印籠や煙草入れ、巾着などを腰から提げるために用いられた留め具・根付は、江戸時代には日常的に使われていました。ところが洋装化などに伴い需要を失い、一方で欧米に人気を集めた日本の工芸の一つとして多くの根付が海外へ流出。明治以降は海外に輸出するために、古典を模した根付制作が盛んに行われました。
その後、作家の個性を前に出した「現代根付」が作られるようになる一つの転換点となったのが、70年代に起こった「現代根付運動」です。作家が各々の感性を発揮し、現代の感性に合った根付をつくるようになったことで歴史は引き継がれ、今の根付工芸があります。
この現代根付運動の旗手の1人であり、根付の名工である齋藤美洲(さいとう びしゅう)先生の仕事場にお邪魔しました。美洲先生の仕事を拝見しつつ、どのようにして「現代根付」が夜明けを迎えたか、お話いただきました。
根付の仕事
まずは、仕事の様子を見学させていただきました。
根付は数センチの小さい彫刻で、使われることを前提に作られ、身につける際に着物を破損させたり、根付自体が欠損することがないように、出っ張りのない丸みを帯びたデフォルメされたデザインをしています。
根付を作るおおまかな作業工程は、大まかな形を取る「荒取り」、小刀で彫刻する「彫り」、研磨剤を使った「磨き」、さらにその後「仕上げ」(動物の毛並みを繊細に入れる「毛彫り」や、目などを別の素材で入れる「象嵌」、染料を使った「染色」や顔料などを用いた「着色」などが行われます)。
「偲」 黄楊、べっ甲 高さ3.2cm
美洲先生は彫りの工程を終えると、その作品を一度“寝かせる”といいます。
「小刀仕事が終わったら別の仕事をしてその根付は放っておいて、磨く前にもう一度確認します。制作しているときはその仕事に自分が惚れているでしょう。一旦寝かせてから、冷静な目で調整をするんです」
父である齋藤昇齋氏に師事し、72年に初代・齋藤美洲の名を継いだ象牙彫刻一家の4代目である美洲先生。「(ワシントン条約制定後、象牙を使うことが難しくなってから)木彫もやっていましたが、象牙彫刻出身なので、やはり牙材の方がしっくりきます」とのこと。現在は鹿角(かづの)、河馬の牙といった素材を用いることが多いとか。