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Culture
2023.04.17

歌舞伎「新・陰陽師」堂々お披露目!オンデマンド生配信も決定

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歌舞伎に帰ってきた「陰陽師」の世界

呪術と鬼神を駆使して歴史の裏側で暗躍してきた術者・陰陽師。
その最高峰として平安京を守った異能の人・安倍晴明。
史実的には朝廷に仕える下級貴族だった彼を、誰もが知るファンタジックな「晴明様」にした大立者が夢枕獏の小説「陰陽師」シリーズだ。
記念すべき第一作短編「陰陽師」(単行本収録時に「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」に改題)が発表されたのは1986年のこと。以来37年経った今も新作が発表される大ベストセラーシリーズになった。

また、1993年の岡野玲子による漫画化を皮切りに、舞台化や映像化などメディアミックスが盛んに行われた作品でもある。とりわけ狂言師・野村萬斎が晴明役を演じた映画「陰陽師」は大ヒットし、陰陽師が“和製魔術師”として世間に定着するのに一役買った。

そして2013年、陰陽師旋風はとうとう歌舞伎にも達した。新作歌舞伎「陰陽師 滝夜叉姫」が、歌舞伎座新開場柿葺落公演のひとつとして上演されたのだ。
この時、安倍晴明を演じたのは七代目市川染五郎(現 十代目松本幸四郎)、相棒で笛の名手・源博雅は六代目中村勘九郎が勤めた。原作のイメージを大事にした配役で、文字通りの花形俳優である二人が演じる晴明と博雅のイチャイチャっぷりに心ときめかせた腐女子もいたに違いない。SFXかと見紛う斬新な演出やダイナミックな視覚効果で、歌舞伎初心者でも楽しめるポピュラーなエンターテインメント作品に仕上がっていた。

あれから10年。
歌舞伎座新開場十周年記念作として「陰陽師」が市川猿之助脚本/演出の新作「新・陰陽師 滝夜叉姫」として蘇ることになった。リブートの情報を聞いて期待に胸を躍らせたファンは多いことだろう。

しかも、今回は脚本と演出を市川猿之助が担当。ならば前作に負けず劣らずの派手で斬新な新作歌舞伎になるのではないか。そんな風に予想していた向きも少なくなかったはずだ。

ところがところがあにはからんや、「新・陰陽師」はまったく予想外の方向に生まれ変わっていたのである。

「新・陰陽師」はどストレートの時代狂言!

ここで「新・陰陽師」のあらすじを紹介しておこう。

平安時代、京の都は繁栄していたが、水面下では都の貴族による民への苛烈な搾取が続いていた。東国出身の武士・平将門と俵藤太の別名を持つ藤原秀郷は苦しむ人々の姿に心を痛め、将門は東国で、秀郷は京でそれぞれ世直しを目指そうと誓い合った。

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それから10年の時が流れた頃、将門は突如朝廷に反旗を翻した。そして、瞬く間に関八州を支配下に置くと「新皇」、つまり新しい天皇と名乗るようになったのだ。慌てた朝廷は、秀郷に将門討伐を命じた。どんな褒美も思いのままと甘言を弄して。
それを聞いた秀郷は、かつての恋人で今は帝の寵愛を受ける桔梗の前を所望した。望みは受け入れられ、旧友を討つ役割を引き受けて東国に下ることとなった。そんな彼の前に現れたのが陰陽師の蘆屋道満だった。彼は将門調伏の切り札として一本の鏑矢を渡したのだ。

東国に下った秀郷は、スパイとして先に将門の館に潜り込んでいた桔梗の前と協力し、道満の鏑矢を使って首尾よく将門誅殺に成功。しかし、打ち落とした将門の首は呵々大笑しながら中空に消え失せ、とうとう見つけ出すことができなかった。

乱平定に安堵する貴族たちを後目に、将門の祟りを懸念する人物がいた。朝廷に仕える陰陽師・安倍晴明だ。事態はまだ終わっていない、と感じていたのだ。

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そんなある日、晴明の親友・源博雅は、晴明の家に遊びに行く途中で美しい娘と出会う。糸滝と名乗るその娘に一目惚れした博雅だったが、正体は将門の妹・滝夜叉姫だった。滝夜叉姫は将門の側近・興世王とともに邪法による将門復活を企んでいたのだ。だが、謀略の裏にはさらなる邪な思惑があり……。

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どうだろう。
原作小説や前作「陰陽師」を知る向きは「おや?」と思われたことだろう。いくつか相違点があるのだ。目立つのは、滝夜叉姫の設定が将門の娘から妹に変わっている点だが、他にもいくつか設定上の変更が見られる。

しかし、もっとも変わったのは芝居の様式だ。
前作が現代劇に近い台詞回しや演出で新作らしい新作だったのに比べ、今回は時代物の義太夫狂言に仕立てられているのである。

時代物とは、歌舞伎が誕生した江戸時代にすでに過去だった時代、主に鎌倉や室町の事件や人物を描く舞台をいう。「菅原伝授手習鑑」や「義経千本桜」などがその代表作で、歌舞伎と聞いてまず思い浮かぶような所作やセリフ――「型」に則って演じられる。歌舞伎らしい歌舞伎といってよいのだが、今回の「陰陽師」はそれらを彷彿させる演出が多数取り入れられているのだ。

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たとえば、幕開けすぐ。実質上の主人公である将門と秀郷は「菅原伝授手習鑑」の「車引」のような出で立ちで登場する。またタイトル・ロールである滝夜叉姫が「京鹿子娘道成寺」の花子のように華やかな舞を見せるシーンもある。また、晴明屋敷は「蘆屋道満大内鑑」の安倍保名宅と同じしつらえだし、「聞いたか坊主」や「だんまり」など古典歌舞伎の名場面へのオマージュも。歌舞伎好きなら思わずニヤリ、とする場面も多いはずだ。話の流れをぶった切っていきなり口上が始まるところや、セリフに楽屋落ちが交じるあたりもいかにも“歌舞伎”らしい。“シン歌舞伎”とも呼びたくなる仕掛けでいっぱいなのである。

では、初心者には敷居が高くなったかというとそうではない。古典歌舞伎はある程度前知識がないとストーリーがわかりづらかったりするが、本作は背景となる事情や人物関係がストーリーの流れの中できちんと説明されるので混乱することはない。むしろ古典歌舞伎を本格的に見る前の入門編としてもってこいなのだ。

さらに注目したいのが俳優陣である。

安倍晴明は爽やかなイケメンっぷりで人気が高い中村隼人、源博雅は前作で晴明を演じた松本幸四郎の子息で弱冠18歳の市川染五郎が演じる。陰惨な復讐劇の要素もある本作に涼やかな風を運ぶ主人公コンビだ。また、滝夜叉姫役の中村壱太郎が見せる滝夜叉姫の“悲劇の花”っぷりも一際鮮やかだ。

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一方、物語の中心となる平将門と藤原秀郷はそれぞれ坂東巳之助と中村福之助という立役の次代を担うホープ二人が躍動感のある殺陣と時代物らしい重々しさを舞台に加えている。また、市川寿猿翁の出演もうれしいところ。御年92歳、澤瀉屋一門の最長老が琴吹の内侍を務め、その健在ぶりを見せつけている。
10代から90代までの俳優が勢ぞろい。これぞ歌舞伎の底力だろう。

そして最後、忘れてならないのが蘆屋道満演じる市川猿之助である。澤瀉屋のお家芸である宙乗りはもちろんのこと、要所要所での暗躍っぷりも見どころの一つだ。前作の道満は、己が心のままに動き回る文字通りの狂言回しとして描かれていたが、今回は少々様相を異にする。藍隈――敵役としての色がより濃くなっているのだ。

ラストシーンではその道満が悠々と中空を駆けていくわけだが、その直前には今回の「陰陽師」ならではの演出が見られるので、そこも楽しみにしてほしい。

コロナ禍での諸制限が緩和されてからの興行ということで、東京のみならず全国各地から訪れるファンも増えることだろう。だが、やはりまだ旅行や行楽には出づらい方々もいるのも間違いない。

そんな皆さんに朗報がある。

4月22日(土)午前11時より、松竹公式動画配信サービス「歌舞伎オンデマンド」にて配信することが決定したのだ。劇場の空気がそのまま伝わる生中継である。

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しかも、幕間中には原作者の夢枕獏をはじめ、市川猿之助、中村隼人、市川染五郎のインタビューを交えたスペシャルメイキング映像が配信限定の特典として流される。これはかなり貴重だ。
22日にはすでに予定が入っている、という方でも大丈夫。4月23日(日)10:00から4月30日(日)23:59までのアーカイブ配信期間中は何度でも繰り返し視聴できる。チケット料金など詳しい情報は下記のURLでお確かめいただきたい。

歌舞伎オンデマンド 「新・陰陽師」生配信特設サイト
https://s.shochiku.co.jp/zwqZ

蘆屋道満という男

ところで、晴明がすっかり有名になったおかげで、そのライバルとして知られるようになった道満だが、知名度ではまだまだ劣るし、晴明のように神社に主神として祀られているわけではない。芝居などエンターテインメントの世界ではピエロ役、あるいは悪役にされてしまうことも珍しくない。
少々哀れな扱いをされがちなのだが、本当のところはどんな人物だったのだろう?

実は、彼については、ほとんど何もわからないのだ。
歴史上の人物であることが確かな晴明と異なり、実在したのかどうかさえ不明。というのも、晴明が公的文書に名を留めているのに対し、道満は見当たらないのである。

道満が登場する文献は「古事談」「宇治拾遺物語」「十訓抄」など、鎌倉時代以降に成立した説話集だ。これらはあくまで「説話」、つまり人々の間で語り継がれた物語であって、必ずしも実在を保証するものではない。ミステリアスという意味では、晴明に勝るのだ。

ただし、完全にフィクショナルな人物かというとそれも微妙で、室町期には蘆屋姓を名乗る陰陽師がいたことが記録されている。つまり、安倍氏や晴明の主家だった賀茂家とは別系統の陰陽師一族が実際にいたのは確かであり、道満はその一族の象徴的存在だったと考えられているのだ。そして、蘆屋一族の主な活躍の場は朝廷ではなく民間だった。つまり、本作における平将門のように、より庶民に近い場所を活動フィールドとしていたのである。

そんな視点で今回の作品を見ると、また少し違った観点で楽しめるかもしれない。ぜひ何度も鑑賞できる配信を利用して、自分だけの「陰陽師」の世界を見出してほしい。

書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。