いたとき。「半木(なからぎ)」というのです。
「『なからぎ』とはどういう意味ですか?」
とうかがうと、
「京都は、鴨川を上流へ遡っていくと、途中で賀茂川と高野川に分かれます。その賀茂川の北大路と北山の間に〝半木の道(なからぎのみち)〟があります。それは桜がきれいな散策路です。これは、そこにちなんだ銘なんですよー」
この日はまだ冬なのに、私は一瞬にして、春の半木の道を散歩しているような錯覚を覚えました。見事に心を射抜かれてしまったのです。
〝素敵すぎるでしょー!〟
和菓子の銘の面白さをもうひとつあげると、「唐衣(からごろも)」というお菓子もそうです。
昭和50(1975)年5月、エリザベス女王が訪日した際に、桂離宮で茶席のもてなしがありました。そのときに供されたのが、この末富さんの「唐衣」だったそうです。
茶の湯菓子の名店として知られる末富さん。「唐衣」は茶の湯の世界ではとても有名な和菓子です。
これは伊勢物語の「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」という在原業平の和歌が由来。唐衣は唐風の衣服のことで、「着る」などにかかる枕詞です。
意味は「着慣れた唐衣のように長年連れ添った妻が(都に)いるが、私はこんな遠く(東国)まで旅に来てしまったなあ」。区切りの頭の文字をつなげると「か・き・つ・ば・た」となるわけですね。
和菓子は、50グラムにも満たない小さな小さな存在にすぎません。けれど優美な姿と繊細な味のなかに、必ず珠玉の物語があります。
わかりやすいことばかりが求められる現代において、京都の和菓子職人たちは、「見た目だけじゃないですよ。この造形や銘の背景には、深遠な物語があります。気づいてください。見つけてください」というメッセージを込めている。それが京都の「深さ」のように思うのです。
(茶の湯編集担当イツコ→略して「お茶担55」)