2022年11月、歌舞伎界に市川團十郎の名跡が復活。歌舞伎座の襲名公演では、歌舞伎十八番など、市川團十郎家にゆかりの演目が並んでいます。
11月、12月の両月上演されるのが『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』。幕が開くと、吉原遊郭が舞台いっぱいに再現されています。吉原の華やかな雰囲気が感じられ、観客は、吉原見物にやってきた気分で楽しむことができる演目です。
「歌舞伎十八番」になった上方の心中事件
『助六由縁江戸桜』、通称『助六』は「歌舞伎十八番」の一つ。
「歌舞伎十八番」とは、七代目市川團十郎(1791~1859年)が定めた「成田屋のお家芸」のこと。
初代團十郎以来演じられてきた荒事主体の18演目を、市川團十郎家(成田屋)の芸として制定しました。その中には、すでに上演が途絶え、内容がわからなくなっていた演目も含まれています。
『助六由縁江戸桜』は、正徳3(1713)年4月に江戸・山村座で初演された『花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)』がルーツとされています。元禄時代に上方で起きた侠客・万屋助六(よろずやすけろく)と遊女・揚巻の心中事件を題材として取り入れ、二代目市川團十郎(1688~1758年)が助六を勤めました。
二代目團十郎は、荒々しく豪快な荒事芸に、やわらかく優美な和事(わごと)の味を加えて芸の幅を広げ、江戸歌舞伎を洗練させていきます。優れた狂言作者でもあった二代目團十郎は、『助六』のほか、『外郎売(ういろうり)』『毛抜(けぬき)』など、現在も上演される「歌舞伎十八番」の基礎を作りました。
背景にある『曽我物語』の世界とは?
その後、『曽我物語』の世界と結びつき、宝暦11(1761)年、江戸・市村座で『助六由縁江戸桜』の外題(げだい/演目名)で上演されたものが現在の形に近い内容だと言われています。
『曽我物語』は、曽我十郎祐成・五郎時致(そがのじゅうろうすけなり・ごろうときむね)兄弟の兄弟が、18年の苦心の末、父の敵(かたき)である工藤祐経(くどうすけつね)を討った事件をルーツとする軍記物語の一つです。
江戸の初春興行では、『曽我物語』を題材とした演目を上演するのが恒例でした。
『助六』も曽我狂言の一つで、助六の正体は曽我五郎。吉原遊郭にやって来た客に喧嘩(けんか)を吹っ掛けるのは、お家再興と父の仇討ちのため、行方不明の源氏の重宝・友切丸(ともきりまる)の探索のためという設定になっています。
吉原を舞台に繰り広げられる三角関係
歌舞伎の登場人物の代表的な役柄には、「立役(たちやく/男性役)」「女方(おんながた/女性役、「女形」と書く場合もあります)」「敵役(かたきやく)」の3つがあり、その中でさらに細分化されています。
歌舞伎『助六』では、立役が花川戸助六(はなかわどのすけろく)、女方が三浦屋揚巻(あげまき)、敵役が髭の意休(ひげのいきゅう)となります。
花川戸助六は、江戸っ子が憧れる男を具現化したもの。江戸の美意識を体現した男伊達で、小気味いい啖呵(たんか)に喧嘩っ早い性格、色気があって、爽やかで、勇ましくて、何よりも粋でカッコイイ。
助六は典型的な荒事の役とは異なり、すっきりした「むきみの隈取」で、和事の優美さも兼ね備えています。
助六の恋人の揚巻は吉原で全盛を誇る花魁(おいらん)で、二人は相思相愛の仲。揚巻は、美貌と教養を兼ね備えた、ハイレベルの松の位の太夫。ファッションも豪華絢爛です。このため、怖いもの知らずで、嫌な客には見向きもしません。
揚巻にとっての嫌な客の一人が、揚巻に横恋慕している髭の意休。大尽(だいじん/遊里で大金を使う客)で、金も権力もあるのですが、実は天下を狙う謀反人という設定です。
歌舞伎『助六』のあらすじ & 見どころ紹介
幕が開くと、裃(かみしも)姿の口上役によってこの演目の由来が披露された後、河東節(かとうぶし)の演奏が始まります。
河東節は江戸浄瑠璃の一つで、細棹の三味線を用いて、高い音を多用するのが特徴です。市川團十郎家が助六を演じる時は、ご贔屓の旦那衆によって河東節が演奏されました。現在は「十寸会(ますみかい)」という一派に伝承されています。
吉原の太夫・揚巻の花魁道中と衣裳に注目!
吉原遊郭・三浦屋の見世先では、満開の桜をもしのぐ美しい若手花魁たちが新造をつれて居並び、夜桜を眺めて楽しんでいます。
そこへ、吉原で全盛の太夫・揚巻が、大提灯を先頭に、大勢の新造や禿(かむろ)、遣り手たちを従えてやってきます。揚巻は酔っているのか、船に揺られるように八文字を踏んで花道を歩んできます。
続いて、揚巻の妹分の白玉(しらたま)の花魁道中に、意休が子分たちを連れてやって来ます。揚巻に執心する意休は毎日のように吉原に通って来ますが、揚巻には助六という恋人がいるので、つれない態度で応対します。そんな揚巻の態度に腹を立てた意休は、助六を盗人呼ばわりして、罵り始めます。
はじめは意休の悪口を聞き流していた揚巻でしたが、ついに堪忍袋の緒が切れてしまいます。
意休を相手に
慮外ながら揚巻でござんす、男を立てる助六が深間(ふかま/愛人)、鬼の女房に鬼神とやら、さぁ、これからは揚巻が悪態の初音。
と悪態(=悪口)のツラネを始めます。
お前と助六さん、こう並べてみるときは、こちらは立派な男ぶり、こちらは意地の悪そうな、例えて言えば雪と墨。硯の海も鳴るとの海も、海という字は一つでも、深いと浅いは客と間夫(まぶ)。暗がりで見ても、お前と助六さんを取り間違えてよいものかいなあ。
ツラネとは、掛詞(かけことば)や物づくしなどで趣向を凝らした長台詞のこと。ポンポンと調子よく述べ立てていきますので、お聴き逃しなく。
揚巻の態度に腹を立てた意休が刀に手をかけると、「斬れるものなら斬ってみろ」と意休に迫ります。意休がしぶしぶ刀を収めるのを見て、揚巻は、なだめる白玉とともに見世の中へ去っていきます。
美貌と教養を兼ね備えた太夫である揚巻は、女性の役を演じる最上位の役者「立女方(たておやま)」によって演じられるのが通例です。
花道を使った花魁道中、ゴージャスな衣裳、吉原の太夫としての誇りと意地を魅せる態度と悪態のツラネ。「立女方」の貫禄を示す重要な場面です。
江戸っ子のアイドル、助六登場
尺八の音が聞こえ、黒の紋付に江戸紫の鉢巻、蛇の目傘をかざした助六が登場!
「出端(では)」と呼ばれる花道からの登場場面は、助六を演じる俳優の最初の見せどころ。河東節をBGMにして、紫の鉢巻の由来や助六の自己紹介が数々の決めポーズとともに舞踊のように演じられます。助六は、荒事と和事の要素を兼ね備えた役で、登場のしかたにもこの役の性格がうかがえます。
助六が来るのを待ちかねていた花魁や新造たちは、先を争って吸付莨(すいつけたばこ)を渡します。吸付莨を相手に渡すのは、自分が一口飲んだ盃を渡すのと同じで、親愛の情を表す動作です。
その様子を見て、意休も吸付莨を所望すると、助六は足の指に煙管(きせる)はさんで意休の目の前に突き出します。
意休を挑発する助六
憤る意休に、助六は
近頃、この吉原の大きな蛇がでるとよ。毎晩、女郎にふられるを、恥とも思わず、通いつめる執着の深ぇ蛇だ。
と、悪態をついて挑発します。
助六は意休が友切丸を所持していると見当をつけていて、意休を怒らせて刀を抜かせようとします。助六は、意休の子分のくわんぺら門兵衛や奴の朝顔仙平を打ちのめすだけではなく、意休の刀の柄に足をかけたり、履いていた下駄を意休の頭の上に載せたり、やりたい放題。
助六の仕打ちに怒った意休は刀を抜きかけますが、挑発には乗らず、見世の中へ入っていくのでした。
白酒売りは兄・十郎!?
暴れる助六を残して人影が消えたところで、白酒売新兵衛が声をかけます。不審に思った助六が顔をよく見ると、白酒売は、兄の曽我十郎でした。十郎は、吉原で喧嘩三昧の弟に意見をするために白酒売りに扮してやって来たのです。
しかし、助六の行いが友切丸の詮議するためと知ると、一緒に詮議をするため、助六から喧嘩の仕方を教わります。吉原にやって来た田舎侍や通人に喧嘩を売る十郎ですが……。
助六が名前を名乗るツラネや、意休に対して威勢よく喧嘩を売る悪態尽くしも、荒事ならではの見どころです。一方、助六の兄の白酒売新兵衛は、江戸和事の風情を表す優男。見た目だけではなく性格も含めて、助六(=五郎)と新兵衛(=十郎)の剛と柔の対比は観ていて楽しい場面です。
友切丸、発見!
そこへ、揚巻が侍姿の客を見送るために見世の外へやって来ます。嫉妬した助六が、侍に掴みかかりますが、侍と見えた客は、助六の行状を心配して身をやつして廓にやって来た兄弟の母・満江(まんこう)でした。
助六から、「すべては友切丸詮議のため」と理由を説明されて安堵した満江は、これ以上喧嘩をしないようにと助六に紙衣(かみこ/紙の着物)を与えて十郎と帰っていきます。
助六が紙衣に着替えている所へ、揚巻を探す意休がやってきたので、揚巻は打掛の陰に助六を隠します。自分の悪口を言う意休に、辛抱しかねて姿を現す助六。ところが、意休は助六が曽我五郎であると見破っていました。「兄弟団結して親の敵を討て」と意見し、傍らにある香炉台の脚を斬って見せますが、意休の刀こそ、助六が探す友切丸!
意休を追いかけようとする助六を、揚巻は意休の帰り際を待つようなだめるのでした。
「水もしたたるいい男」を舞台で再現?
通常は、揚巻の意見によって助六がいったん舞台を勢いよく立ち去るところで終わりますが、助六が意休を斬る場面まで上演されることもあります。通称「水入り」という場面で、意休を斬った助六が追手から逃れるため、天水桶の中に飛び込む水入りは迫力のある場面です。大きな天水桶には実際に水が張られているので、天水桶から出てくる時の助六は、まさに水もしたたるいい男!
イケメンで女子たちの人気の高かった八代目團十郎(1823~1854年)が『助六』で「水入り」の場面を演じた時は、舞台で使った天水桶の水で白粉(おしろい)を溶くと美人になるという噂が立ちました。真偽は不明ですが、高値がついて飛ぶように売れたのだとか。
揚巻は、水浸しの助六を裲襠に隠し、啖呵を切って助六を守ります。揚巻の介抱で目覚めた助六は、揚巻に感謝をして逃れていくのでした。
江戸・吉原のファッションにも注目
江戸時代の吉原はトレンドの発信スポットでもありました。人々もおしゃれをして吉原に出かけます。
吉原を舞台にした『助六』は、豪華で粋なファッションにも注目です。
五節句にちなんだゴージャスな衣裳の揚巻
揚巻は「吉原で一番の太夫」。ゴージャスな衣裳で廓を練り歩く花魁道中は高級な太夫のみに許された特権でもあるので、ここぞとばかりに贅を競います。揚巻は、五節句-正月、桃の節句、端午の節句、七夕、重陽の節句-にちなんだ衣裳を披露します。
花道から花魁道中で登場する時に着ているのが、「正月の裲襠(うちかけ)」。金糸銀糸を長く垂らした注連(しめ)飾り、背中には橙と伊勢海老が載った鏡餅。裾には門松、羽子板、羽根、鞠と、お正月にちなんだモチーフがちりばめられています。
背中の飾りは、舞台が終わってしまう際にいったん外し、翌日、着付ける際に取り付けるのだとか。バランスよく配置するのは、舞台衣裳を担当する衣裳方の腕の見せどころでもあるのです。
「正月の裲襠」の下に着ているのが、3月3日の桃の節句を表す「三月の裲襠」。雛の節句にちなんだ春の宴で、屋外に幔幕に火焔太鼓の模様。胸から大きく垂れ下がる俎板帯(まないたおび)は、5月5日の「端午の節句」を象徴する鯉の滝登りのモチーフです。
助六の母・満江と一緒に見世から出てきた時に着ているのが「送り出しの裲襠」で、日本画家による墨絵が描かれています。公演ごとに新調されることの多いこの裲襠は、千秋楽後に揚巻を演じた役者に贈るのが習いです。この時の俎板帯は「七夕の俎板」と呼ばれるもので、7月7日の「七夕の節句」にちなみ、七夕飾りの笹、短冊などがあしらわれています。
「水入りの場」で着る裲襠は、9月9日の「重陽の節句」がモチーフで、菊があしらわれています。
さらには、たくさんの簪(かんざし)と鼈甲(べっこう)櫛を挿した伊達兵庫の鬘(かつら)、足は三枚歯で高さ24㎝の下駄。ゴージャスな衣裳には、盛りヘアとボリューミーな足元ではないとバランスがとれないのだとか。
揚巻の衣裳、鬘、簪、高下駄などを合わせると、30~40㎏くらいの重さになるそうです。ずっしりと重い衣裳を優雅に着こなして魅せるのが、歌舞伎の立女方なのです!
江戸っ子の憧れ、助六の衣裳はシンプルシック
一方、江戸っ子好みの粋でシンプルシックな衣裳で魅せるのが助六。
黒紋付に裏地の紅絹色(もみいろ)がアクセントになっています。胸元と両袖の表、背中にある五つ紋は杏葉牡丹(ぎょうようぼたん)で、市川團十郎家の替紋です。綾瀬の帯、黄色の足袋(たび)、柾目(まさめ)の下駄、腰には印籠(いんろう)、背中に尺八、蛇の目傘を持った助六のファッションは、江戸っ子の憧れの姿でもありました。
顔の右に結び目のある江戸紫の若衆鉢巻(わかしゅはちまき)は、みなぎるパワーの証。放蕩無頼の「傾き者」の粋を鉢巻きで表しているのです。
ちなみに、顔の左型に結び目のある紫の鉢巻は「病鉢巻」で、「私は病気です」ということを表しています。
助六の蛇の目の傘、煙管は吉原から、鉢巻の紫縮緬、下駄は魚河岸から贈られるのがしきたりでした。助六が花道で鉢巻を指して軽く頭をさげるのは、礼意を表していると言われています。魚河岸とは魚市場のことで、江戸時代は日本橋から江戸橋にかけての河岸に魚市場があったことに由来します。
助六の喧嘩を心配した母に着せられる紙衣は、本来は手紙をリサイクルしたもの。歌舞伎では、紙衣を着た登場人物は、落ちぶれていることを表しています。
意休の豪華な衣裳は、野暮の極み?
助六の恋敵である意休は、龍、虎、亀などの模様が刺繍された金満家を象徴する衣裳です。一見、おしゃれに見えますが、江戸っ子にとっては、これ見よがしのゴージャスさは野暮の極みなのだったとか。
助六を演じる役者でタイトルもBGMも変わる?
歌舞伎では、同じ演目であっても、家特有の演じ方があるものがあります。さらに、演者によって本外題(=正式タイトル)が変わるのが『助六』なのです。
市川團十郎家の系統の役者が演じる時は『助六由縁江戸桜』で、河東節が演奏されます。
市川團十郎家の系統以外の役者が助六を勤める場合は、上演タイトルも演奏されるBGMも変わります。例えば、尾上菊五郎家などの音羽屋系の場合は『助六曲輪菊(すけろくくるわのももよぐさ)』で、BGMは清元に変わります。
平成10(1998)年に十五代目片岡仁左衛門襲名披露公演で上演された時は『助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつざくら)』で、BGMは長唄でした。
他にも、助六の刀や傘の模様など、小道具のデザインも変わります。
江戸・吉原にタイムスリップ気分で舞台を楽しむ
歌舞伎『助六』には、江戸の美学がぎっしり詰め込まれています。
上演時間は約2時間で、現在上演されている歌舞伎演目の中でも大道具の転換なしの一番長い一幕です。舞台は三浦屋見世先のみですが、登場する人物は80人を超えます。助六、揚巻、意休の三角関係の行方、次々に現れる個性的なキャラクターが織りなす豪華な舞台は、飽きることもありません。
観客は、江戸時代にタイムスリップした気分で、「江戸の吉原って、こんな感じだったんだ……。」「花魁道中、想像していたよりもすごいかも?」などと思いながら、ゆったりと舞台を楽しんでください。
なお、助六の出端の姿をじっくり観たい、揚巻や白玉の花魁道中をしっかり観たいという方は、花道が見える座席での観劇をおすすめします。
主な参考文献
- ・『歌舞伎江戸百景:浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』 藤澤茜著 小学館 2022年2月
- ・『歌舞伎の解剖図鑑:イラストで小粋に読み解く歌舞伎ことはじめ』 辻和子絵と文 エクスナレッジ 2017年7月
- ・『一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選』 鎌倉惠子監修 成美堂出版 2012年11月
- ・歌舞伎演目案内『助六由縁江戸桜』(歌舞伎on the web)
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