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2025.03.01

ヴァン クリーフ&アーペルの国宝級ジュエリー「パピヨン ラケ」 日本の美をまとった蝶の物語――「箱瀬淳一氏へのインタビュー」完全版

アトリエのある輪島市から、震災の復興に追われながらも、私たちの質問に真摯に答えてくださった箱瀬淳一氏。本誌の記事のなかに収めきれなかった箱瀬氏の答えを、そのままお届けします。その言葉のひとつひとつから伝わってくるのは、箱瀬氏の漆芸に対する至誠な思いとクリエイションへの情熱にほかなりません。

「箱瀬淳一氏への一問一答」

2004年、「ヴァン クリーフ&アーペル」から初めてコラボレーションの話があったときのことを教えてください。ご自身は、その提案をどう感じたのでしょう? 依頼を受ける決め手となったのは何だったのでしょうか?

箱瀬氏:コラボレーションの話をいただいたとき、とても難しい話だなと感じました。というのは、ダイヤモンドとゴールドがベースのクリップ(ブローチ)にすでに取りつけられているため、それらを汚さずに作業ができるかどうかが不安だったからです。ただ、同時に〝やってみるしかない〟とも思いました。依頼を受けると決めた理由は、新しい取り組みが新しい世界を見せてくれるから。特にヴァン クリーフ&アーペルのような海外のブランドとの取り組みに興味をもっていたため、できるだけ断らずにやりたい、挑戦したいと思い決断しました。

一緒に仕事をしてみて、ヴァン クリーフ&アーペルというメゾンに対して、どんな印象をもたれましたか?

箱瀬氏:単純にものをつくって売る、ということが至上命題ではない、というメゾンの理念に驚きました。「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」などの活動にも、そうした考えが反映されていると思います。「パピヨン ラケ」のコラボレーションに関しても、ニコラ・ボス氏(ヴァン クリーフ&アーペル元プレジデント兼CEO)の意向で、本当に自由に、制約なく創作ができる、挑戦ができる環境で取り組めました。

パピヨン ラケという作品を生み出すなかで、ご苦労されたこと、嬉しかったことを教えてください。

箱瀬氏:一番の苦労はデザイン。通常の漆作品のデザインの考え方とはまったく異なり、とても小さい面積にデザインを施さなければならないからです。また、制作過程における各工程の組み立てプランも難しいポイントです。特に最新の12デザイン(2023年発表)には苦労をしました。新しいデザインを出すたびに見る方に驚いてもらいたいので、デザインの構想は本当に大変な作業ですが、それに対する評価が世界から返ってくることを嬉しく思っています。世界中にパピヨン ラケのファンがいることを見聞きすることが何よりの喜び。輪島塗の通常の作品とはまったく異なる視点をもってもらえることが、とても嬉しいと感じます。

このコラボレーションはすでに20年以上続いています。作品の進化をもっとも感じていらっしゃる点はどんなところでしょうか?

箱瀬氏:〝進化〟という表現は少し違うかと感じますが、パピヨン ラケの初期の作品から現在にいたるまで、徐々にエレメントが組み合わさってきているという感覚をもっています。パピヨン ラケの制作に関して、今までないくらいに精度を上げていきたいと常に考えて取り組んできました。技術的にも新しいデザインを発表するたびに緻密になってきていると思います。最新作に関してもそれを追求しました。そのデザインを生み出すにあたっては、一度全部つくったあと、蒔絵をすべて取り除きデザインをやり直すといったこともありました。

作品づくりにおいて、もっとも重要だと思っていること。譲れないことは何でしょうか? パピヨン ラケの制作においても、特にこだわっていることがあれば、教えてください。

箱瀬氏:何よりもデザインです。蒔絵の世界でも技術者はたくさんいますが、全体のデザインが一番難しいと思っています。あとは色彩の表現です。たとえば「パピヨン ラケ 街 クリップ」のデザインに代表されるように、左右で異なる色彩の表現をしています。パピヨン ラケのベースとなるクリップも左右非対称で、メゾンのデザイン観とも共通するところだなと感じています。

「蝶」は日本でもヨーロッパでも幸運をもたらすモチーフとして知られています。パピヨン ラケはご自身に何をもたらしてくれたと思いますか?

箱瀬氏:フランスのエスプリです。日本の輪島で制作したパピヨン ラケをフランスに送り、自身の作品に対する評価が戻ってくる。それはフランスの、メゾンの感受性をもらったような感じで、自分自身の作品に大きく影響していると思います。細部へのこだわりもそのひとつです。〝物語〟を感じる作品をつくり出す喜びを感じています。

今回、尾形光琳の「竹梅図屏風」とパピヨン ラケを組み合わせています。パピヨン ラケのデザインにも琳派の作品が取り入れられていますが、何か理由があるのですか?
箱瀬氏:琳派を意識しているわけではなく、琳派の面の取り方である、大胆さと緻密さの組み合わせを好んでデザインに取り入れてきました。「パピヨン ラケ 花菖蒲 クリップ」はその一例となります。前述の「パピヨン ラケ 街 クリップ」も大胆さと緻密さをミックスしたデザインとなっています。

輪島の漆芸の伝統がこれからも続いていくことを、多くの人々が願っています。今、漆芸の職人の皆さんは、どのような気持ちで仕事に向き合っているのでしょう? また、どのような支援を望まれているのでしょうか?

箱瀬氏:漆芸に限らず、今、日本全体が踏ん張らないといけない時期だと思います。今、自身が行っている活動が、漆芸を守ることに繋がればよいと思っています。いろいろな支援の仕方があると思いますが、「物を大切にする」あるいは購入した工芸品を「日常的に使う」といったことを続けていかないといけないと感じています。そうしないと日本から工芸がなくなってしまいます。日本の工芸は世界に誇れるものだと思っているので、継いでいけるように、がんばっている人々をただ見守ってほしいです。
また、〝伝統〟はつくり出すものだと思っているので、未来を新たにつくっていけるよう、過去を振り返り参考にしつつも、進化させていただくべきと考えています。ぜひそうした意欲をもって活動している人々への支援をお願いします。

箱瀬淳一(はこせ じゅんいち)/石川県輪島市出身の漆芸家。1975年より蒔絵師・田中勝氏に師事し、5年間の修行ののち独立。蒔絵、螺鈿などの技巧を使い、現代的な漆芸の表現を追求している。ラグジュアリーブランドとの協働でも、世界の注目を集める。

画像提供/ヴァン クリーフ&アーペル

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福田 詞子(英国宝石学協会 FGA)

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