インスタントラーメンという食べ物の普及度は、考えてみればすさまじい。日本国内だけの話ではない。アジア各国に行けば、現地のスーパーで日本では絶対に売られていない独自の味がどっさりと見つかる。ヨーロッパでもアメリカ大陸でも売っている。
お湯さえ沸かすことができれば簡単に温かいものが食せるインスタントラーメン。嗜好品としてだけでなく災害時のスタメン食材としても優秀だ。さらには宇宙食、未来の完全食としての活用もすでに実現済みと、その進化は誕生後長い時を経ても留まることを知らない。
もちろん食べない人は存在するが、嫌いだという人にもあまりお目にかからない気がする。そんな万人の食の友、インスタントラーメンの発祥と未来に改めて迫ってみたい。
まず、インスタントラーメンの定義とは
インスタントラーメンとは、具体的にはどこまでを範囲に含めるべきだろうか。
袋麺だけか、カップ麺は別物なのか、人によってその定義は色々ありそうだ。
大辞林によると、こう定義されている。
調理に手間のかからないように製品化されたラーメン。即席ラーメン。
JAS規格(日本農林規格)では即席めんはこう定義されている。
(1)主原料を小麦粉、またはそば粉としていること、めんの弾力と粘りを高めるものを加えて製めんしていること
(2)(1)にかやくを添付したもの
(3)(1)~(2)のうち調味料を添付したものか、あるいは調味料で味付けしたもの
(4)簡単な調理で食べられるもの
ただし、かんすいを用いず製めんしたものは、成分でんぷんがアルファー化されているものに限る
つまり、簡単にできるラーメンであれば、袋麺であってもカップ麺でもインスタントラーメンと言ってしまってよさそうだ。よくある乾麺もモノによっては含められそうだが、JASの定義からはスープがあるかないかも気にすべきポイントのようだ。
念のため、大辞林に戻ってさらにラーメンの定義も見てみる。
中国風の、梘水(かんすい)麺を用いた汁そば。焼き豚・メンマなどを添えた醬油仕立てのものが普通。支那そば。中華そば。
焼きそばも派生だとかつけ麺はどうなる、という議論はあるだろうが、とりあえずここでは、スープを含めてそのひとつで完成する温かいラーメンということでよさそうだ。
念のため、幅広い好みも考慮して、味については味噌も塩も含めるという定義で進めることにする。
インスタントラーメンの誕生
インスタントラーメンの発祥については、近年朝の連続ドラマにも取り上げられたこともあり知っている人も多いだろう。
安藤百福。インスタントラーメンの生みの親であり、現在の日清食品の創業者である。
彼は48歳でインスタントラーメンの元祖であるチキンラーメンを生み出し、巨大企業の基礎を作り上げた。
1958年に発売開始されたチキンラーメンの値段は1食35円。店で食べるうどんやそばの当時の価格が約30円、中華そばが40円程度だったというから、なんと具がない即席めんがほぼそれと変わらない値段だったということだ。しかし、「お湯をかけて2分間」とうたう味付即席めんは「魔法のラーメン」と呼ばれて大ヒット、高度成長期の手軽な食事として定着していくことになる。
人気に火をつけたのがあの「あさま山荘事件」というのも、皮肉なものだ。
あさま山荘で包囲する機動隊員が、寒空の下カップヌードルを食べる姿が連日テレビ中継され、人気に火をつける。簡単に温かいものを食べられる「インスタントラーメン」は、過酷な状況下にある人の助けになっていったのだ。
世界に広がるインスタントラーメン、そのパワー
前出のように、アジアの麺文化の歴史の深さと幅の広さは誰しも認めるところだ。そもそもラーメンという文化のルーツは中華そばだし、アジア各国におけるオリジナリティあふれる麺メニューの豊富さには舌を巻く。
そんな中にあり、インスタントラーメンの浸透度には目を見張るものがある。
例えば、アジアの観光立国の一つ、香港。現地を訪れた際に、ローカルな店で火鍋を食べた経験はないだろうか。様々な具材の並ぶメニューのなかに、燦然と輝く文字がある。鍋のメニューの中で〆の麺のページを開くと、通常の生麺と並んで「出前一丁」と書いてあるのだ。はて「出前一丁」とは、チキンラーメンなどと同じ、粉末スープがついた乾麺タイプのインスタントラーメンのことではないのか?
答えは簡単、この乾麺をそのまま〆として入れるのである。(ちなみにスープは使わない。)
香港では出前一丁は見事なブランド化を遂げている。
あれだけバラエティ豊富な美味な麺料理を作る食文化を持つ香港なのに(ローカル麺屋は本当に美味しい)、そんな生麺よりもインスタントラーメンの出前一丁の方が高級なのだ。値段も高い。
「うちは出前一丁を使っているから」と胸を張る店が本当に、そして普通にたくさん存在しているのである。
1969年に日本から輸入する形で販売が始まった出前一丁だが、現地のスーパーに行けば、日式(日本風 (の) 、日本式 (の) といった意味合いで使われる)と書かれているにもかかわらず、どう考えても日本の味覚ではない味の出前一丁が積み上げられている。
むしろ珍しいと喜ばれるので、在住時には日本へのお土産に重宝したものだ。
一説には日本製品のブームの走りに、最初に名前が知られたブランドが出前一丁だから、といわれている。しかし、その後、様々な新商品が発売されても一貫して“出前一丁だけがえらい”となっている理由は不明だ。
私も何度も「なぜサッポロ一番ではだめなのか?」と聞いたものだが、納得できる答えは得られなかった。間違いなく言えることは、彼らにとっては慣れ親しんだ麺料理だけではなく、日本のインスタントラーメンを自分達流にアレンジしてこよなく愛しているということである。
似たような不思議なことは、カップ麺にもある。
「カップヌードル」はカップ麺の元祖として、1973年の米国発売から始まって世界80カ国以上に普及している。2019年には世界累計販売食数が450億食を達成している。
しかし、日本で生産された商品は実は日本国内以外では売られていないことをご存知だろうか。各国で売られているものは、全て現地法人で製造されたローカライズ版なのである。
ここに国ごとの発売時期を列挙してみる。
日本(1971年)
米国(73年)
ブラジル(83年)
香港(86年)
インド(91年)
シンガポール(92年)
ドイツ(EU・93年)
タイ(94年)
インドネシア(95年)
フィリピン(96年)
上海(98年)
メキシコ(2000年)
つまり、たった30年ほどの間に現地の味を取り入れて進化したそれぞれのカップヌードルが作られ、根付いているということになるのだ。
面白い話を聞いた。米国の刑務所内では以前はたばこが主要な取引材料だった。どこまで本当かはさだかではないものの、今やそれがインスタントラーメンにとってかわられているのだという。
浸透度の深さを想像できるエピソードではないか。
未来食としてのインスタントラーメン
世界初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」
野口宇宙飛行士がスペースシャトルに搭載し宇宙へ出発
(日清食品グループホームページより)
SF映画などのイメージがあるせいか、宇宙の食事は流動食のようなある意味貧しい印象がある。しかし実は近年ではお湯が使えるなど、かなりの改善を遂げているらしい。
そんな中、スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗した野口宇宙飛行士が持ち込んだのは、世界初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」。安藤百福が陣頭指揮をとり、日清食品とNASDA(現JAXA)が共同開発したもので、約70℃と比較的低温で湯戻しできる麺を利用し、所定時間置いてから袋をカッターできりあけフォークで食べるという一般のインスタントラーメンと変わらない特徴を持っている。スープは飛び散らないように粘度高くしてはいるものの、今ではしょうゆ・みそ・カレー・とんこつと味のバリエーションもあるという。
ちなみに、宇宙食の理想条件は以下のようなものだ。
・長期保存が可能
・できるだけ軽量
・強い臭気や匂いがない
・飛び散らない
・栄養価に優れる
・温度変化や衝撃で変質しない
・特別な調理器具がいらない
どれも宇宙という特殊な環境では納得の条件だが、こうやって改めて見てみると、まさにインスタントラーメンは未来食としての要素を過不足なく備えているように思えないだろうか。
インスタントラーメンの進化は完全栄養食へ
「たった1食で1日に必要な栄養素の1/3を摂取できる。」
そんな人類の夢のような食べ物が登場している。日清食品の「All-in PASTA」「All-in NOODLES」だ。
「All-in PASTA」「All-in NOODLES」はいわゆるインスタントラーメンを使った完全栄養食である。
「All-in PASTA」はパスタとボロネーゼ、ジェノベーゼ、アラビアータ、たらこという4種類のソースがセットになったカップタイプの商品のほか、麺だけでも発売されている。栄養素を配合しているのは麺の方だから、このソースを使わずに自分でアレンジしてもいい。
「All-in NOODLES」は中華麺タイプで、こちらも「油そば」「トムヤムまぜそば」「担々まぜそば」の3種類をリリースしている。
2019年3月27日に発売された「All-in PASTA」は、約2カ月分の在庫が5時間で売り切れたという。8月19日には「All-in NOODLES」が発売され、こちらも30-40代のビジネスパーソンに人気だそうだ。オフィスでカップ麺をすする、という行為は、空腹だけでなく栄養も満たすステージへ進んでいる。
カップヌードルミュージアム:大阪池田でインスタントラーメンの製造過程を体験する
日清食品株式会社はインスタントラーメンの理解と普及のために国内2か所で体験型食育ミュージアムを運営している。
そのうちの一つ、チキンラーメン発祥の地大阪府池田市にある「カップヌードルミュージアム 大阪池田」を訪れてみた。
ここでは今まで紹介したようなインスタントラーメンの歴史がさらにわかりやすく展示されている。チキンラーメンから始まったインスタントラーメンの発展の歴史を、約800種類の商品パッケージで表現したトンネルは圧巻。世界のカップヌードルをずらりと並べた展示の前では、つい長居してしまう。
チキンラーメンを手作りできる工房「チキンラーメンファクトリー」、世界でひとつだけのオリジナルカップヌードルを作ることができる工房「マイカップヌードルファクトリー」もあり、老若男女問わず楽しめること請け合いだ。
せっかくなのでオリジナルのカップヌードルを作ってみる。
自動販売機でカップを買ったら(これも楽しい)用意されているカラフルなペンでオリジナルパッケージをデザインする。ひよこちゃんにチャレンジするが、これが意外に難しい。
なんとか出来上がったら、ガラス張りの工場へ。
4種類の中からスープと、12種類の中から4つのトッピングを選ぶ。味の組み合わせは、合計5,460通り、後ろに列ができていることはわかっているもののなかなか選べない。
なんとか選び終わったら、スタッフにオーダーすると機械にセットされ、流れ作業で次々と作業が加えられ、あの”カップヌードル”になって出てくる。見ているだけで楽しい!
知ることは興味深いが、実際に自分が手を動かすのは楽しいものだ。同様の施設は横浜にもあるので、ぜひ機会があれば訪れてみてはどうだろうか。
インスタントが軽視される時代は確かに存在した。しかし調理に手をかけるだけが品質を担保する時代は終わりつつある。
戦後の食糧難で飢えに苦しむ人をチキンラーメンが救ったように、インスタントラーメンという技術は現代人が持つ栄養失調や生活習慣病という問題でさえ解決しようとしている。
インスタントラーメンの発明。
この偉大な功績はいつか人類の未来を救うのかもしれない。