第13回は、播磨屋一門の立役として存在感を放つ中村歌昇さんです。注目の歌舞伎『刀剣乱舞(とうけんらんぶ)』の第二弾、『東鑑雪魔縁(あずまかがみゆきのみだれ)』では、刀剣男士の陸奥守吉行と、源実朝の二役を勤めます。陸奥守吉行の役作りについて、そして歌昇さんが「悔しさ」を思い出す拵えについてお話を聞きました。
屋号は播磨屋(はりまや)。1994年6月、歌舞伎座『道行旅路の嫁入』の旅の若者で四代目中村種太郎を名乗り初舞台。2011年9月、新橋演舞場『舌出三番叟』の千歳ほかで四代目中村歌昇を襲名。父は三代目中村又五郎。
刀剣乱舞で、坂本龍馬の愛刀に
刀剣育成シミュレーションゲーム「刀剣乱舞ONLINE」が、初めて歌舞伎化されたのは2023年。このたびの第二弾で新たに登場する刀剣男士の一振りが、陸奥守吉行です。その拵えの再現は、「原作に一番近いのでは」と歌昇さん。
「劇中では、立廻りや二役早替りがあります。装飾物があまり多いと、お芝居との兼ね合いがむずかしくなることも。オリジナルのベースをなるべく落とさず、歌舞伎の陸奥守吉行として上手く落とし込んでいただきました」
ラインの入った赤い着付に、波の柄の袴。坂本龍馬の愛刀として知られる一振りで、腰にはガンホルダーを備えています。

Check!!尾上松也さんコメント
本作に企画段階より携わり、出演だけでなく演出も手掛ける尾上松也さんは、歌昇さんのビジュアル撮影を次のように振り返ります。
「原作の陸奥守吉行は、歌舞伎にそのまま登場できそうなビジュアルです。衣裳はすんなり決まるだろうと想定していました。ですが陸奥守吉行に限らず、原作のまま再現しようとすると、歌舞伎の衣裳としては意外と格好良くおさまらないもの。装飾品の足し算引き算がむずかしく、結果的に初登場の三振りの中で一番悩んだキャラクターとなりました。衣裳は新調したものです!」
このインタビューの数日前、歌昇さんのInstagramに「目標体重まで減ったのでご褒美に」とコメントが添えられた、カレーの写真が投稿されました。
「3月に人生で最大の体重になってしまいまして、4月の半ばから炭水化物を控え、筋トレもしつつ9キロ減量しました。大好きなラーメンを我慢するのはしんどかったです(笑)」
ただし役のための身体づくりは、今回に限ったことではないそうです。
「梅王丸(古典歌舞伎『菅原伝授手習鏡』の立役)を勤めた時は、顔が大きく見えるように体重を増やしたりもしました。今回はキャラクターのイメージもあり、ファンの方をがっかりさせたくありません。もはや僕自身がむっちゃん(陸奥守吉行)ファンなので、意識的に身体作りにも取り組むことができたように思います」
衣裳、小道具、鬘、そして俳優の身体が揃ってはじめて役の拵えが完成します。

坂本龍馬の生きざまを表すような男
歌昇さんは、陸奥守吉行にどんな魅力を感じているのでしょうか。
「様々なメディアミックスの陸奥守吉行を拝見しました。ベースの性格は、やはり真っすぐ。坂本龍馬の生きざまを表すような男だと感じています。歌舞伎『刀剣乱舞』においては、僕にあわせて刀剣男士の中から陸奥守吉行を選んでくださったと聞きました。たしかに、真っすぐなところが僕に似ている……なんて、おこがましくてとても言えませんが(笑)、僕が好きな性格を持つキャラクターであることはたしかです」
陸奥守吉行は、坂本龍馬を思わせる土佐の訛りで喋ります。
「土佐弁を、歌舞伎特有の台詞まわしにはめこむ作業が難しいです。陸奥守吉行の声優は、土佐出身の濱健人さんがやられています。片耳にイヤホンを入れてアニメを再生し、英会話学習のように陸奥守吉行が喋る、止める、自分でリピートする……を繰り返し勉強しました。先日は、膝丸役の上村吉太朗くんに、“おにいさん、最近訛ってませんか?”と言われました(笑)」

「今や自分もファンになり、シールやぬいぐるみを集めたりもして、自ずと『刀剣乱舞』ファンの皆さんのご期待や熱量が分かってきて。だからこそ『刀剣乱舞』的に言うなら、このキャラクターをしっかりと、歌舞伎の舞台に顕現させなくてはと感じています。古典歌舞伎の場合、同じ役でも家ごとのやり方があり、誰が演じるかによって役の見え方も変わりますよね。それが歌舞伎を観る面白さの一つ。でも陸奥守吉行に関しては、中村歌昇は見えなくていいと思っています。歌舞伎の中にあっても陸奥守吉行だと感じていただけて、陸奥守吉行が良かったというお客さんの声が聞ければ満足です」
身体づくりは特別ではないとしつつも、土佐弁の丁寧な稽古など熱量の高さが滲みます。そう話を向けるも、ご本人は「皆さんも、言わないだけで色々やっていると思います。歌舞伎役者なんて、そんなものです」と、さらりと笑うばかり。
稽古場の様子については、「“かしょう(歌昇)”と、尾上左近さんが演じる“かしゅう(加州清光)”がいるので、どちらかが呼ばれるたびに、どっち? と皆で混乱するんです」と困ったように話しました。終始絶やさない明るい笑顔に、座組の風通しの良さを垣間見るようでした。
続いては、歌昇さんの歌舞伎俳優人生において、特別な意味合いをもつ拵えについてうかがいます。
歌舞伎座の2階席から見た『連獅子』
歌昇さんが「歌舞伎ってすごい」と思うきっかけとなったのが、『連獅子』の仔獅子の精です。
「歌舞伎の家に生まれて、子役を経験した人は、みんな一度は憧れる役ではないでしょうか」
5歳で初舞台を踏んだ歌昇さんですが、中学の3年間は舞台やお稽古事から一度離れ、学業や部活動に励む“ふつう”の学生生活を送りました。
「ちょうどその頃です。中村屋さん親子(十八世目勘三郎、中村勘九郎、中村七之助)の『三人連獅子』を、歌舞伎座の2階の一番後ろの客席から拝見しました。最後の毛振りは、3人の毛が乱れることなくずっと揃っていて、そこにお客さんの拍手と熱気がワッと起きて劇場全体が一体になって。歌舞伎って、お客さんをこんな風に感動させることができるんだ、と感じました。今でも『連獅子』を観ると、泣いてしまうんです(笑)」
2013年の四代目中村歌昇襲名披露の巡業公演、そして2018年の国立劇場「歌舞伎鑑賞教室」で、歌昇さんも父・中村又五郎さんと『連獅子』を踊りました。獅子の鬘は、赤く染めたヤク(チベット高原などに生息する、長毛のウシ科の動物)の毛でできています。ふわふわのようにも見えますが、ハリがあり重量もあります。「観るのと、実際にやるのは別ですね(笑)」と振り返ります。

歌昇さんが親獅子となり、ふたりの息子さんと踊る『三人連獅子』にも期待が高まります。
「たしかに親子での『連獅子』は一つの目標ですが、こればかりは子供たち次第です。彼らが歌舞伎にきらめきのようなものを感じ、憧れをもってこの世界にいてくれたらうれしいですね。でも、もし歌舞伎以外にやりたいことがあった時は、やりたいことをした方がいいでしょう。自分を突き動かす情熱がなくては、この仕事は面白くないと、僕は思っています」
悔しさを思い出す『熊谷陣屋』
そう語る歌昇さんにとっての憧れの存在が、二世中村吉右衛門さんです。
高校生になった歌昇さんは、ふたたび歌舞伎の舞台へ。もう子役ではありません。1人の大人の歌舞伎俳優として、吉右衛門さんを中心とした舞台に多く出演し、播磨屋の芸を学ぶようになりました。
「そこで目の当たりにしたのが、吉右衛門のおじさまの凄さでした。同じ舞台上で、師匠であるおじさまの背中の大きさを感じました。客席のお客様が涙を流されているのを観ました。お客さんの感情を動かす芝居の力、踊りの力。なんて素敵な職業だろう、と思ったんです。歌舞伎の家に生まれたから歌舞伎役者をやるのではなく、こういう役者になりたい。この家に生まれ、そのチャンスがあるならやってみたい。職業にする以上は死に物狂いで努力し、色々なものを見て勉強をしてやっていこうと決意しました」

2021年、吉右衛門さんは世を去り、多くのファンが大きな悲しみに包まれました。
吉右衛門さんの当たり役の一つ、『一谷嫩軍記熊谷陣屋』の熊谷直実。これが、歌昇さんにとって「悔しさ」を思い出す拵えとなりました。
「『熊谷陣屋』は、播磨屋にとって非常に大切な演目です。いつか自分も、と目標にしていました。それをやらせていただいたのが、2024年の『新春浅草歌舞伎』。吉右衛門のおじさまに、直接教えていただくことが叶いませんでした」
「おじさまが熊谷を勤める舞台に、僕は四天王役で何度も何度も出していただきました。おじさまの熊谷の空気を間近に感じ、いつか自分もという思いで拝見していました。また、ありがたいことに僕は『引窓』、『一条大蔵譚』、『絵本太功記 十段目』を、おじさまから直接教えていただくことができました。これは僕にとって一生の財産です。おじさまと同じ舞台に出ている月は、おじさまは楽屋にいても、僕の芝居をモニターで聞いてくださり、『お前、あのセリフはこうだよ』など日々教えてくださいました。今考えたら、とんでもなく贅沢でありがたいことです。でも『俊寛』や『松浦の太鼓』など、播磨屋にとって大事な演目がまだたくさんあり、教わっていない役がたくさんあります。この先はおじさまがいない中、おじさまから直接ご指導を受けた先輩方に、『おじさんは、こう演じていたよ』『こうおっしゃっていたよ』と教えていただき、精進するしかありません。その最初の一演目となったのが、『熊谷陣屋』だったんです」

歌昇さんは、熊谷直実の役を、吉右衛門さんの甥である松本幸四郎さんから教わりました。
「幸四郎のおにいさんへの感謝とともに、もっと精進し、おじさまがお元気なうちにお役が回ってくるような俳優にならなきゃいけなかったんだ。それができなかったんだ、という悔しさを思い出します」
吉右衛門さんが亡くなられてもうすぐ4年。
「吉右衛門のおじさまは大きくて、頂上が見えないほど高くそびえる山のような方でした。その存在の大きさは、僕の中で今も変わりありません。でも、おじさまの舞台の空気感は、どれだけ感覚として覚えておこうとしても、時間とともに薄れてしまうものだと思います。その危機感を常に持ち、薄れさせまいと精進し、また『熊谷陣屋』をやらせていただける役者にならないといけません。いつでも、おじさまにどこかから芝居を見ていただいてるという意識で、舞台に立ち続けていきたいです」

関連情報
歌舞伎『刀剣乱舞 東鑑雪魔縁』
原案:「刀剣乱舞ONLINE」より(DMM GAMES/NITRO PLUS)
脚本:松岡亮 演出:尾上菊之丞 尾上松也
出演:尾上松也、中村歌昇、中村鷹之資、中村莟玉、尾上左近、澤村精四郎、上村吉太朗、市川蔦之助、河合雪之丞、大谷桂三、中村獅童ほか
日程:
2025年7月5日(土)~27日(日)東京・新橋演舞場
2025年8月5日(火)~11日(月・祝)福岡・博多座
2025年8月15日(金)~26日(火)京都・南座
主催:歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会 製作:松竹株式会社
公式サイト
https://kabuki-toukenranbu.jp/

