神棚とはそもそも何か
神棚は、壁の高い位置に設けられた棚の上に、「宮形(みやがた)」と呼ばれる小さな社殿を安置したものです。その中には「御札(おふだ)」と呼ばれる神様の名を記した木札や紙札が納められます。もっとも代表的なのは伊勢神宮の御札ですが、多くの家庭では、氏神様(うじがみさま)と呼ばれる地域の守り神の御札や、商売繁盛・安産祈願など家業や願い事にゆかりのある神社の御札も一緒に祀られます。
筆者も生まれ育った家には神棚があり、祖父母や両親は、朝にお神酒などを備えて手を合わせ、夜にはそれらを下げてまた手を合わせていました。
このお供えものとして一般的なのは、米・塩・水・お神酒で、これらは毎日、あるいは折を見て新しいものに取り替えられます。土地の慣習・風習などによってお供え物や神棚の飾り方は一様ではありませんが、多くの場合は「前面に注連縄(しめなわ)をはり、左右に榊を立て、燈明具を置く」(神道公論社編『家庭 神まつりの栞』より)ようです。
また、お祀りする方角は「いずれの向きでも差し支えないが、古来南向きが一番よろしく」(宮崎縣神職會編纂『神まつりと其の作法』)とされています。
なかには鏡を祀る家庭もありますが、これは神道において「神様に決まった姿かたちがない」とされることに由来します。鏡はご神体そのものというより、それを見る者の内なる清らかさを映し出す象徴とされています。
なぜ神様を家の中にお迎えするのか
日本では神様は神社だけでなく「八百萬(やおよろず)」——つまり山や川、木々、あるいは日常のあらゆるものに宿ると考えられてきました。神棚に神様をお迎えすることは、決して神様を家の中に”閉じ込める”のではなく、いわば”お招きする”という発想とも言えます。神棚は、家族が日々の感謝を捧げ、家や家業の安全と繁栄を祈る、神様との継続的で身近な関係を築くための窓口として機能してきました。
この習慣の起源は古いものですが、現在のようなかたちで特に広く庶民に根づいていったのは江戸時代以降とされます。伊勢信仰が全国に広がるなか、伊勢の御師によって御札が各地に届けられ、人々はそれを家庭で祀るようになりました。
神棚と仏壇、何が違うのか
神棚とよく似た存在として、多くの日本の家庭には「仏壇」があります。どちらも家の中にしつらえられた祈りの場ですが、その性格は大きく異なります。
神棚が祀るのは神道の神々──伊勢神宮の神様や氏神様など──であり、そこに納められるのは御札という象徴的な依り代(よりしろ)です。個人の先祖の姿や位牌が祀られることはなく、目線より高い位置に据えられます(筆者の実家では、神棚の横には先祖の写真が掛けられていました)。いわば神棚は、家族が日々の感謝や家内安全を祈る、”神様とのご近所づきあい”の窓口です。
一方の仏壇は、主に亡くなった家族や先祖の位牌を祀る場所です。その核にあるのは祖先供養であり、座敷や床の間など、日々手を合わせやすい高さに設けられることが一般的です。
神棚と仏壇は互いに影響を与え合いながら日本の住まいの中で発展してきた歴史があり、ひとつの家に両方が置かれることも珍しくありません。
清らかであることが大切
神棚は「その家の中で最も清らかで、毎日お供えをしたり、お拝みするのに都合のよい所を選んで設ける」こととされています。また、あまり華美なものとはしません。簡素であること、なにより日々の掃除を欠かさず、「清らか」であることが大切とされます。
小さな神棚は、日本人の信仰のあり方を象徴的に物語っています。神聖なものは、専用の建物の中に遠ざけられているのではなく、家に迎え入れられ、日々手を掛けられながら、普通の暮らしのリズムの中にそっと織り込まれているのです。
神道公論社編『家庭 神まつりの栞』(昭和16年、国立国会図書館デジタルコレクションより)
宮崎縣神職會編纂『神まつりと其の作法』(昭和11年、国立国会図書館デジタルコレクションより)

