Craft
2019.10.10

阿寒湖の自然から生まれる刺繍。魅力はデザインだけじゃない、アイヌ文化の心をアイヌコタンで聞いた

この記事を書いた人

「刺繍を見ればその人がどんな気持ちで縫ったのかなんとなくわかるんだ」そう話すのは、阿寒湖温泉でアイヌの刺繍を代々受け継いできた鰹屋エリカさん。2019年10月12日にBEAMS JAPAN 5Fのfennica STUDIOで発売されるコラボレーションアイテムでは、刺繍入り巾着などを制作しています。

阿寒湖に暮らす人々と生活の手仕事

北海道釧路市、阿寒摩周国立公園の西のエリアに位置する阿寒湖温泉。この街にあるのが、120人ほどのアイヌの人々が暮らす「阿寒湖アイヌコタン(集落)」です。この地で人々は、仕事に勤しんだり食事を楽しんだり子育てするのと同じように、生活の手段のひとつとして、さまざまなものづくりをしています。

そんな阿寒湖温泉に暮らす人たちとfennicaによる、2年の歳月をかけてつくりあげたオリジナルアイテムが、2019年10月12日〜20日にBEAMS JAPAN 5Fのfennica STUDIOにて展示・販売されます。そこで今回は、彼らがどんな生活をしながらものづくりを続けているのかお話をうかがいました。

エリカさんのつくるアイヌの刺繍巾着

アイヌの刺繍には、木綿の生地に細い白布や色布を切り伏せる「ルウンペ」や生地に大幅の白布を切り伏せした「カパラミㇷ゚」、色布の生地に直接刺繍をほどこした「チンヂㇼ」などがあります。今回の企画で、エリカさんは巾着やライナーコートを制作しました。

コラボレーションにあたり、BEAMS fennicaから声がかかったときは、ものすごく驚いたとエリカさんは話します。

「私の刺繍でいいのかしら? という気持ちでした。これまで家族やまわりの人たちのためにつくってきたものなので」

エリカさんにとって、アイヌの刺繍は昔から日常にある仕事のひとつ。目の前の人のためにつくるのではなく、ブランド会社と共にデザインを企画し商品販売することは、新しい挑戦でした。

阿寒湖の自然から生まれる刺繍

阿寒湖温泉で育ったエリカさん。小さな頃の思い出も、壮大な自然のなかにありました。

「今歩いているボッケ遊歩道のあたりは、夜になると鹿が現れることもあるんだよ。小さいときはこのあたりの砂浜に卵をいれて温泉卵をつくって遊んでいたね。昔は桟橋があったから秋の『まりも祭り』はこのあたりで踊っていたんだよ。今はすっかり変わっちゃったけどね」

阿寒湖では毎年10月上旬、国の特別天然記念物でもあるまりもの保護を目的とした「まりも祭り」が開催されます。アイヌ舞踊の踊り手でもあるエリカさんは、こうした街の祭や儀式に踊り手として参加しているのです。

そんなアイヌの伝統的な踊りを受け継ぐように、刺繍も、祖母から母へ母からエリカさんへと代々受け継がれてきました。

「刺繍は、17,8歳から始めました。母親がアイヌの刺繍を縫う姿を間近で見ていて、自分もやってみたいなと思ったんです。私の母は、アイヌ舞踊の踊り手をしていたので、毎日踊りをしながらその合間で刺繍をしていました。受け継ぐ、と言っても私の場合、手元にデザイン画があるわけではなく、祖母や母の着物を見て、そこに私のアレンジを加えながら、文様をつくっていくのです。これはフクロウをイメージした刺繍です。フクロウの姿、みつかりましたか? 同じように、魚や花をモチーフにした文様もあります」

写真左のブルーの巾着袋に施されたものが、フクロウをイメージした刺繍。アイヌの人々はフクロウを「コタンコロカムイ」と呼び、村の守り神として大切にしてきた

エリカさんは、身近な着物の他にも、資料や博物館に展示されている着物の刺繍から、デザインのアイデアをもらうこともあると教えてくれました。また刺繍の文様は、全てのアイヌの人に共通したものが受け継がれているわけではなく、地域や作家によってデザインが異なる、と話します。

「だから刺繍を見れば、どこの地方のアイヌの方かな?とつくられた地域や作家まで、なんとなく想像がつきますよ。それくらい文様のデザインは違います。共通していることがあるとしたら、自然のものをモチーフに自然のものを身に着けることは、アイヌの刺繍の特徴かもしれません」

思いが伝わるアイヌの刺繍

一針一針、人の手によって文様を描いていくアイヌの刺繍。刺繍は時間を要する作業ですが、かつては現代よりもさらに多くの工程があり、膨大な時間をかけてつくられていました。

「昔は木の皮をとってきて、加工して、糸を紡ぐところから始めていたんですよ。今、私は刺繍糸を使っているんですが、それでも1日2日で1点もつくれないくらい、刺繍には時間がかかります。刺繍で気をつけていることですか? 縫い目が大きくなると刺繍がほつれやすくなるので、長く使ってもらうためにも細かい目で刺繍するようにしています」

エリカさんは刺繍において、手にした人に長く使ってもらうことを特に重要視しています。

「刺繍を見た瞬間、手にとった瞬間に、つくった人のそのときの気持ちがね、ワッと伝わるんですよ。ただデザインがいいとか、見た目の良し悪しだけじゃなくて、想いの全部が伝わるの。だからこそ大事にというか、手にした人に長く使ってもらいたいんですよね。アイヌの刺繍が施してある着物や小物は、ボロボロになっても使ってほしい」

刺繍された着物を長く大切に使ってほしい、と語るエリカさん。そもそもアイヌの着物には、家事や労働など日々の暮らしで着ていた日常着と祭祀や儀式など特別な時にだけ身に着ける晴れ着があります。晴れ着には、切り伏せした布や刺しゅうなどによって「モレウ(渦巻き文)」や「アイウㇱ(括弧文)」と呼ばれる独特の文様が施してあり、これらの着物は各家庭で大切に受け継がれてきました。

「私自身も大切に長く使っています。踊りで使う着物は自分のつくったものや母がつくってくれたものをずっと着ていたけど、今はもう小さくて着れなくなってしまって。なのでずっと着ていたものを娘に譲って、私は曽祖母のものを着ています。次の世代へアイヌの文化を伝えるためには、ものを大切にすること、ものをつくることで繋いでいくしかないんです」

次世代に伝えたいアイヌの文化

アイヌ舞踊の踊り手であり、2児の母でもあるエリカさん。刺繍は、日々の仕事や家事の合間に行なっています。

「刺繍だけに専念できれば、本当は1日2点くらいつくれるけど、そうもいかないんですよ(笑)。子どもを育てつつ働きながら刺繍しているからね。でも私だけじゃなくて、この街の人はみんな働き者。みんな自分の生活をしながら、働きながら、ものづくりしているんだと思います。アイヌの手仕事って生活の一部にあるものだから、私たちにとってはこれが当たり前なんですよね」

自身の刺繍と並行して、アイヌ文化を次の世代へ繋げる活動も展開するエリカさん。最後に、これから刺繍で繋いでいきたいことをうかがいました。

「最近は、アイヌの刺繍に興味を持ってくれる人が増えているし、娘の同級生のお母さんから刺繍を教えてほしいと声をかけていただくこともあります。嬉しいことです。これから挑戦したいことは…阿寒湖自体を刺繍でデザインしてみたらおもしろいかも、と思っています。どんぐりとか花とか植物を刺繍にとりいれて、変わりゆく阿寒湖の自然を着物に縫い付けていく。私は刺繍で、次の世代にアイヌの文化を伝えていきたいです」

BEAMS fennicaコラボレーション 詳細

「アイヌ クラフツ 伝統と革新 -阿寒湖から-」
“デザインとクラフトの橋渡し”をテーマにするBEAMSのレーベル「fennica(フェニカ)」と阿寒湖エリアのアイヌのものづくりのコラボレーションによる、新作コレクション。作品の展示販売のほか、トークショーやライブイベントも開催。

販売場所:BEAMS JAPAN 5Fのfennica STUDIO
販売期間:2019年10月12日〜20日
公式サイト(イベント情報):https://www.beams.co.jp/news/1660/
公式サイト(特集):https://www.beams.co.jp/special/fennica_things/vol7/