Craft
2020.01.10

ねこ、まっちぐら!段ボール会社の「猫専用グッズ」開発ヒストリー!ねこタワーからねこハウスまで

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大きな声では言えませんが、若いころ、いとうあさこと一つ屋根の下で暮らしていたことがあります。彼女は朝目覚めると腕の中をすり抜けて、一糸まとわぬ姿でソファに寝そべったり、ストレッチしたり……。目を離すと、いつの間にかそのまま外に飛び出していく奔放な性格でした。

そんな日々もつかの間。ある日、重い感染症にかかり、薬石の効なく、帰らぬねこに。「いとうあさこ様」と書かれた動物病院の薬袋は今もあります。そんな彼女が元気であったなら、目を輝かせたであろう素敵なねこグッズに出合いました。部品類を運ぶための段ボール箱を手がける会社が考えた一味違う堅牢なちぐらやタワーです。開発を担当した早川由芙香さんに商品のツボをうかがいました。

ねこグッズの開発にあたった早川さん

自動車部品を運ぶ包装材会社が作るグッズ

――こちら(中央紙器工業株式会社、愛知県清須市)はトヨタ自動車グループ企業の一員で、もともとB2B(企業を相手にした取引)をする会社なんですよね。

早川:はい。自動車関係のメーカーに運ぶ部品を収める段ボール製の包装材を主に作っています。スーパーの店頭なんかで見かける、苺パック用のパッケージも手がけています。
一枚の段ボールシートで形成される緩衝材一体式ケース

――どちらかというとお硬めの会社が、なんでねこグッズに参入したんですか。

早川:4年ほど前にデザイン事業企画グループを立ち上げ、今まで包装設計で培ってきたノウハウを生かして、一般消費者に目を向けた市場の拡大を進めていきました。つまり、B2C(消費者向けの取引)への参入ですね。その一環としてねこグッズに狙いを定めました。

――ねこグッズに関わる前には自動車部品の包装材を開発していたんですか。

早川:入社してから1年ほどは箱ものの設計をしていました。その後にデザイン事業企画グループに配属されました。当社としては初めての美大卒採用でした。最初は販促ツールやクラフトインテリア、イベント周りの製品なんかを作っていました。

――昨年秋に名古屋で開かれた異業種展の会場で思わず足を止めて、きょう、ここにいます。
早川:ありがとうございます。あの時出展したのは3アイテム。ねこちぐらとねこハウス、ねこタワーです。どれも、当社の本業である段ボールを100%使っています。

異業種を集めた展示会『メッセナゴヤ』の出展ブース

上で相当跳んでも跳ねてもびくともしない

――やはり、お好きなんですか、ねこ。

早川:好きなんですが、住宅事情で飼えないんです。そこで、開発時にはねこを飼っている何人かの社員にモニターになってもらって、使い勝手を尋ねたり、要望を聞いたりしました。

――なるほど。では、商品を一つひとつ説明してください。

早川:まず、ねこちぐら。ちぐらという言葉がスッと分かる方とそうでない方はお住いの地方によると思います。要するにねこのためのゆりかごというか、寝床ですね。ドーム状のかさ部分が取り外せるので手入れが簡単。底の部分だけで使うこともできます。専用の中敷きシートは汚れた時に取り替えられます。

かさ部分を取り外した状態でも使えるねこちぐら

――機能は分かりました。開発するとき、どんな点に苦労しましたか。

早川:造形ですね。カーブしているかさの上部のフォルムを出すのにずいぶん時間を費やしました。試作は30個くらい作ったと思います。初めは上部と下部が切り離せる形でなく、一体型で設計していました。でも、モニターの意見を取り入れて現在の形に落ち着きました。分かれるようにしたほうが掃除しやすいからです。

掃除に便利なセパレート式。モニターの声を反映した

――ちぐらはもともと藁や紙紐でできていますよね。段ボールだから、それよりは強いと思いますが、やはり強度が気になります。「100匹乗っても大丈夫」ですか。

早川:さすがに100匹は無理です。でも、太めのねこが相当跳んだり跳ねたりしてもびくともしないはずです。スペック的にいうと、重量は1300g。業界の規格で469gという材質の原紙を貼り合わせた段ボール材を使っています。本体価格は7000円。2019年7月から自社の通販サイトとアマゾンで取り扱っています。材質と流通は後のアイテムも同じです。

紙の縦目と横目をデザインに生かす

――ねこちぐらに続いて、同年11月に発売されたねこタワー。なんとなく、ねこっぽいシルエットですね。

早川:気づいていただけて嬉しいです。プロトタイプは直線的だったんです。でも、可愛くない。使うのは部屋の中だから、インテリアとしても飽きない可愛らしい造形を目指しました。でも、ねこすぎないように気を遣いました。形を整えていく中で高さも800㎜から600㎜に変えました。重心が高いと倒れやすいからです。一種の安全対策です。厚みを増やし、そこに4つの足を付けたことで安定性も高まりました。これも30個くらい試作しました。

「ねこすぎないような」デザインのねこタワー

――断面の段ボールの剥き出し感がいいですね。

早川:ねこちぐらと同じ素材の厚手の段ボールを貼り合わせているので爪とぎに使えるんです。おっしゃった剥き出し感は目の出方でしょうね。ご存知のように、段ボールは“なみなみ”の紙を板紙でサンドイッチにした三層構造です。その“なみなみ”が垂直なのが縦目、水平なのが横目です。ねこタワーは縦目方向に貼り合わせています。上から押したときの強度が保てるからです。だから、横目にすると潰れやすい。縦目と横目の使い分けはデザイン的にも大切な要素です。重量4000gで本体価格12000円です。

ゆったり横たわれる270mmの奥行

DIY感覚で簡単に組み立てられるようにした

――ねこちぐらとねこタワーが初めから製品としてパッケージされているのに対して、タワーと同時発売されたねこハウスは購入者が組み立てるスタイルですね。

早川:はい。ばらばらのシートをつなげて作ったボックスをいくつか組み合わせてオリジナルのハウスに仕上げます。お部屋の内装やねこの好みに合わせて自在に組み立てられるのがポイントです。シートはプレーンと丸い穴の開いたものの2種類。外寸は360㎜、内寸は300㎜です。試作段階では270㎜でしたが、モニターの意見を聞いて大きめにしました。ボックスにした状態で一つ1000g。1個セットの本体価格は2000円、3個セット5000円、2個+トンネルセット4500円です。
DIY感覚で組み立てられるねこハウス(ボックス3+トンネル1)

――ねこちぐらやねこタワーと違って、DIY感覚で楽しめるのがいいですね。

早川:設計では、とにかく、簡単に、誰でも作れるようにすることに苦心しました。このため、上下左右関わりなく、どの位置でも凹凸部分をスタッキングすればきっちり噛み合うようにしました。スタッキングとは文字通り、噛み合わせのことです。この方法で組み立てるのは当社だけ。他社製品の多くは接続部に特別な部材が必要です。ですから、他社製よりもより簡単に、短時間で組み上げることができるんです。

トンネル内の様子をうかがうモニターのねこ

専業メーカーならではの利点を生かす

――開発にはそれぞれ、どれくらいの期間を要したんですか。

早川:目に見える作業と見えない作業があるので数字では表しにくいんですが、本格的に取り組んで形にできた長さという意味では、ねこちぐらが3カ月、ねこタワーとねこハウスはそれぞれ2カ月くらいでしょうか。モニターの意見にはいつも耳を傾けました。実際に自宅で使っている様子を撮った写真も励みになりました。

商品開発グループのやる気を促し続けたモニターの報告写真の一枚

――自動車部品の梱包材というB2Bビジネスで培った経験やノウハウはどんな風に生かされていますか。

早川:他社に比べて、圧倒的に有利だったのは素材となる段ボールを思う存分使えたことです。よそから調達するんじゃなくて自前で揃えられるので、助かりました。例えば、ねこちぐらのところでお話した厚手の部材。よく使われるのは180gという規格の原紙を貼り合わせたシートで、3㎜厚、5㎜厚、8㎜厚の段ボールが一般的なんですが、当社ではすでに申し上げたように、469gの厚手の原紙を使った10~15㎜厚の段ボールを採用しました。だから強度があるんです。特殊用途のために、作るメーカーも加工するメーカーも非常に少ないので、当社にしかできないんです。

想像以上の反響の大きさにびっくり

――ご自身の手がけた商品に対する手応えをどうみますか。

早川:ねこグッズを作っていながら、私自身は飼っていないので、自宅で使い心地を試すことができないのがジレンマでした。その意味では試行錯誤の連続。だから、作ってはみたものの、本当にお客様に受け入れられるかどうか、ものすごく不安でした。ところが、さまざまな展示会に出すと、びっくりするほど反響があるんです。展示会での即売はしていませんが、オンラインショップの閲覧数も徐々にですが増えてきました。こんなにねこ好きな人がいるんだと、改めて人気の高さを実感しました。人気の高さは需要の目安にもなります。

――ねこグッズを手がけたことで得られた気づきみたいなものはありますか。

早川:意匠性の大切さです。平たく言えば、見た目。これまで関わってきた商品はどちらかというと機能を中心に考えてきました。宣伝上でもそこに重きを置いてきた。しかし、ねこグッズはそれだけじゃない。だから、今後の商品展開では、見た目でいかにお客様の心を惹きつけるかに心を砕きたいと思っています。

――ところで、なんでこの会社を選んだんですか。

早川:会社訪問の時に見せてもらった苺パックにやられました。一枚の段ボールが魔法のようにみるみるおなじみの箱になるんです。感動しました。それで、私も感動する商品づくりに関わりたいなと……。
青果物用トレイとして最適なMC苺パック

――う~ん、確かに鷲づかみされますね。では、次回は「包装材に生きている折り紙のすごいワザ」の取材で再度お邪魔します。トゥー・ビー・コンティニュー!

【通販サイト】

https://mcpack.shop-pro.jp/

書いた人

新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是自然体。