絵師として、また優れた工芸作品のデザイナーとして、明治から昭和のはじめにかけて活躍した神坂雪佳(かみさかせっか)。京都の地に琳派の復興をもたらし、その典雅な作風によって昨今、海外でも高い評価を受けています。そんな神坂雪佳とは、いったいどんな人物だったのでしょうか。その人生をたどります。
“雪佳はん”と呼ばれ親しまれた、神坂雪佳の仕事と人生物語
16歳で四条派の絵師に師事し、画業をスタート
神坂雪佳「百々世草より狗児」全三巻 木版摺画集 30.0×44.5㎝ 明治42(1909)〜43(1910)年発行 芸艸堂
神坂雪佳は明治維新を目前に控えた慶応2(1866)年、京都御所に仕えていた武士・神坂吉重の長男・吉隆としてこの世に生を受けました。
幕末から明治へと時代が激動し日本が近代国家へと歩み出す中、武士たちは当然のように職を失うこととなり、その子息たちもまた新たなる道を模索せねばならない時勢を迎えます。
そんな中で、なぜ彼が絵師としての道を歩むようになったかは定かではありません。しかし、記録によれば雪佳は明治14(1881)年、16歳のときに四条派の絵師・鈴木瑞彦(ずいげん)に師事して画法を学び、絵師としての人生をスタートさせるのです。
明治という時代にあって、近代化を推し進める日本の中ではだれもが西欧的な文化へと眼を向けていきますが、雪佳はひとり日本の伝統的な「飾る美」の世界、すなわち「装飾芸術」こそが自らの目ざすべき道であると悟り、23歳のころ、当時工芸界で指導的立場にあった図案家・岸光景(きしこうけい)に師事して工芸意匠を学びはじめるのです。
光景は、尾形光琳のコレクターだったこともあって、雪佳はこのころから琳派の作品に関心を抱くようになったと言われています。
京の美意識を体現した華麗なるセンスで「工芸」に新風を吹き込む
神坂雪佳 案・画「若松鶴図文机・硯箱」一基・一合 36.1×59.8×11.2㎝(文机)20世紀・大正時代後期 細見美術館©Artefactory/Hosomi Museum/OADIS
光景のもとで図案制作に取り組む中、雪佳は染織や陶芸をはじめとする京都の伝統的な工芸の世界に多大な影響を及ぼすようになり、雪佳が参画した工芸作品は大いに評価が高まります。
こうした中、明治34(1901)年には、その功績が認められて、英国グラスゴーで開催された博覧会の視察と欧州各国の工芸図案の現状調査を依頼され、渡欧。
半年の滞在中、当時の欧州を席巻していたアール・ヌーヴォーのうねりが、日本の装飾デザインから多大なる影響を受けていたことを肌身で感じ、帰国後はさらに日本の伝統的な装飾芸術の王道だった琳派の研究に没頭するようになるのです。
琳派の装飾芸術に共感。宗達、光琳らが確立した手法を取り入れる
神坂雪佳「伊勢物語図扇面 河内越」一幅 紙本着色 20.0×58.8㎝(扇面)20世紀・大正時代後期 細見美術館©Artefactory/Hosomi Museum/OADIS
こうして雪佳は彼の絵画作品の中に、京都で受け継がれてきた伝統と雅の文化を新たなる解釈と平易な手法によって表現。
情緒豊かな、季節を感じさせる草花や花鳥画の数々、さらには王朝文学や謡曲、歌舞伎などの古典に取材した人物画など、雪佳ならではの独自の視点がユニークな絵画を数多く生み出すこととなります。
中でも、琳派の特徴でもある大胆なデフォルメとクローズアップによる構成、さらには宗達由来の「たらし込み」などの手法を取り入れた数々の作品は、「光琳の再来」とも呼ばれ、華やかでモダンな近代琳派を確立するに至ったのです。
その後も雪佳は絵画のみならず、染織、陶芸、漆芸などから、室内装飾、ひいては造園に至るまで、人々の暮らしを彩るありとあらゆる分野でその手腕を発揮。国内外の博覧会などで作品を披露するとともに、優れた工芸家たちとのコラボレーションによって、京都の工芸界全体を活性化させたのです。
神坂雪佳「四季草花図屛風」(右隻)六曲一双 絹本著色 各82.3×244.8㎝ 20世紀・大正時代後期 細見美術館©Artefactory/Hosomi Museum/OADIS
本阿弥光悦に端を発し、宗達や光琳たちが京都の地で築き上げてきた装飾美と洒脱な感性は、緩やかな流れを経て雪佳へとたどり着き、彼自身の手によってモダンに再生され、現代の私たちに京琳派の美を伝えてくれているのです。
美しく、大らかで温かみと可笑しみをたたえた琳派の魅力を、鮮やかに再興させた神坂雪佳。彼は晩年、京都嵯峨野に隠棲し、終生、図案制作に取り組み続けていたといいます。そして昭和17(1942)年、77年の華麗なる生涯を閉じたのです。
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