神社の境内や河原や公園の広場で妖しげな赤いテントを見つけたら、恐る恐る近づいてみてください。「唐組」の旗が立っていれば、それは劇団唐組の移動劇場、通称「紅(あか)テント」です。2021年度に文化功労者に選ばれた唐十郎(から・じゅうろう)が旗上げした劇団のお芝居を観られます。
怪しいものではありませんので、お気軽にお立ち寄りください。と言われても、とても怪しく見えるかもしれません。
ある日、何もなかった場所に現れて、日暮れに電気が灯り、老若男女幅広い世代が列を作り中へ吸い込まれていくのです。やがて赤いビニールの向こうから、音楽や声、笑いや拍手が溢れ出してきます。
怪しくて妖しい紅テントに一度は足を運んでいただきたく、東京・雑司ヶ谷にある鬼子母神の境内に登場した唐組を取材しました。入場までの流れや中の様子を紹介します。
また、紅テントの魅力やその創始者である唐十郎戯曲への思いを、唐組座長代行+演出の俳優・久保井研さん、俳優の稲荷卓央さん、藤井由紀さんに伺います。
紅いテントで半世紀
紅テントのはじまりは、1967年夏。
当時、演劇といえば主に歌舞伎や新劇を大きな劇場でみせるものでした。しかし唐は自身が主宰する劇団「状況劇場」の公演を、新宿・花園神社の境内に建てた赤いテントで行いました。注目を浴び若者たちに支持されます。花園神社での公演ができなくなると、1969年1月には、東京都(に申請こそしたもの)の許可がおりないまま新宿西口・中央公園に紅テントを建て、中止を求める機動隊に囲まれながらお芝居を強行。日本の戦後の演劇史に残る出来事となりました。唐は、寺山修司、鈴木忠志(すずき・ただし)、佐藤信(さとう・まこと)たちと、その後“アングラ演劇”と名付けられる新たな演劇の流れを牽引します。
「状況劇場」の紅テントは、日本だけでなく韓国、台湾、バングラデシュ、パレスチナなど世界を巡り、李麗仙、麿赤児、四谷シモン、大久保鷹、不破万作、根津甚八、小林薫、佐野史郎、六平直政など名優・怪優を輩出します。1988年に解散し、翌年、唐が新たに旗揚げしたのが劇団唐組です。紅テントを受け継ぎ、いまに至ります。紅テントの影響は全国に広がり、今も様々なテント芝居が行われています。なお現在、紅テントが無許可で公演をすることはありません。機動隊に囲まれる心配もありません!
紅テントにいってみよう!
この日の会場は鬼子母神境内。上演作品は『透明人間』です。
開演時間は午後7時ですが、WEB予約の確認メールに「当日は午後2時より受付を開始し整理番号を配布します。午後6時半頃から整理番号順にお並びいただきご入場となります」と案内がありました。余裕をもって午後4時に到着。受付で整理券番号を受け取ります。「仕事があってそんなに早く到着できない」「座る場所にはこだわらない」という方は、開場時間にあわせて受付にいけば大丈夫!
開場時間(午後6時30分)にテント前へ戻ってくるよう説明を受けて一度解散。町歩きを楽しむも良し、ケヤキ並木が美しい参道の喫茶店で一息つくも良し。
いよいよ開場!木戸をくぐりテントの中へ
開場時間の午後6時半、お客さんが番号札を手に集まります。まもなく唐組のスタッフが現れて、整列を呼びかけます。
「整理券には3種類ございます」
「チケットに直接、黒い数字が書かれているお客様はこちらにお並びください」
スタッフは来場者の番号を「イチ! ニ! サン!」と確認します。これが、ただの大声でも怒鳴り声でもない、役者の肚からの大きな声です。というのも唐組は、いわゆる裏方も俳優も区別なく、すべての業務を劇団員たちが分担して行います。若手もベテランも総動員でテントを設営し、制作、受付、本番の音響や照明まで。案内スタッフもこの後の舞台に上がります。
列ができたらいよいよ入場です。木戸をくぐりテントの中へ。脱いだ靴は、整列中に配られたビニール袋に。桟敷の自由席なので、脱ぎやすい靴&座りやすい服装&少なめの荷物がおすすめです。
テントは人でいっぱいに。空気は通っているのに熱気に満ちています。また、決して日常的ではない状況の中にもどこか懐かしい感覚を覚えました。
クッションや座布団を持参するプロフェッショナルなお客さんも多数!後ろの方に迷惑をかけない厚さが◎。暗転し、いよいよ開演です。
「水を怖がる犬」の噂からはじまる物語
『透明人間』は1990年に初演された作品です。作・唐十郎、演出・久保井研。物語は、“ある暑い日、僕の町内に「水を怖がる犬」の噂が広がった”ところから始まります。
狂犬病の犬がいる、という噂から市民はパニック寸前の騒ぎに。舞台となる町の焼き鳥屋では、モモと名乗る女が働いています。店の2階の押し入れにその犬が住んでいて、犬の同居人“合田”を久保井さんが演じます。“モモに似た女”役は藤井さん。時をかける調教師“辻”役は稲荷さんです。ドラマは戦時下の福建省と行き来して……。
歌舞伎俳優の十八世中村勘三郎は、19歳の頃に状況劇場の紅テントを観て、「歌舞伎の原点だ」「いつかこういうところでやりたい!」と感銘を受けたそうです。それが平成中村座をはじめるきっかけになったのだとか(※2022年平成中村座製作発表、中村勘九郎コメントより)。
物語を文で説明しようとすると、荒唐無稽に思われるかもしれません。戯曲を読んでも実際に観ても、荒唐無稽に思えるかもしれません。それでも役者の怒涛の熱量が、俗とロマンチシズムに満ちた台詞で幻想的で肉感的な人間ドラマを立ち上げます。デタラメに見えた景色は一つのクライマックスへ。ラストはテント芝居ならでは演出でカタルシスに包まれ、熱い拍手で結ばれました。
唐組に聞く、紅テントと唐十郎の魅力
お芝居を終えたばかりの久保井さん、稲荷さん、藤井さんがインタビューに答えてくれました。紅テントの魅力について、そして日本の演劇史を語る上で避けて通れない天才劇作家で演出家で怪優、唐組座長唐十郎についてお聞きします。
—— 〇(ピンポン!)と✕(ブー!)のアンケート形式でお話をうかがいます。よろしくお願いします!
久保井・稲荷・藤井: お願いします!
何もないところに現れて、跡形もなくいなくなる
—— さっそく1問目です。
「芝居はテントに限る」!
久保井・稲荷・藤井: ピンポン!ピンポン!ピンポン!
—— 演劇を観るにもやるにも、劇場やホールの方が便利で楽ですよね。
藤井: そうですね。紅テントのおかげで人間として強くなりました。それに、今日の楽屋には屋根と壁がある、というだけで「ありがたいな!」って感謝の気持ちをもてます(笑)。
—— それでも皆さんはテント公演を続け、紅テントの桟敷には幅広い年代の方が集まります。
藤井: 新人の頃、外の受付にいて、芝居がはじまるテントを振りかえって見たことがありました。開演と同時にテントが内側からの照明で真っ赤に発光して、ワッと歓声が上がって。その熱気でテントが浮き上がって飛んでいってしまうのを、杭とロープが必死につなぎとめているようでした。私はその魅力に取り憑かれてしまったんですよね。
久保井: 何もないところに芝居をする空間ができて、終われば釘一本残さず跡形もなくいなくなる。そこに一夜の幻影のような、唐さんの美学を感じます。テント芝居の熱量と美学に惚れちゃったんでしょうね、惚れた弱みで続けています。
藤井: 人間には、お祭りや野外にテンションが上がる血が流れているのでは、と言われたことがあります。たしかに開演前から、お客さんのテンションが違います。役者もそのエネルギーを受けて芝居をするから、舞台と客席のエネルギー交換量が全然高い。
久保井: 役者にしたら、テント芝居は「外」との戦いです。騒音、風や雨音と戦いながら「中」の密度をどれだけ高められるか。でもお客さんだって、ほぼ軟禁状態で時には外の音に邪魔されながら、全員でこの空間に一つの虚構を作ろうするんだから大変ですよね(笑)。その意味で、劇場で観る芝居は「観る」、紅テントで観る芝居は「体感」なのだと思います。
稲荷:唐さんの作品には唐さんの世界独特の匂いがあって、僕はその匂いに憧れています。それは紅テントという空間で、久保井さんが演出という形で戯曲を継承する、うちだけにある匂いです。それをすべての方に面白いと思っていただけるかは分からないけど、唯一のものがここにはあるとは思っています。
—— 唐さんの世界を作るには紅テントが欠かせないのですね。とはいえ演劇をやるには苛酷な環境で、裏方仕事も自分たちで分担して……ちょっとしたドМの集まりに思えてきました。
稲荷: 唐さんも、役者はドМがいいと言っていました(笑)。そこから生まれるものがあると思っているし、お客さんも紅テントで何かそういったものを体感してくれているんじゃないでしょうか。
久保井: 劇場の公演に客演すると声の心配はいらないし芝居だけすればいい。「久保井さん!そんな大声じゃなくて大丈夫です!」って言われちゃう(一同ふたたび笑)。
唐十郎の戯曲は面白い?むずかしい?
—— 続いての質問です。
「唐十郎作品は面白い」!
久保井・稲荷・藤井: ピンポン、ピンポン、ピンポン!
—— もう1問お願いします。
「私は唐十郎の戯曲を完ぺきに理解している」!
稲荷: ピンポン!
久保井・藤井: ……ブー!
久保井・藤井・稲荷: (お互いを見て)おお~。
—— 唐さんの戯曲は難解と言われることもしばしばです。唐さんの一番近くにいる皆さんは、どう感じているのでしょうか。
藤井: 理解したつもりの台詞も、数年経って「あれは、こういうことだったんだ」とボディーブローみたいに効いてくることがあります。それは嬉しいことだし、もっと理解したいとも思う。唐さんの戯曲の登場人物は、すべて唐さんの分身だそうです。だから普段から唐さんをよく観察して、もっと分かろうとしたりもして。
稲荷: でも唐さんという人は、30年一緒にいても分からない人間で。
久保井: 僕、たぶん日本で一番唐さんの本(台本)を読んでいるんです。少なくとも回数では誰にも負けない自信があります。それでも人の頭の中のことだからすべては理解できませんし、稽古で「これだ」と解釈を決めても毎回「違った、こうだった」と発見がある。演出では、お客さんの反応から気づくこともあります。
—— 稲荷さんのご回答は「〇(理解している)」でした。
稲荷: 本当に? と聞かれたらおそらくできていないんです。でも役者として完全に理解したと思い込まないと、唐さんが書くような役はなかなかやれない。
(久保井さん、藤井さん、大きくうなづく)
稲荷: 唐さんの戯曲は「こんなことは現実にないかもしれないけど、あるかもしれない。あったら面白いよね」というシュルレアリスム。それでもどこかにリアルがあれば、芝居に説得力が出て面白くなる。稽古の中で一つの答えを出し、舞台に立つときにはすべて分かったと言いきるしかないんですよね。
—— 役者さんの中にリアルがあるから、荒唐無稽に見えようと分かろうと分かるまいと、心を動かされるものがあるのですね。
藤井: 唐さんが新作を書かれていた頃は、台本が出来あがったところから説明やメモをもらったりもした。
稲荷: 南千住に行ったらこういう工場があった、と言われれば自分も見に行って、作家が見たものを追体験して。
久保井: 唐さんって、実際に目で見てきたもののイメージを連鎖反応のように繋げて、戯曲を物語の順番通りに、書き直すことなく完成させていく作家なんです。出来あがった作品のオモテには出てこなくても、作品のウラには、糊代のようにイメージとイメージを繋ぐ出来事がある。かつて僕らは、その手がかりを唐さんから直接得て追体験することができました。お客さんに見える必要はないけれど、やる人間はそこを想像できないと舞台で立体化できません。劇団には若い役者が増えています。彼らにも“糊代”を伝えることに時間をかけています。
—— 劇中には長い台詞に唄うような抑揚があったり、まくし立てるような語り方があったり。台詞回しもメソッドや型として伝えるのですか?
稲荷: 僕らの根っこには「その台詞はこうやって言うんだ」と実際に唐さんにやってみせてもらった経験があります。でもメソッドや型で渡せるものではないんですよね。唐さんは「一つパリっとした役者がいるから戯曲ができる」。戯曲の前に役者ありき、という考え。技術や上手さより、風や雨の中でも晒させる肉体があるか。一表現者として自分はなぜここで芝居をしているのかが問われている。それは「具体的にこうすればいい」と伝えられるものとも違います。
—— 唐組さんを追いかけたドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』で拝見したのですが、藤井さんは唐さんの手書きの生原稿を製本のために書き写す役割を担われています。
藤井: 唐さんは新作を書く時、真っ白いノートに万年筆で横書きで書きます。改行には美しい波がありました。その生原稿から学ぶことも多かったと思います。
稲荷: 久保井さんは演出で、「唐さんはこの台詞をこのくらいの速度で書いたはず」といった言い方をしますね。
久保井: 門前の小僧習わぬ経を読む、ではないけれど。文体からその台詞を書いた時の唐さんの熱量や筆のスピードは想像します。僕らはそれを舞台で具体化させないといけない。そのためにも唐さんが書いた色々な戯曲、色々な役と継続して付き合いながら、一人一人が門前の小僧になっていく。劇団だからできることですし、そこから獲得できるものがあると思っています。
今回一番好きな台詞はアレ!
—— 皆さんの唐十郎愛と、戯曲への絶対的な信頼をひしひしと感じられるお話でした。ありがとうございました。
稲荷: 役者の立場で言うと、唐さんはやっぱり本(台本)がいいんですよ。“俺の心臓はここにある!”とか。こんな台詞を言わせてもらえてありがたいなと思います。
藤井: この台詞を言ってみたい、と思わせる台詞って役者には本当に大きくて。つい最近まで演劇に出てくる女性の台詞って、「〇〇だわ」「〇〇よ」みたいな語尾ばかりでした。でも唐さんはずっと前から、そんな台詞を言わせたりしませんでした。テレビや映像でも活躍されている名だたる女優さんたちが、唐さんの作品に出たいと言ってくださるのもそこだと思う。女の役も男と同じように汚い感情や意地悪な感情をすべて出す。女の役の中にも男性性と女性性が混在して描かれていて。
久保井: 登場人物はその層を行き来するから、唐さんの戯曲は難解に見えるんです。でも実際に生きている人間ってそういうものなんですよね。『透明人間』で言ってみたい台詞といえばさ、“今度はいたわりの猫なで声か!”。 あれ、いいよな。このシチュエーションでそれを言うか!? っていう言葉選び。
稲荷: “おれは経済という言葉が嫌いだ。できれば不経済に生きたかった!”もいい台詞ですよ。
久保井・藤井: わかる!
藤井 : “疲れた。幸せで体がとても怠けてる”とか好きだな。なんでそんな台詞を書けちゃうの? と思ってしまう。
久保井: でも今回一番好きなセリフはあれだ。“おい、こら”。全ちゃん(全原徳和)の台詞、言ってみたい! “おい、こら”!
ここからしばし唐十郎愛溢れる、好きな台詞トークが続きました。今回はテント芝居のパイオニア、唐組の紅テントをご紹介しましたが、全国にはさまざまな団体のテント芝居があり、野外演劇も多様な広がりを見せています。神社の境内や河原、公演の広場でもしも妖しいテントを見かけた時は、ぜひ足を止めてみてください。
関連情報
第71回公演『透明人間』
作:唐十郎 演出:久保井研+唐十郎
出演:
久保井研、稲荷卓央、藤井由紀、福原由加里、加藤野奈、大鶴美仁音、重村大介、栗田千亜希、升田愛、藤森宗、西間木美希、岩田陽彦、春田玲緒、金子望乃、壷阪麻里子、全原徳和、友寄有司、岡田優
公演場所:
岡山=岡山市旭川河畔・京橋河川敷(岡山市北区京橋町地先)<終演>
神戸=湊川公園<終演>
東京=新宿・花園神社<2023年5月6日・7日/11日~14日/6月2日~4日>
東京=雑司ヶ谷・鬼子母神<終演>
長野=長野市城山公園 ふれあい広場<2023年6月10日・11日>