尾上 松也さん
子役の頃から憧れていた鳶の刺青
松也さんの“アガる”拵えは、『神明恵和合取組(かみのめぐみ わごうのとりくみ。通称:め組の喧嘩)』の鳶の者。
「『め組の喧嘩』は、子役時代から出させていただいていた作品です」
劇中では、町火消の鳶の者たちと力士たちが、プライドをかけた命のやりとりを繰り広げます。
「子役の頃は辰五郎の倅・又八を勤めさせていただきました。そして先輩方のお芝居を拝見し、自分も早く大人の鳶の役を演じてみたい、と憧れていました。15歳になりやっと鳶の1人、烏森の竹次として刺青の着肉(きにく)で出られた時は、“自分も大人になったな”と。子どもの時と変わらず、やっぱり格好良いと感じましたし高揚感がありました」
腹掛(はらかけ)に股引(ももひき)に半天という出で立ち。刺青の入った鳶を演じる役者は、衣裳の下に着肉と呼ばれる襦袢を着ます。
「着肉自体に刺青の模様が描かれているので、お客様の目には、肌に刺青が彫られているように見えます。お芝居の雰囲気もあいまって、今でも肌肉の刺青をつけると気持ちが上がりますね」
子役、女方、鳶の者。様々な役で、すでに7回出演されていますが、「まだやったことのない、藤松という役がとても好きなんです」と松也さん。
「藤松は、鳶の中でも若手のリーダー格。僕が鳶の1人で出た時に、藤松を尾上松緑(おのえしょうろく)のおにいさんがなさっていました。辰五郎を演じていたのは三津五郎のおにいさん。先輩方が演じる鳶は、やはり皆さんとても格好良かったです」
「お芝居の大詰めで、藤松が花道で纏(まとい。町火消の各組の旗印)を振って引っ込み、皆が後に続く場面があります。そこから次の出番までは、少し時間が空きます。松緑のおにいさんは、毎日その間に歌舞伎座のロビーで僕に纏を持たせ、振り方を教えてくださいました。僕が、藤松に憧れていることを知ってくださっていたんです。とても良い思い出です。いつか勤められたら、というお役の1つです」
TVドラマや映画でも幅広く活躍されている松也さん。ディズニー映画『モアナと伝説の海』で吹き替えを担当したマウイも、フジテレビ系連続ドラマ『親愛なる僕へ殺意をこめて』で演じた佐井社も、全身のタトゥーが特徴のキャラクターでした。
「僕、タトゥー全般にテンションが上がる気がします。歌舞伎俳優でなければ、全身タトゥーにしていたところです(笑)」
7月は平安時代の高貴な衣裳で
7月3日より上演される新作歌舞伎『刀剣乱舞』。松也さんは、尾上菊之丞(日本舞踊尾上流三代家元)さんと共同で演出も手がけます。
「オンラインゲームを題材にした新作歌舞伎ですが、古典歌舞伎の王道のテイストをふんだんに盛り込んだ、ありそうでなかった古典歌舞伎を目指しています。義太夫やふだんから歌舞伎で使っている邦楽器、歌舞伎の型を用いた立廻りなどでお見せします」
松也さんの役は、三日月宗近(みかづきむねちか)。天下五剣の1つに数えられる太刀の付喪神(つくもがみ)が、刀剣男士となって歴史を守る戦いをします。
「衣裳さんと相談して、原作よりもシンプルな衣裳にしていただきました。狩衣(かりぎぬ)に、原作と同じ紗綾形(さやがた)の文様が入ります」
狩衣は、平安時代以降に高貴な身分にある人が普段着としていた装束です。紗綾形は、歌舞伎の衣裳でも使われる伝統的な文様です。今作においては原作ゲームの三日月宗近に由来する要素でもあるため、通常よりやや大きめに文様をデザインしているのだそう。
拵えの中でも検討を重ねたのは、鬘でした。古典歌舞伎の場合、役ごとに鬘が決まっていて、鬘が役の年齢や身分、性格などを記号的に示す部分もあります。
「原作のキャラクターを忠実に再現する試みは、2.5次元の舞台やミュージカルで、すでに“あれ以上の見せ方はない”というものができています。髪型についてもです。それをそのまま、僕らが歌舞伎でやることに意味があるのか。『刀剣乱舞』を歌舞伎として上演する意味、そして三日月宗近を歌舞伎の登場人物に落とし込むには、と試行錯誤しました」
そのようなプロセスを経て、前髪は上げて後ろへ。古風で高貴な印象の鬘をベースにしながら、原作のキャラクターに見られる頭頂部の双葉や、アシンメトリーな造形を残しました。
リーダーかどうかを決めるのは自分ではない
三日月宗近の内面的な印象については、次のように語ります。
「まず刀剣男士全員に感じるのは、任務への忠誠心です。そして三日月宗近に感じるのは、全体を見る力。リーダーとしての素質があり、任務に忠実でありながら、仲間や審神者(さにわ・刀剣の想いを目覚めさせる役割)に対して情の深い人物だと考えています。この辺りを芝居の中できっちりと表現したいですね」
松也さん自身、若手世代のリーダー的存在として、2015年以来花形俳優の登竜門「新春浅草歌舞伎」を盛り上げてきました。そして『刀剣乱舞』では演出という立場でカンパニーを引っぱっています。もともとリーダー気質だったのでしょうか。
「プライベートでも仲間内で企画をして友だちを集めて何かをすることは、昔から好きでしたね。ただ、リーダーが合っているかどうかは、周りの皆さんが決めること。それにプライベートと仕事は別ですよね」
仕事としては、歌舞伎はもちろんストレートプレイやミュージカルの舞台にも立たれています。
「自分も先輩のもとで色々な舞台に出させていただき、それぞれの先輩方の背中を見ながら、カンパニーの一員として多くを学ばせていただきました。その中で僕に指針があるとすれば、とにかく楽しむ。ただ和気あいあいとするのではなく、作品自体を楽しむ気持ちを持つことです。出演者やスタッフにその気持ちがなければ、お客様に楽しんでいただけるものをお見せできるとは思えません。現場の空気を大切に皆でこの作品を創っていきたいです」
関連情報
新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』