桂二葉さんが今回紹介する「後世に残したい」旧き良きものは、落語の小道具として欠かせない「てぬぐい」です。二葉さんイチオシのてぬぐいのお店、「染絵 てぬぐい ふじ屋」へ同行させていただきました。
お店とは長いお付き合いの二葉さん
東京・浅草で三代にわたり、てぬぐい作りを続けるふじ屋は、浅草寺からほど近い場所にあります。取材日は多くの来店者があり、海外からの観光客の姿も見られました。
二葉さんは店内に入るなり、慣れた感じで、てぬぐいを選び始めました。色とりどりのてぬぐいを、手に取って選ぶことができるのが、ふじ屋の魅力のようです。「入門してまだ3年経っていない修業中の頃に、先輩の落語家に紹介してもらって、それからお世話になっています」と話す二葉さん。

色鮮やかで手触りが良いのは、作業工程に秘密が?
筆者は二葉さんの落語会を拝見した時に、シックなグレーの着物姿に、鮮やかなピンク色のてぬぐいの対比が美しくて、目を奪われたことがありました。そのてぬぐいは、ふじ屋で作られたものだったようです。「こちらのてぬぐいは、高座で使っていても、だんだん柔らかくなって馴染んでくるんです。汗をふくから、洗ってアイロンをかけて、繰り返し使っています」。二葉さんの落語に欠かせない、まさに必需品です。

使い心地の良さには、何か秘密があるのか?三代目の川上正洋さんにお聞きしました。「肌への当たり方とか、使うほどに馴染むのは、てぬぐい生地を使っているからだと思います」と、教えてくださいました。てぬぐいは「小幅一尺×三尺の、染めた小布」と定義されるそうで、上質な綿素材の幅35×長さ90センチから110センチで仕立てているそうです。
驚いたのは、注染(ちゅうせん)染めという伝統技法で、一枚、一枚が職人の手作業で作られているのだそう。「染める前には、生地自体を洗います。洗って干して、そこから染めていきます。染料も専用の業者さんに作っていただいていますが、あまり強い色にはしないようにしていますね。てぬぐいとして馴染むような色味を工夫しています」と、続けて作業工程を話す正洋さん。しっかりと美しく染めるには、手間暇のかかる下準備が欠かせないそうです。またプリントとは違い、糸の芯まで染料を浸透させるので、裏表なく染め上がるのも特徴なのだそうです。

たたんだり、広げたりで表情が変わる
ふじ屋のこだわりは、丁寧な作業工程だけではなくて、デザインにも表れています。初代からのふじ屋の主が描き上げた、オリジナルデザインのてぬぐいなのです。浅草の地で三代にわたり受け継がれたオリジナルの図案に加えて、干支、暦、江戸小紋柄、「てぬぐい合わせ」※1復刻版などのてぬぐいが並びます。
二葉さんからの「絵の勉強はしはったんですか?」との問いかけに、「専門学校には通いましたが、元は店の2階に住んでいたので、祖父や父の仕事をしているところをずっと見ていて、それが鮮明な記憶になっています」と正洋さんは答えます。幼い頃から、てぬぐい作りに自然と触れていた正洋さんは、「覚えていないのですが、小学校6年生の文集には『てぬぐい屋さんになりたい』と書いていたようですね」と、笑顔を見せます。

正洋さんがデザインしたてぬぐいを、見せていただきました。『月の夜』のタイトルがついたてぬぐいは、たたむと月に薄いブルーの雲がかかる様子がわかります。そして広げると、水面から見る月の風景に変わります。この斬新なてぬぐいは、札幌の大丸藤井セントラルでの作品展のために描き下ろした作品で、連作である「一本星の夜」と共に、「月を見上げて、星に願いを込めて」をテーマに制作されました。

江戸時代から愛されてきた、てぬぐい
「このてぬぐいも、いいですね」二葉さんは、次々にてぬぐいを手に取られます。色とりどりの、様々なデザインのてぬぐいに囲まれていると、豊かな気分になってきました。「江戸時代に、歌舞伎役者がご贔屓の客や後援者に、挨拶や感謝のしるしとして、てぬぐいを配ったことが、今も文化として続いているのですよ」と、二代目の川上千尋さんが教えてくださいました。「東京の落語家は、年賀の挨拶にてぬぐいを配ってはります。関西ではその風習はないのですが、私もお礼やご挨拶でてぬぐいを配っています。その時のてぬぐいは、ずっとふじ屋さんにお世話になっています」と二葉さん。

二葉さんが手にされた『いとし藤』は、芝神明宮(しばしんめいぐう)の名物として江戸時代に愛好されていた「千木箱(ちぎばこ)」※2の蓋に描かれていた模様です。「いと」は「い」の字を縦に10個、つまり「十(とう)」連ねて。その真ん中に「し」をしなやかに伸びた枝のように通して、藤の花に見立てたデザインです。歌舞伎や日本舞踊の長唄・舞踊演目『藤娘(ふじむすめ)』の歌詞には、「いとしと書いて藤の花」の一節があります。模様に「愛おしい」という意味を込めるとは、江戸っ子の粋を感じてしまいます。
落語の邪魔をせず、馴染むてぬぐい
今回、二葉さんにお気に入りの私物のてぬぐいを持ってきてくださいとお願いしたところ、5枚も持参してくださいました!いつも衣装の着物を包む風呂敷の上に、扇子と数枚のてぬぐいを入れて、出番へ向かうそうです。「全てふじ屋さんのてぬぐいです。私のなかの戦力の5枚です」と二葉さん。落語のなかでは、財布になったり、煙草入れになったり、手紙になったりと自在に変化するてぬぐい。「私の持ちネタではないのですが、『本能寺』※3という落語では、今から芝居が始まりますと、チョンチョンと柝(き)が入って、てぬぐいを全部広げて、幕が開いていく様子を表すこともあります」と、珍しいてぬぐいの使い方を話してくださいました。

「そうそう、『くっしゃみ講釈』※4の時は、袋になって、中から唐辛子の粉を取り出す仕草があります」と二葉さんが話しながら、実演をしてくださると、あら不思議。目の前に袋が現れてきました。「落語はメイクもしないですし、たったひとりで演じる芸です。できるだけ余計なものはそぎ落としたいと思っていて。そこに、ふじ屋さんのてぬぐいは馴染むというか、邪魔にならないというか」と話す二葉さん。登場人物が、今まさに目の前にいると感じられる二葉さんの落語を、ふじ屋のてぬぐいは、さりげなくサポートしてくれる存在なのでしょう。

二葉さんが持参してくださったピンクのてぬぐいは、よく使われているので色が変わっていますが、それもまた風情があります。「これだけ使ってくれているということは、よほど気に入ってくれたのだとわかって嬉しいですね」と正洋さんは目を細められていました。
演目や季節、着物とのコーディネートで使い分ける
二葉さんに気持ちが上がるてぬぐいはありますか?とお聞きしてみました。「あえて選ぶのならこのてぬぐいです。この赤い色は中々ない色やと思っていて、高座でもよく使っています」と、二葉さんが紹介してくださったのは、店頭のてぬぐいの中でも一際映える鮮やかな、てぬぐい。「白地の帯揚げに、梅の花が散っているのを高座で使うときに、このてぬぐいを使っています」。二葉さんは着物とコーディネートして、てぬぐいを選ばれているようです。
また、少し季節を先取りして、夏が近づくと西瓜の図柄を選んだり、秋が近づくと黄色地のてぬぐいを選んだりしていると、二葉さんのてぬぐいテクニックを伝授していただきました。同じように真似をすると、てぬぐいから四季が感じられて楽しそうです。

「落語の『子はかすがい』※5をする時は、このてぬぐいを使います」と二葉さん。正洋さんが広げてくださったてぬぐいには、一面に無数のかすがい※6が描かれています。「これは葛飾北斎がデザインした図柄で、それを元に父が作成したものです。北斎はてぬぐいの図柄もたくさん作っていたのですよ」と正洋さんが教えてくださいました。二葉さんが『子はかすがい』を演じる時にはてぬぐいを広げる仕草はないので、たたまれた状態で使います。観客に広く知らせる目的ではなく、関連するてぬぐいを使われるところに、美意識を感じます。

「てぬぐい」を気楽に使って欲しい
「よく、『てぬぐいを、どんな風に使ったらいいですか?』とお客様に聞かれるのですが、好きに使っていただきたいです。ハンカチ代わりになりますし、テーブルセッティングにも使えます」と正洋さん。額に入れて飾ることも、お勧めだそうです。初代の川上桂司さんが考案された専用の額に入った『めで鯛』は、ふじ屋の代表作のひとつ。枠からはみ出た大胆な構図が、遊び心に溢れています。

「仕入れをせずに、祖父と父と、私が描いたものが店頭に並んでいるのが、この店の特徴かなと思います」と正洋さん。お気に入りのてぬぐいがあると、日々の生活に、彩りが加わりそうです。
取材・文 撮影/瓦谷登貴子
取材協力/染絵 てぬぐい ふじ屋
染絵 てぬぐい ふじ屋 基本情報

住所:東京都台東区浅草2ー2ー15
営業時間:11:00~17:00
定休日:木曜日
公式ウェブサイト:https://tenugui-fujiya.jp/
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