『カタシモのひやしあめ』というものがある。実は筆者は、この飲み物を最近になって初めて知った。
大阪では昔からよく飲まれているもので、冷やしても温めても美味しいらしいという話だ。
筆者は度々公言している通り、静岡生まれ神奈川育ちである。成人を迎えるまで関西地方の文化とは殆ど縁がなかった。中学校の修学旅行で京都と奈良に行った程度。筆者の知人で関西育ちの友人といえば、小学6年生の時に神戸からやって来た石田君くらいだった。ちなみにその石田君とは、今でも腐れ縁である。
そんな経歴の男が、「大阪伝統の味」を試してみた。
出会いはG20の会場で
今年開催された大阪G20サミットは、西日本の物産展のような側面を持っていた。
筆者はこのサミットに報道関係者として入場している。会場付近には国際メディアセンターが設けられ、ジャーナリストの殆どはここからサミットの様子を見守る。実際に各国首脳が会議をやっている場所は、日本政府が指定した代表取材者でない限り立ち入りできない。代わりに、この代表取材者が撮影した写真や映像は誰でも自由に使うことができる。
筆者を含め、ジャーナリストは数日の間メディアセンターとホテルを往復する生活を送る。
我々が食事に困ることはない。朝昼晩とメディアセンターの食堂でバイキング形式の料理が出されるからだ。これらは全て無料である。
同時に、メディアセンターでは企業ブースの展示も催される。何しろ、世界各国のジャーナリストがここに集合するのだ。製品や地域物産をPRするチャンスでもある。
筆者がカタシモのひやしあめを初めて飲んだのは、まさにこの時だ。
黒糖と日本人
大阪G20の会期は6月下旬。気候は既に暑くなり始めていた。こういう時は、ひやしあめも文字通り冷やして飲むべきだ。
カタシモのひやしあめには、当然ながら砂糖が使われている。しかし成分表示をよく見ると「砂糖(粗糖、黒糖)」とある。実際に飲んでみても、口に広がるのは黒糖独特のコクだ。狂言の曲目に『附子』というものがある。内容を一言で説明すれば、家来が主人の砂糖をつまみ食いする話だ。ここに出てくる砂糖は白糖ではなく黒糖である。近世に入るまでの日本では、砂糖といえば未精製の黒糖だったのだ。しかし現代日本人は、自宅の台所に精製糖があることを当たり前だと思っているし、味覚が精製糖に慣れ切っている。
故に黒糖の味わいは、斬新さすら感じてしまう。白糖ほどの強い甘みはないが、その分だけすっきりしていて変な粘り気がまったくない。カタシモのひやしあめは、我々が忘れていた未精製糖の味をはっきりと思い出させてくれるようだ。
この味がG20から数ヶ月経った後にいきなり恋しくなり、ついに自前でカタシモのひやしあめを取り寄せてしまった。だが、日本はこれから秋を経て冬に突入する。今後は寒くなるのに今更ひやしあめ? と感じる人もいるかもしれない。
その心配は不要だ。冬になれば、また違った飲み方で黒糖の味を楽しむことができる。
温めれば生姜湯に!
カタシモのひやしあめには生姜も入っている。
コンビニに行けばいつでものど飴が手に入る時代、生姜湯も飲む機会がなくなってしまった。しかし風邪を引いて喉も頭も痛みに打ちひしがれている時こそ、生姜湯のありがたみが骨の髄まで理解できるはずだ。
ひやしあめを温めれば、生姜湯として飲むことができる。夏でも冬でも大活躍必至のオールラウンダー、それがカタシモのひやしあめなのだ。
そんなスグレモノを最近まで知らなかった筆者は、自分自身を恥じている。
昔、自衛隊にいた頃に区隊長から「お前、海外旅行はたくさんしてるだろうが、国内にはあまり行ってないだろ? そんなんじゃいつまでも井の中の蛙だぞ」と言われたことがある。確かにその通りだ。
日本は山を隔てて様々な地域文化が根付く国。数十kmの道程を車で走れば、景色も味噌の味もスーパーマーケットで売られている食料品も変わってくる。それに目を向けないくせに日本文化をあれこれ語るな、ということを区隊長は言いたかったのだ。
今の筆者は予備自衛官すらも辞めてしまったが、今後も区隊長の教えを胸に日本各地の地域物産を和樂Webで伝えていけたら、と思う。