今も受け継がれている日本文化のルーツがたくさん生まれた江戸時代。そのひとつに、お伊勢参りや富士講、四国四十八か所巡礼など、空前の旅行ブームがありました。なぜ人々は旅に出かけたのか――。その理由の第一には信仰があげられるのですが、江戸幕府が諸藩に義務づけた参勤交代によって東海道や中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道をはじめとしたインフラが全国に整備されたことも見逃せません。
1泊2日で満喫!中山道の懐かしさたっぷりの宿場町
江戸の旅行ブームを生み出したのが街道だと考えると、街道歩きこそニッポンの旅の原点! そこで、江戸時代の風情が今も色濃く残る中山道のなかでも、江戸と京の中間地点として栄えた「木曽福島」と「奈良井宿」へ訪れてみました。(取材時期:2018年4月)
1日目、関所の町「木曽福島」で漆器と蕎麦に感動!
JR中央本線の特急で「木曽福島駅」に着いたのはお昼前。まずは腹ごしらえに駅前の食堂に入ってみたら、高台に位置していることから、市街地を見下ろすことができる絶好のロケーション! 木曽っぽい味を求めて山菜そばと五平餅(ごへいもち)をいただいたら、旅の気分もたちまち盛り上がってきました。
福島関所跡や重森三玲の日本一広い石庭を散策
中山道の関所が設けられていた木曽福島は、東海道の箱根、日光街道の栗橋などと並ぶ四大関所のひとつに数えられ、行きかう人で栄えた宿場町。その様子は風景版画シリーズで人気を博した浮世絵師・歌川広重の木曽海道シリーズにも取り上げられています。
歌川広重「木曽海道六拾九次之内 福しま」 国立国会図書館
街道を見下ろす小高いところにある福島関所跡は、交通の要衝であった往時の面影がむんむん。広重が浮世絵に描いた当時の様子がよみがえってくるようだ。受付に行くと、「福島関所跡」「興禅寺」「山村代官屋敷」を巡る3館共通券があることを教えてもらい、歴史探索ルートの道順が決定。歩いて巡るのにもちょうどいい距離感です。福島関所跡(長野県木曽郡木曽町福島関町 4748-1)
左/鎌倉時代から続く由緒ある臨済宗妙心寺派の「興禅寺」には、作庭の巨匠・重森三玲(しげもりみれい)が昭和38(1963)年に手がけた、日本一広い石庭「看雲庭」があることにビックリ。雲海をテーマだそうで、借景の山並みとの組み合わせは、まさに“映え”。木曾義仲の墓もある。興禅寺(長野県木曽郡木曽町福島門前5659) 右/江戸時代中期に建てられた、木曽代官・山村氏の御下屋敷の建物の一部を公開している「山村代官屋敷」。全国的には有名ではないかもしれないが、この地の豊かな歴史と対峙できる場所がいくつも。山村代官屋敷(長野県木曽郡木曽町福島大手町5808-1)
江戸時代の町並みが残る「上の段」地区。ところどころに湧水が流れていて、清らかな水に恵まれた地であることがよくわかる。
木曽漆器発祥の地で見つけた“使える”漆器
木曽福島は「木曾漆器」の発祥の地でもあって、今も大店が残っています。江戸時代の人々の生活に欠かすことのできなかった生活工芸は、ナチュラルでシンプルな風合いで、軽くて使いやすいことから今も引く手あまたです。
万延元(1860)年、木曾漆器発祥の地に「吉田屋」として創業し、代々の店主が「彦助」を襲名した漆器店「よし彦」には、多彩なオリジナル漆器がそろい、修理も受け付ける。左/竹一閑張りのおにぎり弁当7,000円。日本昔話に出てきそうなビジュアルで、軽くて丈夫な一生もの。右上/よし彦で一番人気が、かわいらしい小判形弁当箱8,400円。よし彦(長野県木曽郡木曽町福島5369 公式サイト)
右下/奈良井宿にある漆器の製造卸「才田屋漆器店」の大ぶりの汁椀2,000円と納豆棒100円。木曽漆器を取り扱う店は奈良井宿にも多数。才田屋漆器店(長野県塩尻市奈良井298)
素朴な味わいで、何とも愛らしい、木曽福島スイーツ
長野県でも屈指の蕎麦の産地として知られる開田高原をひかえる木曽福島は、知る人ぞ知る蕎麦どころ。そういえば、駅前の食堂の蕎麦が思いの外うまかったのは、この旅のプチ収穫。蕎麦は甘味にも使われていて、お菓子司「芳香堂」の「そば饅頭」はこの地を代表する銘菓。ほかにも、お持たせ用から日常使い用まで、かわいいスイーツが目白押し!
左/芳香堂の銘菓「そば饅頭」115円。ふくよかな甘みと香ばしさが絶妙。中/芳香堂の最近のヒット商品が、見た目もかわいくて食べるのがもったいない「木曽馬もなか」135円。芳香堂(長野県木曽郡木曽町福島5352-1 公式サイト) 右/地元で「牛乳パン」と呼ばれる定番「かねまるの牛乳パン」180円。昭和ロマンあふれるイラストと同様に、クリームを挟んだ甘いパンの味わいは、優しさが体にしみわたるよう。かねまるパン店(長野県木曽郡木曽町福島5354)
写真からお気づきの方もいるかと思いますが、この日は途中から雨がそぼ降り、雨足は強くなる一方。日が暮れるころには土砂降りになり、晩飯はどうしようかとインターネットで検索したら、比較的近くに木曾牛のステーキで有名な洋食屋があるという情報をゲット。これがことのほか美味くて、値段はめちゃめちゃリーズナブル。大満足のうちに初日を終了しました。
2日目、これぞ江戸の宿場町! “映え”の町「奈良井宿」
昨夜からの雨は一向に収まる気配がなく、水害が心配されるほどの状況に…。そんな逆境にもめげることなく、この日は木曽福島駅からJR中央本線に乗って奈良井宿へ向かいました。
車中には意外にもトレッキング仕様の外国人の姿が目立ちます。後で知ったことですが、彼らの目的地は木曽駒ケ岳。そのおかげで奈良井宿にもインバウンド客が急増中だとか。日本人にとっても奈良井宿の風情は格別なのですから、外国の人に注目されるのは当然かもしれません。
奈良井宿駅に着いたらまず、中山道の名所・木曾の大橋へ
さて、奈良井宿に降り立っても雨が止む気配はなく、駅の近くにある一大名所「木曾の大橋」も雨でしっとり。ちなみにこの太鼓橋は総檜造り。木材は水に濡れると本来の香りが立つため、あたりには檜の芳香が漂っていて、初めて雨に感謝。
「奈良井宿」は日本一長くて見どころ満載の宿場町
その昔、「奈良井千軒」と呼ばれるほど繁盛した中山道の奈良井宿。その距離は中山道沿いに江戸側のJR奈良井駅の付近から京都側が鳥居峠入り口の最後に位置する「鎮神社」まで南北約1㎞。雨ニモ負ケズ、町に繰り出すも、歩いても歩いても雨が収まる気配なし。天気のためか開いていない店も多く、とりあえず行ったり来たりうろうろ、うろうろ。
昔ながらの店や宿が約1㎞にわたって連なる宿場町は、江戸時代もかくやと思わせる雰囲気です。よく見ていくと、面白いものがいっぱいあって、雨宿りがてら入った喫茶店のレベルも高い。先祖代々、旅人をもてなしてきた奈良井宿の人々のもてなしが温かく、江戸時代と現代が絶妙に調和した街並みは、“インスタ映え”も抜群!
木曾でしか味わえない不思議な漬物「すんき」
「すんき」は、木曾地方で昔からつくられてきた伝統的な漬物なのですが、食塩や砂糖は一切使用せず、植物由来の乳酸菌のみで発酵させたという変わり種。さわやかな酸味が特徴で、料理にプラスしていただくと絶妙なアクセントになります。冬から初春までしか食べられないものだそうで、何とか間に合いました。
左/長野県のおやつとして有名な「おやき」の具は野沢菜やナスが定番だが、奈良井宿では油で炒めた「すんき」入りを発見。ほんのり酸っぱい味わいが後を引く! 右/蕎麦どころ奈良井宿ならではの「すんきそば」。奈良井宿の各所で冬から春に登場する郷土の味は、ふくよかな味わいのだしと酸味が相まって、食感も楽しい絶品料理。歩き疲れた体に温かい味わいが染み渡った。
知る人ぞ知る逸品、伝統工芸「お六櫛」
樹齢200~300年の高級天然材・みねばりを使用した「お六櫛」は、江戸時代中期から続く木曾の伝統工芸。その名は御嶽山信仰にまつわる「六根清浄」や、櫛で頭皮をマッサージしたら頭痛が治ったという女性・お六にちなむと伝わります。
渓斎英泉が描いた浮世絵にも「名物 お六櫛」の看板が。渓斎英泉「三十五 岐阻街道奈良井宿名産店之図」 国立国会図書館
左/櫛の歯を職人が1本ずつ手挽きでつくった「お六櫛」12,000円。木曾路を代表する工芸品は、プロも認める高品質。髪や頭皮に優しく、劣化しにくいのも魅力的。右/気軽に使える、小サイズの「お六櫛」(3,000円)。 漆アート花筏(長野県塩尻市奈良井579)
木曾路がはぐくんだ郷土の美味「五平餅&きびもち」
雨さえ降ってなければ、旅行者がたくさん行き交っていたはずの奈良井宿。人が少なかったおかげで、あっちぶらぶら、こっちぶらぶら、思いのままに歩いていたら、ひと息つくのに最適なおやつを取り扱う店がそこかしこにあることに気づきました。観光も買い物も食べ歩きも充実している奈良井宿。古き宿場町は、街歩きを楽しむための条件がそろった、最先端の観光地でもありました。
左/中部地方の山間地で幅広く親しまれてきたおやつ「五平餅」(250円)。木曽福島の五平餅は団子の串刺しタイプだったが、奈良井宿の「てずから」のはヘラ型。エゴマをたっぷり使ったタレが香ばしくてヘルシーで、えも言われぬ美味。てずから(長野県塩尻市奈良井418) 右/木曾の大橋の近くにある「カフェ深山」の「きびもち(緑茶付き)」650円。カフェ深山(長野県塩尻市奈良井837-101)
「奈良井宿」から東京への帰路は高速バスでスイスイ
奈良井宿を堪能しつくしたころに、ようやく雨も上がって青空が!
と思ったのも束の間。そろそろ旅も終わりの時間です。帰路もJRを使用するつもりでいたのですが、途中立ち寄った観光案内所で、木曽福島・奈良井宿から新宿駅まで高速バスが1日2往復していることを知って、夕方の便をさっそく予約! 実はいろいろ手に入れ、荷物が多くなっていたし、かなり歩き続けたから疲労も相当で、乗り換えが少ない高速バスは好都合!!
おかげで、木曽路旅を無事終えることができたのはもちろんのこと、高速バスを利用すればもっと簡単に訪れることがわかって、実りの多い1泊2日となりました。
木曽福島の詳しい情報は「木曽おんたけ観光局」公式サイト
奈良井宿の詳しい情報は「奈良井宿観光協会」公式サイト