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2019.03.06

ソフィー・リチャードさんに聞いた「バレル・コレクション展」のとっておきの見どころや魅力とは?

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フランス人がときめいた日本の美術館」というコンパクトな1冊の美術館ガイドをご存知でしょうか? 2016年の発売当時、熱心なアートファンの間で話題になった1冊です。見やすくて使いやすい美術館ガイドがすでに何冊も出版されている中、同書は発売後約3年が経過した現在でも重版を重ね、順調に売れ続けています。

では、なぜ本書がベストセラーとなってアートファンの支持を得ているのでしょうか?

その秘密は、著者であるソフィー・リチャードさんの日本美術に対する独自の視点とゆるぎない情熱にあります。フランス人の美術史家でありながら、子供の頃から日本美術が大好きだったというソフィーさん。彼女は、約10年間かけて日本各地の美術館を見て回り、本当に訪ねる価値のある魅力的な美術館を丹念に探し出して、これから日本の美術館を訪れる外国人観光客向けに1冊のガイドブックにまとめたのです。

試しに本を開いてみると、ハンディーサイズの小さな書籍でありながら、中身にはソフィーさんのこだわりがぎっしり。外国人であるソフィーさんの視点から見て、「日本らしさ」を湛えた美術館が厳選され、中身も建築や庭園、展示室といった美術館の特徴から、収蔵作品や常設展示の見どころまで、非常に情報密度が濃くまとめられています。

確実に日本人以上に日本の美術館を知り抜いたソフィーさんですが、最近はBS11にて、著書をもとにした美術館訪問番組「フランス人がときめいた日本の美術館」がスタート。ますます知名度と人気が高まってきているのです。

そこで、今回INTOJAPANでは印象派絵画に造詣の深いソフィーさんに、2019年4月27日から東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで始まる展覧会「印象派への旅 海運王への夢 バレル・コレクション」について単独インタビューさせて頂くことにしました。

ソフィー・リチャード撮影/Yuya Furukawa

インタビューでは、展覧会の見どころや魅力をたっぷり語っていただくとともに、後半では著書「フランス人がときめいた日本の美術館」の内容についてもお聞きしました。まだどのメディアでも公開されていない「次作」についての貴重な情報も教えていただきましたので、最後までじっくり読んでみてくださいね!

それでは、インタビューがここからスタートです!

バレル・コレクション展の魅力とは?

バレルコレクション展チラシ

—昨日日本に到着されて、早速展示会場となるBunkamura ザ・ミュージアムを下見に行かれたそうですね? ソフィーさんは著書「フランス人がときめいた日本の美術館」で、各美術館について建物の外観や庭園の様子など、美術館の印象を詳しく書いていらっしゃいますが、Bunkamura ザ・ミュージアムに行ってみて実際の印象はいかがでしたか?

Bunkamuraに行ってみて凄く面白いと思ったのは、美術館の他にも劇場や映画館など、様々なコンテンツを楽しめる複合的な施設になっていたことです。また、非常にインターナショナルな雰囲気があるのも興味深かったですね。

—今回の「バレル・コレクション展」では、全80点中76点が初来日作品なので、日本人はまだ見たことがない作品が多いのではないかと思います。ソフィーさんはフランス絵画にも詳しいとお聞きしましたが、ずばり、本展でのソフィーさんの一番のおすすめ作品を教えてください。

私の一番のおすすめは、メインビジュアルにもなっているエドガー・ドガ「リハーサル」という作品です。

エドガー・ドガ「リハーサル」
エドガー・ドガ「リハーサル」1874年頃、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection

—ドガの作品は、こういう踊り子がモチーフになって作品が多いと思います。「リハーサル」の一番の見所はどのあたりにあるのでしょうか?

この作品はドガの数々の作品の中において、非常に象徴的な作品の一つです。「踊り子」がいる風景はドガが非常に好きな題材でした。本作で見られる、バレエダンサーを左上と右下に配置した強い対角の構図は非常に独特です。また、ダンサーたちが画面の両側で見切れたレイアウトや、絵の中央が空白になっている点からは、ドガが喜多川歌麿あたりが描いた日本の浮世絵からも大きな影響を受けていることがわかります。

—他にも、ソフィーさんがおすすめする出品作を教えていただけますか?

他には2点おすすめの作品があります。まず、1つ目はウジェーヌ・ブーダン「ドーヴィル、波止場」です。空と海が画面の中で大きく場所を占めていて、海に反射する描写が魅力的です。非常に速いタッチで描いているのが特徴で、雲が風に乗って動いているようないきいきとした感じが上手に表現されています。

ウジェーヌ・ブーダン「ドーヴィル、波止場」
ウジェーヌ・ブーダン「ドーヴィル、波止場」1891年、油彩・板
© CSG CIC Glasgow Museums Collection

もう一つは、ケルヴィングローヴ美術博物館所蔵のポール・セザンヌ「エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰」です。私の出身地もエクス=アン=プロヴァンスなので、セザンヌが描いたこの小さな山をよく知っています。私の生まれ故郷を描いた絵を遠く離れた日本でも観ることができるというのが、個人的にも嬉しいのです。

ポール・セザンヌ「エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰」
ポール・セザンヌ「エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰」1878-79年、油彩・カンヴァス、ケルヴィングローヴ美術博物館蔵
© CSG CIC Glasgow Museums Collection

—南仏にアトリエを構えたフランス人の画家は、ルノワールやマティスなど数多くいますが、彼らが南仏に滞在した時に制作した作品は、みな画面が明るいような気がしますね。

南仏に行くと光が明るく鮮明なので、同時に色も鮮やかな明るさがあって、フランスの北方から移住してきた画家にとってはある意味で非常に衝撃があったのだと思います。

—「バレル・コレクション展」での、ソフィーさんならではの「意外な」鑑賞のポイントはありますか?

今回の展覧会では、19世紀の最後の30年間(1860年代~90年代)という非常に短い期間に描かれた作品を中心とした西洋近代絵画のコレクションが展示されていますが、写実主義から印象派の画家をはじめ、バレル・コレクションの地元、スコットランドの画家など、短い期間を特集した中でもいろいろな個性を持ったアーティストが登場するのが面白いところです。

現在のバレル・コレクションの外観
現在のバレル・コレクションの外観
© CSG CIC Glasgow Museums Collection

また、一番重要な点は、こうした作品群は、所蔵者のウィリアム・バレルが1944年にグラスゴー市に作品を寄贈した時の遺志により、普段はバレル・コレクションのあるスコットランドの国外へと持ち出すことが許されていないということです。今回、イギリスのグラスゴーにある同美術館が数年掛けて改装工事を行うことで長期休館中となったことで、一部の作品が特別に国外展示することが認められた貴重な機会なのです。

著書「フランス人がときめいた日本の美術館」についても聞いてみました

「フランス人がときめいた日本の美術館」

—この本は、日本人がこれまで見落としているような日本の良さがたくさん詰まった本だと思います。たとえば、日本人が普段あまり行かないような非常に小規模な美術館を丁寧に取り上げ、建物や作品の魅力を見出して解説されていますよね。ソフィーさんは、こうした日本人でもなかなか目が向かないようなマイナーな美術館をどうやって見つけ出していったのでしょうか?

まだ知られていない魅力ある美術館を発見して、それを紹介するというのが、まさに私の仕事だからです!(笑)人々にあまり注目されてないような魅力的な場所をリサーチして取材・訪問して、日本に来る外国人向けに本を書いたのですが、それが日本人にも役に立っているということは嬉しいですね。

—特に、「民芸」と「茶道」に着目して、小規模であってもユニークな美術館を紹介していらっしゃいますよね?

まだ日本に行ったことがなかった頃に「民芸」や「茶道」に興味があったので、それを日本に来て実際にそれぞれ体験してみたところ、非常に魅力的に感じたのです。特に「茶道」は「絵画」や「建築」「禅」といった日本文化をそこに凝縮させたような存在だと思います。「民芸」に関しては、日本のデザインに非常につながりが深いと感じました。だから「民芸」に関連する美術館や展覧会を重点的に回るようにしたのです。

—また、ソフィーさんは美術館の「建物」にも着目されていますね。

それにはふたつの理由があります。ひとつは、美術館を見て回る時、建物自体が鑑賞体験の一部だからです。コレクションだけでなく、建物をじっくり観るというのも美術館に行く楽しみだからです。もうひとつの理由は非常に個人的な理由です。私が子供の頃に日本文化に恋に落ちてしまって、その頃から伝統的な日本建築を観るのが好きだからです。

—これまで、日本の美術館を多数訪問・取材されていると思いますが、実際にソフィーさんが好きな「建物」の美術館を3つ挙げるとするならばどの美術館でしょうか?

たくさんあるので、難しい質問ですね(笑)ただ、私は「豊島(てしま)」、「江戸東京たてもの園」や「北海道開拓の村」、「明治村」など、日本各地から江戸・明治・大正など日本の各時代における伝統建築を移築してきて、敷地内で集中的に観ることができるような場所が特に好きです。もちろん、私の日本の美術館訪問の原点となった「旧朝倉家住宅」も大好きです。

—2018年10月からは、BS11にて著書をベースとした同名のテレビ番組もスタートしました。放映されて数ヶ月経過しましたが、日本人の視聴者からどんな反響がありましたか?

見て非常に役に立った、良かった、などポジティブな反響が非常に多くて、日本で活動していくことに対して勇気をもらえて、前向きな気持ちになることができました。

—「フランス人がときめいた日本の美術館」第2弾を現在執筆中だとお聞きしました。現段階で良いので、どんな美術館を取り上げる予定なのか、少しだけ教えていただくことは可能ですか?

そうですね・・・(少し考えて)まず、北海道の安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄や金沢の鈴木大拙館などです。それから・・・(非常に長い時間考えて)東京の朝倉彫塑館などは絶対取り上げたい美術館のひとつですね。

—さすがソフィーさん、第2弾も日本人自身がまだ発見できていない日本の良さをしっかりと紹介してくれるような著書になりそうですね。本日は、ありがとうございました!

インタビューを終えての感想

まず、インタビュー後半でお聞きした著書「フランス人がときめいた日本の美術館」についての各質問では、「茶道」「民芸」「建築」に関して、日本人でもあまり知らないような地方の美術館の名称がポンポンと会話の中ですぐに出てくるあたりに、ソフィーさんの日本文化に対する造詣の深さや愛情の深さが本物であることに驚かされました。

現在英語にて執筆中の第2弾で取り上げたいと語っていた美術館の中には、「日本文化」を色濃く感じさせるだけでなく、1冊目に引続き、多くの日本人があまり足を運ばないような、実力はあっても埋もれてしまっているようなミュージアムがピックアップされていたことにも感銘を受けました。第2弾も日本のアートファンにとって手放せないガイドブックになりそうで、今から発売日が非常に楽しみです。

そして、何と言っても楽しみなのは2019年のゴールデンウィークに合わせてBunkamura ザ・ミュージアムにて開幕するバレル・コレクション展。日本では、毎年のように「印象派」をテーマとした美術展が数多く開催されていますが、本展では、これからも色々とソフィーさんならではの独自の視点で「印象派」作品の魅力をを日本人のファンに向けて発信してくれるようなので、作品を観るのが非常に楽しみになりました。

展覧会情報

展覧会名 「印象派への旅 海運王への夢 バレル・コレクション」
場所 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期 2019年4月27日(土)~6月30日(日)
※5月7日(火)、5月21日(火)、6月4日(火)のみ休館
公式サイト

文/齋藤久嗣

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。