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2019.08.15

温泉ソムリエが教える美肌の湯。群馬「沢渡温泉」の効果とおすすめグルメも紹介

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草津や有馬、別府のようにメジャーではないけれども、後世に伝え守っていきたい温泉が日本には数多くあります。そしてその多くは「観光客が訪れない」「後継者がいない」といった問題を抱え、存続の危機に瀕しているのです。そんな日本全国の知られざる名湯を「国宝級温泉」と勝手に命名し、その素晴らしさを伝えていくこの企画。今回は、群馬県の秘湯・沢渡温泉へ訪れます。

…というわけで、こんにちは。私、温泉ソムリエの矢野詩織と申します。大の温泉好きで週に3回は温泉に入る「温泉狂」です。“温泉で泉質や入浴方法などのウンチクを語る必要はなし”をモットーに活動しています。ひっそりとした貸し切り状態の温泉に巡り会えると嬉しいのですが「もしかして、温泉にとっては危機?」と考えるようになったのも、日本全国の温泉巡りをしているがゆえ。そんな全国の温泉の中から「最高!」と思える秘湯の体験・取材レポートを、みなさまへお届けします。

いざ体験! 群馬県の秘湯・沢渡温泉へ

今回ご紹介するのは、群馬県吾妻郡中之条町にある沢渡温泉。

沢渡温泉の泉質は硫酸塩泉で、無色透明。肌触りがよく、滑らかな入り心地から元祖美肌の湯として知られ「一浴玉の肌」とも言われています。私も美肌の湯の体験者で、湯上がりの肌のしっとり感に、感動したひとりです。そんな、沢渡温泉の神秘的な美肌の湯を探るべく、今回改めて現地へ取材に行きました。

縄文時代から続く沢渡温泉の歴史

沢渡温泉の歴史は古く、縄文時代から温泉が湧き出ていたこの土地は、人間はもちろん動植物にとっても暮らしやすい場所でした。約800年前から湯治場として確立していたと言われ、江戸時代には、江戸から草津への通り道として、多くの湯治客が出入りするようになり、一大温泉地へと発展。草津温泉の強い酸性のお湯で肌を痛めた湯治客が、沢渡の湯で肌を癒やしたという噂が広まり「草津の治し湯」「仕上げ湯」として知られるようになりました。源氏木曾義仲や源頼朝も、沢渡温泉で疲れを癒したと伝えられています。

江戸時代には多くの人が出入りした沢渡温泉。情報が豊富に集まったために、沢渡温泉の人々は、垢抜けた都会的な考えをもっていたと言われていました。

実際に、蘭学者の高野長英と師弟関係にある福田宗禎や、数学者の剣持予山などの偉人を多く世に輩出しています。近代に入ってからも多くの人に愛された沢渡温泉は、文学者・歌人の若山牧水は歌に読むほど気に入ったという逸話もあります。

組合長に聞く!沢渡温泉の効能

さて今回、沢渡温泉を案内してくれたのは、中之条町観光協会の元木めぐみさん。そして、驚くべき沢渡温泉の温泉パワーを教えてくれたのは、沢渡温泉組合長の林伸二さんです。

林さんは、商店「大和屋」を経営しながら、沢渡温泉の組合長を務めています。お店に並ぶのは不眠症や頭痛に効果がある「塩まくら」など。温泉病院の事務長だった林さんの健康知識が生かされた品揃えに目を奪われます。

そんな林さん、生まれも育ちも沢渡で、毎日、温泉に入っているので70代でも病気一つせず、薬も飲んでいないと言います。さっそく、沢渡温泉の凄い温泉パワーの秘密を直筆の図で解説してくれました。

沢渡温泉は海抜600mに位置し、緑が豊かで、朝の空気は特においしいんだそう。マイナスイオン×温泉による最高の組み合わせで、人間の心身を癒やしてくれます。「海辺の温泉では、このフィトンチッド効果はないよ!」と林さんは断言します。

そういえば、山に囲まれた沢渡温泉で聞こえるのは、鳥のさえずりと心地よい風の音だけ。この豊かな自然環境が沢渡温泉のパワーを倍増させているのです。

沢渡温泉の治癒力を物語る体験談

「一浴玉の肌」と言われるほど、肌に良い効果をもたらすとされている沢渡温泉。林さんが記録しているノートには、赤ちゃんの汗疹からお年寄りの老人性乾皮症まで「沢渡温泉のお湯に浸かって治った」と書かれた記事や「薬を塗るのを忘れるくらい良くなった」という湯治客の新聞への投稿が、山のように記録されていました。

「お尻をオオスズメバチに刺されたとき、ソフトボール半分くらいの大きさまでに腫れ上がったんだけれども、温泉に数十分浸ったら、ピンポン玉くらいまで小さく萎んだんだよ!」と話す林さん。不思議な温泉の体験談に聞き入ってしまいました。

沢渡温泉のパワーの源、その正体は…?

実際にトリチウム試験を行い、沢渡温泉の泉質を調べたところ、通常の温泉の倍以上、半世紀前の雪解け水や山水が成分が含まれていることがわかったそうです。ミネラルなど様々な栄養素を含んだ岩盤から温泉が湧き出ており、それがパワーの源になっているのです。

沢渡温泉では、50年以前の雨水が地中深く浸透し、40年以上長期間流動しながら有効成分を取り込み、熱水化して55℃以上の温泉となって噴出しています。(京都大学 北岡教授のトリチウム濃度測定 結果報告より)

文章で伝えることがなかなか難しいのですが、沢渡温泉に浸かると、肌がしっとりと柔らかくなり、身体の中の悪いものを毒抜きしてくれたような不思議な感覚になります。湯上がりの肌は、ローションを塗ったかのようにしっとりと整うのです。

また、沢渡温泉に浸かると、額から汗が流れるほど芯から身体が温まります。「沢渡温泉のつもりで他の温泉に行くと3倍はお風呂に入らないと温まらないよ。」と林さん。沢渡温泉の実力、身をもって体感しました。

江戸時代の湯小屋にタイムスリップ!

今回はさらに「共同浴場」と「まるほん旅館」のお風呂を見学させていただきました。「共同浴場」は、一般の人でも日帰り入浴できる施設で、源泉に最も近い場所にあります。

初めて訪れた際に、浴槽に今まで見たことない量の美しい湯の花が浮遊していたのですが、取材時には、浴槽に湯の花が浮いていませんでした。管理人さんに理由を聞くと、天気によって湯が変化するそうで、湯の花が浮く日と湯の花が浮かない日があるんだそう。これも沢渡温泉の湯が毎日湧き出し、生きている証拠なのです。

また、観光協会元木さんのご案内で「まるほん旅館」のお風呂も見せていただきました。「まるほん旅館」は、日本秘湯を守る会の加盟旅館であり、創業400年の老舗旅館です。

一番の目玉は、源泉から直接引いた源泉かけ流しの温泉と総檜風呂。この趣のある造りの浴室は、かつて湯治の客で賑わった頃の湯小屋を再現しているそうです。

まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚。このお風呂を体験するために、この宿に泊まりたいと思えるほど、グッとくる浴槽でした。

温泉には欠かせない、絶品地元グルメ!

お昼は、林さんや元木さんのおすすめの蕎麦処「よしのや」へ行きました。

引き立て、打ち立て、茹でたてのお蕎麦は、なんと綺麗なこと。香りも喉越しも良く、ゴマクルミだれとの相性もばっちりです。

また、元木さんおすすめの「玉の肌豆腐」は、濃厚なごま豆腐でぷるんとした弾力があり絶品! 甘みがあるので、そのまま食べるとデザートみたいです。その他、そばの団子が入ったお汁粉やあんこが付け合わせのあんコーヒーといったここでしか食べられない珍しいメニューもありました。

ご夫婦の丁寧なサービスからも優しい人柄が感じられる、素敵なお店。湯上がりに冷えた日本酒とお蕎麦なんて、最高に気持ちのよい組み合わせです。

湧き出るパワーを体験しに、ぜひ沢渡温泉へ

縄文時代から愛される美肌の湯。インスタ映えする老舗の旅館においしいグルメまで揃っていて、旅好き女子たちの欲望をきっと叶えてくれるであろう沢渡温泉。

しかしながら、沢渡温泉全体では高齢化が進んでおり、悲しいことに閉業を止むを得ない宿が相次いでいます。取材に同行してくれた元木さんも沢渡温泉の旅館を維持するために真剣に取り組んでいるお一人。やはり、人が来ないことには、温泉街も潤わないのが現実問題だと話します。

小さな温泉街なので、観光客に人気になって欲しくないと思う反面、「こんなにお肌に良い温泉なんて、他にはないよ!」とみんなに教えたいジレンマに襲われた思い出の温泉。このまま秘湯の雰囲気のままであってほしいと思う反面、こんな素晴らしい温泉は後世にも残ってほしいという思いも湧き出る…そんな気持ちで、取材させていただきました。温泉と人が宝の沢渡温泉。湧き出るパワーを体験しに、ぜひ現地を訪れてみてください。