尚、聞き手はオフィスの給湯室を、国宝級の茶室に見立て抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
※『ワールドイズダンシング』はフィクションです。実在する歴史人物とは一切関係がありません。この記事では、漫画の中にでてくるキャラクターについて語っており、能楽の歴史とは異なる部分がございます。ご了承ください。 ※画像提供(全て)/講談社
漫画の中で足利義満は日本文化のプロデューサー役? 漫画家・三原和人さんの解釈が面白い
給湯流茶道(以下、給湯流): 漫画を読んでいると、当時の芸能界の勢力図が面白いです。世阿弥たちの「猿楽(さるがく/能)」に対して、「田楽(でんがく)」というジャンルが人気だったと描かれています。

川口晃平(以下、川口):当時の田楽は、集団で歌舞を繰り広げるなどアクロバティックな要素が強くて、民衆から大人気の芸能でした。足利家より前、鎌倉幕府の北条家は、田楽を推していたのです。一方、世阿弥たちの猿楽は、鬼や様々な存在のモノマネをする芸能として出発しました。コント的な要素もあったかと思います。
給湯流茶道(以下、給湯流): ええっ! 今の能のイメージからは想像もつかないです。コントからどうやって芸術的になったのですか?
川口: それを牽引したのが足利義満、と漫画では描かれています。田楽の持つアクロバット的魅力や、近江の犬王(いぬおう ※1)のような美しい舞を取り込んだ猿楽(能)を義満がプロデュースするストーリー。僕は個人的にも、足利義満が公家、武家、神社仏閣の文化をすべて融合させて、新しい日本文化の出発点を作った人物ととらえています。

給湯流: 『ワールドイズダンシング』で描かれる義満は、まるでアイドルオーディションを主宰する人に見えます(笑)。
川口: 漫画の中で義満は、武家政権が長く続くためにどうやって支持者を増やすか考えるシーンがある。民衆の心を統一するツールとして、新しい文化を利用したい義満。その最重要の文化プロジェクトのひとつに、能が組み込まれる、と三原先生は物語をつくっています。
給湯流:ひと昔前、日本が「クールジャパン」というワードで、日本文化を発信しようとした。義満はその何百年も前に、文化政策で民衆の心をまとめようとした……そんな物語が熱いです。
キレキレの最先端エンタメと民衆を全肯定する「包容力」ステージ……ふたつの融合を、世阿弥が考えていく物語
給湯流: 漫画の中では、様々なライバルや先輩が登場して、世阿弥に影響を与えていきますよね。

川口: ええ。例えば田楽の増次郎(ぞうじろう/後の増阿弥 ※2)は、キレキレに冷えた、目利きに訴える最先端の芸で人気を集めます。一方で、観阿弥も我が師と呼ぶ田楽のレジェンドである一忠(いっちゅう ※3)の芸は、観客をほっとさせる「一体感」が特徴で、一忠の舞台の下では、その場にいるすべての観客が全肯定されるような安心感があると描かれます。

給湯流: 最先端のクールな芸と、あたたかい全肯定の芸。真逆ですね。
川口: 世阿弥の父である観阿弥も、田舎に行けば田舎の人たちが喜ぶ演目をやるような、大きな包容力を持っていました。最先端の尖った芸能だけでなく、人々を幸せにする「祝言性(しゅうげんせい)」も大切なのだと、少年時代の世阿弥が気づいて取り入れていく。その成長のプロセスが、漫画ではとても丁寧に描かれています。
永遠に枯れない花。犬王と世阿弥の決定的な「視点の違い」
給湯流: 漫画の中で、当時一番人気のスターだった犬王に、「能を永遠に枯れない花にしたい」と世阿弥が問うシーンが印象的でした。

川口: そのシーンに世阿弥の異常さ、つまり「すごさ」がある。漫画の中で、犬王は自分の芸を「花の香り」と表現しています。ステージで良い香りがしても、その場で消えていくもの。それが当時の芸能人の当たり前の感覚だったと思います。「その場その場のステージを最高にする」ことに全力を注いでいたのです。それによって本人も人気を得、一座も繁栄します。
給湯流: 確かに、現代のお笑いライブも、その場のノリを大切にしますよね。
川口: なのに、作品でも描かれるように世阿弥は、「何百年先も残る、永遠に枯れないものを作りたい」と考えた。これは、当時の芸能の常識からするとかなり変わった考えだと思います。世阿弥が能を長く廃れない芸能にしたいと思ったきっかけは、義満のサロンで、和歌やいにしえより宮廷に伝わる文化に触れたからかもしれません。「武家の時代が長く続くように文化を利用する」という義満の壮大なビジョンを感じ取った世阿弥、と漫画で描かれたと個人的に解釈しています。
江戸時代とは違う!ルール未確立、室町時代の能を再現する監修の力
給湯流: ところで監修として、どんなチェックをされたのでしょうか?

川口: 一番大きかったのは、「今の能の常識をいかに外すか」ということでした。今の能は、江戸時代に徳川幕府、公式の芸能としてルールが確立されたものを土台にしています。しかし世阿弥がいた頃は、ルールが確立しておらず自由な部分もあったと思います。
給湯流: 伝統文化としての能とは、全然違うイメージだったのですね。
川口: 江戸時代以降、床に座るときは正座が基本です。しかし室町時代は立膝(たてひざ)だったり、あぐらをかいたりしました。装束(しょうぞく/衣装)も、今のように能専用の作りとは違い、ありものの着物を羽織ったりしていたはずです。江戸時代の能っぽくなりすぎないよう、当時の雰囲気を出せるように、ネームや絵コンテを直させていただきました。
原作者やアニメーターが自ら能の稽古!体の動きを入念にチェック
給湯流: 三原先生やアニメスタッフの方々も、実際に能の稽古を体験されたと聞きました。

川口: 皆さんに装束を着てもらったり、謡や所作を稽古いたしました。作画をするためには、装束がどんな構造になっているか、どんなふうに体を動かすのか、理屈が分かっていないと描けないと思いましたので。
給湯流: 素人が衣装を着せてもらって「わーい、楽しい!」みたいなヘラヘラした文化体験ではなかったと。
川口: 全然違います(笑)。皆さん、作画に活かすために本当に真剣に稽古を受けてくれました。「ここはこうなっているのか」「扇を持つときはこう動くのか」と、衣装の構造や体の使い方を必死で観察されていて、プロの執念を感じましたね。
全く能を知らない「初心者」こそが楽しめる『ワールドイズダンシング』
給湯流: 最後に、『ワールドイズダンシング』が気になっている方々へメッセージをお願いします。

川口: 『ワールドイズダンシング』は、むしろ「今まで一度も能を見たことがない初心者の方」に向いている作品です。能を鑑賞したり、稽古をしたことがある人が見ると、能をイメージとしてアニメ化している部分だったり、現在の能とは違う時代設定に、「今の所作と違う」「あの部分がおかしい」と、細かいところが気になってノイズになってしまうかもしれません。
給湯流: なるほど。知識があると、かえって引っかかってしまうかも。
川口: だから、まっさらな状態で全く能に触れてこなかった人にはぜひ、この作品を見てほしい。ひとりの少年がもがき、ライバルと出会い、新しいエンターテインメントを創り上げていく青春ストーリーとして、楽しんでいただけると思います。もちろん能の愛好家の方にもお楽しみいただきたいです。
給湯流: 漫画はとても面白かったですし、これから公開されるアニメも、本当に楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました!
川口晃平
シテ方観世流能楽師。梅若会所属。重要無形文化財総合指定保持者。小金井市出身。昭和五十一年生まれ。漫画家かわぐちかいじの長男。慶應義塾大学在学中に能に魅せられ能の道を志す。大学卒業後の平成十三年、五十六世梅若六郎(現・梅若桜雪)に入門、復曲能「降魔」にて初舞台。平成十九年独立。緑龍会、三人の会、こがねい春の能を主催。舞台に立つ傍ら、小中学校を始めとして各地で能楽普及のレクチャーを行う。

川口晃平能の会「第一回 希の会」
令和8年8月19日水曜日18時半開演 会場・梅若能楽学院会館
能「楊貴妃」川口晃平
指定S席7,000円、指定A席6,000円、自由B席4,500円、学生席2,000円
【チケット、お問い合わせ】
カンフェティ
050-3092-0051
http://confetti-web.com/@/marenokai
希の会
070-6422-1532
marenokai50@gmail.com
ワールドイズダンシング
漫画の詳細はこちら
https://morning.kodansha.co.jp/c/worldisdancing.html
2026年夏、アニメ放送が決定!
アニメの詳細はこちら
https://sh-anime.shochiku.co.jp/worldisdancing-anime/

