ボンボニエールとは、皇室や宮家の慶事・饗宴(きょうえん)のときに配られる小さな菓子器のこと。ヨーロッパでは祝事の際に砂糖菓子(Bonbon)が配られ、その菓子器のことをボンボニエール(Bonboniere)と呼ぶことから、日本でもそれに倣ったそうです。日本の皇室のボンボニエールは明治20年代に出現してから、これまで独特の発展を遂げました。金平糖が入った銀製ミニチュアの匣(はこ)、そのさまざまな形が生まれた物語を探ってみましょう。
皇室の小さな菓子器「ボンボニエール」の歴史
掌にのる小さなお菓子入れ、ボンボニエール。明治以降の日本では、皇室が晩餐会などの引出物としてボンボニエールを配り、やがてその習慣は徐々に定着してゆき、工夫を凝らしたものが作られるようになりました。
皇室がはじめてオリジナルで発注したボンボニエール
「鶴亀形ボンボニエール」明治天皇大婚25周年祝典 明治27(1894)年3月9日 銀製 径5.0cm、最大幅7.3cm、高11.4cm 個人蔵(学習院・泉屋/通期)
明治27(1894)年3月9日、明治天皇の銀婚式・大婚25周年の祝典の晩餐会で、陪席(ばいせき)した612人に渡されたのが「岩上の鶴亀を付した銀製菓子器」。じつはこのボンボニエールこそが、皇室が最初に発注したオリジナルのデザインだったのです。
鶴亀の銀製の彫刻全体が蓋になっており、台座を開けると空洞でお菓子が入ります。当時の資料「風俗画報」には「小粒の五色豆の如きを入れた」とあります。五色の金平糖を入れて来賓の方々に渡されたのでしょうか…。それにしても緻密な職人技です。
職を失った刀職人がつくっていた
「おそらく江戸時代の刀剣の金工かざり職人がつくったのでしょう。明治9(1876)年に廃刀令が発せられ刀職人たちは職を失いました。彫金師、金工師、漆職人など、日本の伝統的な工芸を担ってきた職人たちも同様の運命に翻弄されました。そのような中、皇室としてはなんとかして日本の伝統的な職人技を守ろうとしたのではないでしょうか」と、学習院大学史料館学芸員の長佐古美奈子氏。
緻密な細工でつくられた銀製のボンボニエール。鶴の尾の部分は真っ新な純銀と、いぶし銀を組み合わせた超絶技巧。脚にもいぶし銀、頭には漆で赤を入れ、目には金を入れて…と、職人技が駆使されているのです。
「たとえば、明治20年新年拝賀に皇后は洋装の大礼服ドレスを初めてお召しになりました。それまでの正装にはいわゆる十二単を着ていたわけですが、洋装に変わるにあたり、皇后は、実はこれは昔の衣と裳(高松塚古墳の壁画にあるような形)と同じだから、そこに戻るのはいいのではないか…。そして立礼には洋装のほうが歩きやすい。ただし、洋装にあたっては必ず国産の刺繍や絹を使ってつくるのです。すると国産産業にも役立つし、日本の伝統文化も継承することが出来る。そういうお気持ちを表しています」と、長佐古氏。
日本の美と技を世界にアピール
さて、明治27年の明治天皇銀婚式というのは、じつは日本が西洋と同じような式典ができる国になったことを対外的にアピールする式典でもありました。この6年後の1900年にはパリ万国博覧会に日本館が作られ、世界に向けて日本の工芸品の良さが爆発的に広がっていくタイミングです。
「桐花文木瓜形ボンボニエール」三笠宮崇仁親王・高木百合子結婚式 昭和16(1941)年 学習院大学史料館蔵
「今では当たり前のようなことですが、天皇と皇后が同じ馬車に乗るということは、それまでの日本の皇室では考えられないことでした。それを洋装で、さらに手を繋いでも見せたのです。そして外国からの賓客を洋食でもてなし、江戸時代以来の優れた金工技術を駆使したボンボニエールを配りました。日本ではこんなにいい細工ができるのか、しかも貨幣価値のある銀でつくられていて、中にはお菓子まで入っていて、日本の製品のアピールにもなります」と、長佐古氏。
日本の伝統文化にちなんだデザイン
世界各国の使節をもてなす正餐会では、日本の伝統文化にちなんだ形のものが配られました。いちいちデザインを発注して、今日はこういったものをお渡ししましょうというのでは時間もお金もかかるため、皇室側であらかじめ牛車(ぎっしゃ)や和船や駕籠(かご)、兜などのデザインを決めて発注しておき、それらを取りまぜて配ったようです。日本風の小匣(こばこ)で、蓋を開ければ金平糖が入っている。外交官に大変喜ばれ、それを持ち帰れば、日本の技術や伝統を海外に広められるなど、いろいろな意図や役割をもって、ボンボニエールは生まれ、大正から昭和初期の間に大流行したのです。
「舞楽の大太鼓を象った舞楽太鼓形ボンボニエール」昭和大礼大饗 昭和3(1928)年11月17日 家紋・天皇家 縦4.4×横4.4cm、高11.1cm 学習院大学蔵(学習院・泉屋/通期)
とくにご即位のときは、国内外から多数のお客様を呼び、何日にもわたり饗宴が繰り広げられます。大正大礼の際のボンボニエールは神具の形、昭和大礼では大嘗宮(だいじょうきゅう)にかかる灯籠、饗宴の最後に演じられる舞楽の太鼓などを模したデザインでした。2019年、予定されている御大礼の際にも、晩餐会の招待客にはボンボニエールが贈られると思われます。そこにはどのような日本美が表現されているのでしょう。
構成/新居典子 撮影/唐澤光也