「月」
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昨秋、銀座で小さな個展をした。
会場は、レトロなビルの最上階で、エレベーターはなく、階段を5階分上ると、大都会からひと足飛びに高原に来たかのような解放感に満たされる。
緑に囲まれたオープンテラスが広がり、さらに鉄の梯子を上ると小さな屋上があるのだ。
頭上には遮る物もなく空が広がり、夜には星が瞬いて月が昇る。この場所を初めて訪れたとき、大空とつながっているこの空間に鳥を放ちたいと思い、水墨画で鳥の絵をいくつも描いた。
鶯、鳶、鶏、雀、烏――。その周囲を花や木、雲や月で彩った。

梅の背後に浮かぶ月は、塗り残して周囲を墨で囲み、外側に向かって次第に薄くする「外隈(そとくま)」の技法で描いた。
一方、烏の背後に浮かぶ月には、膠液(にかわえき)を使った。
膠とは、動物の皮や骨から抽出したコラーゲンで、接着剤、定着剤の機能を持ち、固形の墨も煤と膠を練り固めて作られている。
膠を液体状にしたものが、透明の膠液として販売されている。
この烏の絵では、まず膠液で丸い月を描いてから、和紙を裏返し、全体に薄い墨を引いた。すると、膠液を塗った部分には墨があまり染みこまないので、月が丸く浮かび上がるのだ。
蘆雪の月、梅逸の月

江戸時代に描かれた月の絵をじっくり鑑賞しよう。まずは長沢蘆雪(ながさわろせつ)作と伝わる、詩情豊かな《月夜山水図》だ。
湿り気を帯びた大気のなか、輪郭がにじんで空と溶け合う幻想的な満月。春の季語、朧月だろうか。その優しい光に、思わず視線が吸い込まれる。
穏やかな闇が辺りを包むなか、丸みのある山の端は月の逆光を受け、悠然と枝を伸ばす松の姿がくっきりと浮かび上がる。
空を横切る黒雲は、まるで月に向かって空を泳ぐ龍のようだ。
満月と、空の上下には墨が塗られていない。
この絵は絹に描かれており、絹地ならではの深みのある色がそのまま生かされている。
絹地はそのまま使うと、墨が繊維に沿って滲んでしまうため、描く前に程よく滲み止めが施されており、描くとまろやかな風合いになる。
空、雲、山、松と、さまざまな濃淡の墨色が折り重なり、心地よいハーモニーを奏でている。
左上に描き込まれた落款には「平安 蘆雪写」とある。「平安」とは「京都」のことで、「写」は「描いた」という意味だ。
長沢蘆雪は、江戸時代中期に丹波国の武家に生まれ、京都に出て「写生派の祖」といわれる円山応挙(まるやまおうきょ)に学び、実物のごとくありありと描く画技を身につけた。ダイナミックで奥深い禅画、心のうちを表現する文人画、くだけたタッチの南画にも影響を受け、やがて、卓越した技術で、可愛らしくユーモラスかつ大胆な独自の作風を打ち立てた。
応挙に学んだ迫真的な描写力を、ご覧のような情緒豊かな作品にも発揮している。古来、日本の人々は自然の美しさを愛で、文学や絵に表してきたが、こうした日本ならではの湿潤な大気を描き出すことは難しく、応挙や蘆雪はそれをついに成し遂げたのだ。淡い光と影が交錯する叙情豊かな風景を見事にとらえている。

打って変わって、躍動感溢れる本作は、山本梅逸(やまもとばいいつ)の筆と伝わる《月下波頭図》である。
荒波の向こうに、穏やかな満月が浮かぶ。月は、絹地のままに塗り残すことで表現しており、周囲の淡い墨色は雲や霧を思わせる。
流れるような筆致で激しく描かれ、ひときわ高く打ち上がる波は、まるで満月を支えているかのようだ。横長の画面が水面の広がりを感じさせる。
山本梅逸は、江戸時代後期に名古屋に生まれ、彫刻師の父、和歌をよく詠んだ母のもと、貧しいながらも教養豊かに育ったという。幼少期から絵を好み、やがて中国絵画を学んで、文人画に魅了された。文人画とは、プロの画家ではない文人(知識人)が描いた絵のことで、自由な精神のもと、自らの内面や思想を表現したものだ。梅逸はやがて、京都に出て文人たちと交流し、気品と艶を湛える画風で人気を博した。
なお、上記2作品は、筆者が和訳を担当した、Webサイト〈江戸絵画の世界〉に掲載されている。このサイトは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校と早稲田大学の連携事業の一環で制作されたもので、技法やモチーフなどの絞り込み検索を使って、世界各地の美術館所蔵の216点の絵画から好みの作品画像に出会える。さらに、その多くは無料でダウンロードして活用することも可能だ。
Webサイト「江戸絵画の世界」
美術館へ、月を探しに
水墨画の月の描写には、絵師それぞれの技と感性が発揮されている。美術館で古今の月の絵に出会ったら、どのように描かれたのか、絵師の筆の動きを想像するのも楽しいだろう。
アイキャッチ画像: 鮫島圭代 《雪山に月》 紙本墨画 2019年

