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2022.04.29

大英博物館から世界屈指の北斎コレクションが集結!イギリス人の北斎愛に迫る

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世界の博物館や美術館が、その作品の所蔵を誇る日本人アーティストはだれ!? 筆頭に挙がるひとりは、間違いなくHOKUSAIでしょう。和樂webでも何度も取り上げてきた、江戸時代後期の天才浮世絵師、葛飾北斎(1760-1849)です。

著名ミュージアムのなかでも、世界最大規模、最古の国立博物館である大英博物館(創立1753年、開館1759年)は、質量ともに世界トップクラスの北斎コレクションで知られています。その歴史は長く、同館でも特別な位置を占めるほど。

東京・六本木のサントリー美術館で開催中の「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―」(2022年4月16日~6月12日)には、選りすぐりの北斎作品がロンドンから里帰り。展示ではコレクションの礎を築いたイギリス人コレクターにもスポットをあてて紹介しています。彼らは、北斎のどんなところに惹きつけられたのか? サントリー美術館主任学芸員の池田芙美さんにお話を伺ってきました。

トップ画像 為朝図 葛飾北斎 一幅 江戸時代 文化8年(1811) 大英博物館 1881,1210,0.1747 © The Trustees of the British Museum【全期間展示】

池田芙美さん。東京大学大学院人文社会系研究科修了。専門は近世絵画史。これまでに「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展、「河鍋暁斎 その手に描けぬものはなし」展などを担当した

存命中から世界に知られた北斎。大英博物館の動きは早かった!

2020年、大英博物館が葛飾北斎の幻の版下絵を購入したニュースが世間をにぎわせました。幻といわれるのは、70年余りのあいだ行方知れずだったから。103枚のセットは2019年に再発見されて、翌年、同館が購入。このように世界屈指のコレクションは、常に充実が図られてきました。現在、863点もの北斎作品を収蔵しています。

「大英博物館の北斎コレクションの歴史は19世紀にさかのぼります。最初の作品の購入は、彼が亡くなって11年後。そのころすでに北斎に注目していたというのですから、個人的にも大変興味深く感じています」と池田さん。

70年もの長きにわたり筆を握り続けた北斎が90歳でこの世を去ったのは、1849年。1860年に大英博物館が入手した作品も、今回の展覧会に出品されています。それがコチラ。

1860年、大英博物館が手に入れた北斎の版画『小野小町』

宮廷風の衣装を身に着けた小町。着物と几帳の輪郭を「をの乃(の)小丁(町)」の文字であらわす/小野小町 葛飾北斎 大判錦絵 江戸時代 文化中期(1809~13)頃 大英博物館蔵 1860,0414,0.321 © The Trustees of the British Museum【全期間展示】

異例ともいうべき作品収蔵の早さ! 池田さんによれば、北斎は存命中からヨーロッパの一部の人たちには知られた存在だったといいます。「鎖国の時代にあっても長崎の出島を通じて、モノとして数の多い版画は海外へ出ていきやすい環境にありました。もちろん、ブームになるのは亡くなったあと、『ジャポニスム』のころですが」。大英博物館は日本が長い鎖国政策を終え、海外に門戸を開くや、北斎作品の入手に動き始めたのです。

ちなみにジャポニスムは、1867年のパリ万国博覧会をきっかけに起こったヨーロッパにおける日本ブーム。モネ、ドガ、ゴッホなど、印象派やポスト印象派の画家たちが北斎や広重らの浮世絵を直接的に作品に取り入れ、フランスを中心に流行が沸騰したという話を聞いたことがある人も多いはず。しかし、イギリスではそれより早く1862年に開かれたロンドン万博で日本の絵画が話題になっていました。「イギリスでの浮世絵の受容はヨーロッパのなかでも特殊で、収集と研究の両輪で進んでいきました」。時代の機運とも合致して、北斎に傾倒するコレクターや研究者が数多く登場。大英博物館の一大コレクションは、複数のコレクターからの譲渡によって築かれることになります。

イギリスはじめ海外では、「The Grate Wave(大波)」の名で親しまれる『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏(ふがくさんじゅうろっけい かながわおきなみうら)』は北斎70代前半の代表作。大英博物館は3点収蔵しているが、そのうち展示は2008年に入手した初期の摺りの美しいもの。伝統的な藍とプルシアンブルー(ベロ藍)のグラデーションで構成される鮮やかな画面を堪能したい/冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 葛飾北斎 大判錦絵 江戸時代 天保元-4年(1830-33頃) 大英博物館蔵【全期間展示】

北斎に惚れこんだ、6人のオトコたち

大英博物館が所蔵する北斎作品や日本美術の収集では、1870年代から1970年代にかけて活躍した6人のイギリス人コレクターが大きな役割を果たしました。「作品は複数のコレクターの視点で集められているので、北斎を包括的に見るのに適したコレクションといえます。版画、肉筆画、絵本、版下絵にいたるまで……それぞれのジャンルにおいて、研究的にも突き詰められたものが集まっています」と池田さん。特に重要なコレクター2人と彼らの集めた作品をここでは見ていくことにしましょう。

解剖図から北斎の筋肉表現に憧れた?-ウィリアム・アンダーソン

外科医のウィリアム・アンダーソン(1842-1900)は、お雇い外国人として1873年から1880年まで日本に滞在し、東京の海軍軍医学校の校長を務めた人物です。

「彼は絵を描くのが好きで、医者になるか美術の道に進もうか悩んでいました。結局、医者になりましたが、解剖図を制作するなかで美術に対する思いを改めて感じて、日本滞在時に日本美術を集めるようになったそうです」と池田さん。7年の滞在の間に購入した日本やアジアの美術は2000点にも及びます。うちひとつが大英博物館を代表する北斎作品である肉筆画『為朝図(ためともず)』です。

為朝だったら軽々引ける弓も、男島(鬼ヶ島)の島人3人で引いてもびくともしない。『椿説弓張月』の名場面/為朝図 葛飾北斎 一幅 江戸時代 文化8年(1811)大英博物館蔵【全期間展示】

北斎ならではの筋肉表現が面白い『為朝図』は、曲亭馬琴(きょくていばきん)が執筆、北斎が挿絵を描いた読本『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の完成を祝して、版元がふたりに発注した肉筆画。北斎が52歳のときに描きました。「絵は北斎が描き、讃は馬琴が書いています。人物は絶妙なバランスで描かれ、表情も力強い。対して後ろの波は繊細に胡粉だけで描いています。背景には金粉をまく豪華な仕上げ。北斎の絵画技術の多様さを見せる作品です。画業のなかでも重要な作品です」(池田さん)

アンダーソンがまとめた著作『日本絵画芸術』は、世界で初めての日本美術に関する研究書。そのなかで、「[北斎の作品は、]彼の芸術的才能の多様性と幅広さを示しているだけでなく…自意識にとらわれない強い個性がはっきり現れており、自己模倣や先行作品からの図様借用による手抜きを決して許さない、芸術を愛する北斎の勤勉さを鮮明に印象づけている」とベタボメ。さらには「北斎こそが真の日本人である」と締めくくってさえもいます。

ウィリアム・アンダーソンが著した日本美術の通史、『日本絵画芸術』にも『為朝図』の図版が大きく使われている/『日本絵画芸術』ウィリアム・アンダーソン 1886年 大英博物館蔵

アンダーソンのもうひとつの旧蔵品『朝顔に鵜図』。墨一色で立体的に鵜の形を表現する/朝顔に鵜図 葛飾北斎 一幅 江戸時代 文政9年-天保5年(1826-34)頃 大英博物館蔵【全期間展示】

ロンドンの市井の人々を見つめた作家は江戸にも関心が?-アーサー・モリソン

大英博物館が今回イチオシする『流水に鴨図』や『若衆図』などの重要作品を集めたのは、小説家のアーサー・モリソンです。ロンドンのイースト・エンド周辺に住み、スラムの生活を描く小説を多数書きました。モリソンはロンドンにいながら、日本帰りの船員や、友人、外交官から浮世絵版画を中心に買ったりしてコレクションを形成。イギリスに滞在していた下村観山、南方熊楠との交流もありました。日本を訪れたことはないながら日本語が堪能で、そこに日本美術に対する研究の高さも加わり観山も、熊楠も感心させられたようです。

モリソンの特にお気に入りだった『流水に鴨図』は、北斎が肉筆画をもっとも多く手掛けた88歳の作品です。「北斎は肉筆画の動物の目に藍を用いますが、右側の鴨の目にはプルシアンブルー(ベロ藍)が使われています。黒一色で塗るよりも豊かな表情が出るんですね。首元にもベロ藍がありますが、ここは水に塗れた質感を表現。水に沈んでいくモミジの葉の色を変えて描き、光の屈折率が水の深さによって変わるところまで繊細に描いている。最晩年にこれだけのものが描ける北斎は尋常じゃありません」と池田さんも感嘆!

右側の鴨は、水を含むとクルンする羽の様子まで活写/流水に鴨図 葛飾北斎 一幅 江戸時代 弘化4年(1847)大英博物館蔵【全期間展示】

若衆図 葛飾北斎 一幅 江戸時代 天保11年(1840)大英博物館蔵【全期間展示】

顔は北斎の自画像でないかといわれている『漁師図』もモリソンの旧蔵品。文人たちが世間の荒波から逃れたいと憧れた存在を描いています。「モリソンは著作『日本の画家(“The Painters of Japan”)』では、人物から風景、動物、花鳥にいたるまであらゆる分野を専門的に描く北斎の画力にうなり、『これが一人の画家の作品だとは、信じがたい!』と述べています」(池田さん)。

「右上の讃に酔(ゑい)とあるのは、北斎の娘、お栄のこと。万字は北斎です。親子ふたりの合作といわれています」と池田さん/漁師図 葛飾北斎 色紙版摺物 江戸時代 文政期(1818-30)頃 大英博物館蔵【全期間展示】

版画を入れた袋まで? 徹底したコレクション魂

会場に掲示されたコレクターたちのコーナーで驚いたのは、こちら。チャールズ・ヘーゼルウッド・シャノン(1863-1937)の言葉です。

ターナーは卓越した創作能力の持ち主だったが、
風景のデザイナーとしては、同時代の北斎に及ばない。
北斎はまた偉大な人物画家でもあった。
チャールズ・リケッツ『芸術の世紀 1810-1910』(1911年)より引用

展示風景

ウィリアム・ターナー(1775-1851)は風景画で知られるイギリスのロマン主義の画家。自国の至宝といわれるアーティストを思わずディスってしまうほど、北斎の画力に圧倒されたということでしょうか。

面白いところでは、約600冊もの北斎の絵本を集め、欧米で江戸時代の絵入り版本研究のパイオニアとなったジャック・ヒリヤー(1912-1995)が所蔵した『画本狂歌 山満多山(えほんきょうか やままたやま)』のセットがあります。絵本の隣に展示されているのは、版画刷りの袋。通常は捨てられてしまうため、現存するものは少なく貴重なもの。万物を描いた北斎のありとあらゆるものをコレクションしたイギリス人コレクターの熱量を感じ、新たな視点で北斎を楽しめる展覧会です。

『画本狂歌 山満多山』。特にお気に入りだった一冊は鮮やかな色が残る美本/『画本狂歌 山満多山』葛飾北斎 大本一冊 享和4年(1804)大英博物館蔵【全期間展示】

『画本狂歌 山満多山』袋 葛飾北斎 大本一冊 享和4年(1804)1979.0305.0.440.4 大英博物館蔵【全期間展示】

「北斎の晩年期、60歳を過ぎてから円熟した画業を積み上げていく30年間の作品をさまざまな角度からご覧いただき、絵師としての懐の深さをぜひとも感じていただきたいと思います」(池田さん)

展覧会基本情報

展覧会名:大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―
会期:2022年4月16日(土)~6月12日(日)※会期中展示替えあり
会場:サントリー美術館(東京・六本木)
休館日:火曜日(5月3日、6月7日は開館)
入館料:一般1700円、大学・高校生1200円、中学生以下無料
サントリー美術館公式サイト
※会期、開館時間など変更の可能性があります。最新情報を美術館ウェブサイトでご確認ください。

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書いた人

日本美術や伝統芸能(特に沖縄の歌や祭り)、建築、デザイン、ライフスタイルホテルからブラック・ミュージックまで!? クロス・ジャンルで世の中を楽しむ取材を続ける。相棒は、オリンパスOM-D E-M5 Mark III。独学で三線を練習するも、道はケワシイ。島唄の名人と言われた、神=登川誠仁師と生前、お目にかかれたことが心の支え。