Gourmet
2020.01.09

青森の寿司専米「ムツニシキ」とは?一度途絶えた「幻の米」の歴史や魅力を紹介

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かつて、海をまたいだ北海道・函館で「幻の米」と呼ばれ、多くのお寿司屋さんや料理屋で使われていたお米がありました。それが青森県黒石産「ムツニシキ」です。

さまざまな理由があり途絶えてしまった「ムツニシキ」ですが、5年前から作付けを徐々に増やして2018年に復活デビューし、ブランド化に取り組んでいます。

寿司専米「ムツニシキ」とは?

2019年9月に開催された、寿司専米「ムツニシキ」試食会に参加。黒石市の寿司職人がその場で寿司を握り、振る舞われた

「ムツニシキ」は1972年(昭和47年)にデビューした米の品種。平成10年までは青森県の奨励品種として、青森県内の津軽地方を中心に作付けされていました。しかしその後、「つがるロマン」など他品種の台頭により徐々に減少し、一度は途絶えてしまったお米です。

かつて日本の主食だった米は、麺類やパンなどの小麦製品が嗜好されるにつれ、消費量がどんどん減っています。国内で見ると消費量は年間8万トンずつ減少していて、青森県内で1年間に収穫される約26万トンと比較しても、とんでもない勢いで消費されなくなっていることがわかります。(あと3年もすれば、青森県で1年間につくられる米がほとんど消費されなくなってしまうということです…!)

このような状況もあり、米にも「おにぎり用」「お弁当用」など用途別に使い分けできるような個性的が求められるようになった現代。米どころであることをアピールするため、また、他地域との差別化を図るため、青森県黒石市は「今こそムツニシキだ!」と勝負に出ます。寿司専米「ムツニシキ」をブランド化して世界に発信していくことを目指し、「ムツニシキ」の復活に挑戦したのです。

「ムツニシキ」の復活に向けた取り組みは2015年から始まり、黒石市の若手農家グループ「南黒おこめクラブ」と青森県内の寿司職人が協力して米づくりに取り組んできました。

なぜ「ムツニシキ」は途絶えてしまったのか


デビュー当時(1972年)のムツニシキは「幻の米」と呼ばれていましたが、一方で風や雨に弱く、稲が倒れやすい品種だったため、一生懸命育てても、思ったように収穫量が上がりませんでした。ムツニシキとは別系統で力強く育つササニシキやコシヒカリ、また、その後青森県内で台頭するつがるロマンなどの育てやすく収穫量を得られる品種が好まれた結果、衰退していってしまったのでした。

りんごなどの樹木で育つ果樹とは違い、米は1年ごとに品種を変えて育てられる作物です。稲刈りが終わると田んぼを掘り起こして、またゼロから苗を育て、田植えします。米の世界も入れ替わりが激しく、栄枯盛衰なのです。生き残る品種は生き残って作付け面積を広げ、病気や天候に弱く作りづらいと判断された品種は1年で作られなくなる。たくさんの米が品種改良されたことで、平成の時代は入れ替わりが激しい、まさに「米の戦国時代」でした。

そんな時代の荒波にもまれ、徐々に衰退してしまったムツニシキ。しかし、かつてムツニシキで寿司を握っていた寿司職人や、寿司職人になるべくムツニシキで練習していた弟子たちは、寿司専米「ムツニシキ」のすばらしさ、握りやすさを忘れてはいませんでした。

「ムツニシキ」に思い入れの強い青森県内の寿司店が協力し、2018年11月1日から25店舗で寿司専米「ムツニシキ」を使ったお寿司が提供されるようになったのです。

新しくなった寿司専米「ムツニシキ」の魅力

存在感のあるムツニシキは、寿司ネタの美味しさを際立たせる

「たくさん収穫しよう」という時代から「美味しいものをつくろう」という時代になり、価値観が徐々に変わってきたことで、「ムツニシキ」の魅力もまた再発見されるようになりました。

復活した「ムツニシキ」は寿司専用に作られた米。特徴は「ほのかな甘み」と「粘りの少ないあっさり感」「しっかりした米粒の存在感」です。そして酢をよく吸い、なじみやすいことで寿司が握りやすいのだそう。

実際に握られた寿司を食べると、口のなかで米粒を感じることができるほど、一粒ずつがしっかりしています。しかしパラパラしているわけではなく、弾力性と歯ごたえがあるお米です。新鮮な魚介類などのネタの旨みを引き立て、味わえば味わうほどに米の旨み・甘味が感じられます。

この寿司専米「ムツニシキ」を使った寿司は、青森県内でしか食すことができず、また「回らないお寿司」でしか味わえない、特別なものです。全国の寿司好きにはぜひ、米の違いを味わってほしいです。

すべては美味しい寿司のため。そしてもうひとつ、寿司と一緒に味わいたいものと言えば…

米どころは酒どころ。黒石市は酒造のまち

試食会では鳴海醸造店の「菊乃井」や、黒石産のりんごジュースも味わえた

津軽平野が広がる米の産地である青森県黒石市は、その良質な米と清水を合わせもっていたことから、酒造業が盛んでした。一時は11もの酒造業者が切磋琢磨していましたが、現在では「中村亀吉酒造店」と「鳴海醸造店」が伝統を受け継ぎ、銘酒を造り続けています。

「中村亀吉酒造店」は黒石市の中心街こみせ通りに面している

日本酒はあまり食事には向かないお酒と言われることもありますが、「中村亀吉酒造店」の銘酒「亀吉」は、米本来の旨みが引き出されているためお寿司やお刺身などの和食にとても合う日本酒。キレのいいさっぱりとした飲み口が食を進めてくれます。

米どころだからこそできる和食と日本酒の美味しい組み合わせは、より一層お寿司と日本酒を楽しめそうです。青森にお越しの際は、ぜひ一食、「ムツニシキ」を使ったお寿司を食べてみてください!

青森県すし組合 寿司専米ムツニシキを愉しめるお店 一覧

参考文献:図説 農林水産業の動向(平成30年青森県農林水産部)、米をめぐる関係資料(平成29年11月農林水産省)

書いた人

大学卒業後、地元青森にUターン。図書館司書、ローカル誌の編集・発行などを経て、地域にある「いいもの・いいこと」を発掘・発信。地物産品の商品開発やマーケティングにも関わる。怪しい伝統文化・食べ物文化に興味あり。お肉とスイーツに目がない。