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Gourmet
2020.03.04

「む。うめえな…」鬼平もおかわりした「根深汁」を、江戸千住葱でつくってみた

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ひとりの男のアツ~いネギ愛から復活した極上のネギ。ツーンと辛く、グツグツ煮るとトロッと甘い。江戸っ子も贔屓にしていた野性味あるネギ、食べてみたくありませんか?

季節を感じる食材や料理。毎日当たり前に食べているものにこそ、日本の食の豊かさを感じます。食材に思い入れのある人に、素材や料理をディープに語っていただく【日日是好食】。
今回は、冬においしいネギ。アッツアツの鍋料理の具材としても欠かせない素材ですよね。ネギにもさまざまな種類がありますが、江戸時代から脈々と受け継がれてきた固定種を復活させた「江戸千住葱」を知っていますか? 品種を守るために奮闘するネギ愛あふれる人々や、江戸の下級武士の生活に思いをはせた、ずぼらレシピをご紹介します。

それは、葱問屋「葱善」のネギ愛からはじまった

スカイツリーがよく見える、浅草のとあるビルに、おもにネギを扱う“葱問屋”「葱善」があります。
「葱善」が開業したのは明治18(1885)年。文明開化で牛肉を食べるようになり牛鍋が大流行した時代でした。浅草にも牛鍋屋がどんどんできて、鍋の具としてネギが売れに売れ、需要が急上昇したことでネギ専門の問屋さんが誕生したんですね。「葱善」は開業以来、専門知識を駆使しておいしいネギを卸してきました。

株式会社葱善代表取締役・田中庸浩さん。「葱善」は創業以来ずっと、浅草で営業を続けている

「葱善」は現在、4代目の田中庸浩さんが代表を務めています。
伝統野菜の「江戸千住葱」は、この田中さんのネギ愛によって流通しているんです。

品種改良が進み固定種が姿を消す現状

「江戸千住葱」は、江戸時代から栽培されてきたネギの固定種(代々受け継がれてきた品種)です。江戸時代、ネギの産地は江戸の各所にありました。大坂(阪)から持ち込まれたネギが、まず砂村(現在の江東区東部)で栽培されるようになって味が評判となり、栽培地が広がっていきます。青物市場があった千住地域(現在の足立区内)でも栽培がはじまり、千住市場には各地から質のいいネギが集まって、“千住ネギ”の通称で人気を博しました。

シャッキシャキの食感、豊かな香り、生はしっかり辛味があり加熱すると甘くなる「江戸千住葱」

畑でとれたばかりの「江戸千住葱」。寒風にさらされると糖分が葉にしみ出し、キラキラなしずくがあらわれる

時代は下って昭和の中頃以降になると大量生産・大量消費の価値観が浸透しはじめ、野菜の人工的な交配・品種改良が進みます。江戸時代から作られてきた固定種は育てるのが難しく生産性が劣るため、だんだん栽培されなくなっていきました。ネギもしかり。固定種はほとんど市場から姿を消したといいます。

伝統野菜の栽培には手間がかかる…

おいしいネギを求め、昔ながらのネギを復活

田中さんは、品種改良されたネギを食べたお客が「最近のネギは固いし、香りがないねぇ。昔のネギはおいしかったよ」ともらすのを聞いていました。その言葉は、田中さんのネギ愛に火を着けます。
平成に入って4代目を継いでから10年ほどたったある時、田中さんは昔ながらのネギを復活させようと固定種の栽培に乗り出しました。

田中さん:伝統を守るっていうより、とにかく、もっとおいしいネギを提供したいと思ったんです。

田中さんは固定種の苗を入手。試行錯誤しながらいくつかの農家に栽培してもらい、育ったネギを買い取るようになりました。出先でたまたまネギ栽培に適した粘土質の土壌の畑を見つけ、その農家を何度も訪ねて栽培をお願いしたこともあったとか。
収穫量は限られているものの付加価値を認める飲食店などで需要があり、今では、足立区や江東区などの小学校・中学校でも食育の一環として学校給食で出されるようになりました。

「難しいけど、挑戦したくなる」井之口さんの農家魂

そんな「江戸千住葱」を栽培する農家のうちの一軒が、練馬区にあります。

井之口喜實夫さん(左)、勇喜夫さん(右)

井之口喜實夫さんと息子の勇喜夫さんは、「江戸東京野菜」として登録されている「早稲田ミョウガ」、「ごせき晩成小松菜」といった伝統野菜を栽培。3年ほど前から「江戸千住葱」を育てています。

井之口喜實夫さん:伝統野菜は手間がかかるから、利益だけを考えたらやらないと思う。だけど……栽培は難しくても、おいしいネギをつくるために挑戦したくなるんだ。
戦後まもなく父親の代に固定種のネギを育てていたから、やり方はだいたいわかってた。最初の年からちゃんと収穫できたよ。

青い葉ネギと白い根深ネギ

ネギは、緑色の部分が長い「葉ネギ」(青ネギ)と、白い部分か長い「根深(ねぶか)ネギ」(白ネギ)に大きく分けられます。例えば、古くから栽培されている京野菜の「九条ネギ」は「葉ネギ」の1つ。
江戸時代にネギが大坂(阪)から江戸に持ち込まれたとき、気候や土壌の違いから順調に育たず、江戸ではネギの下部に土寄せして(土をかぶせて)栽培する技術が広まったとされ、土をかぶって日の当たらない部分が白く長くやわらかい「根深ネギ」が出回ります。西日本では「葉ネギ」、東日本では「根深ネギ」が主流の時代もありましたが、今では地域に関係なく用途によって使い分けられていますね。

「根深ネギ」は、ネギの下部に土をかぶせて栽培

「江戸千住葱」は土寄せして栽培される根深ネギ。白い部分はシャキシャキした食感で香りがよく、加熱するとしっかりと甘みが出てトロッとした食感に変化するのが特徴。青い部分までやわらかく、おいしく食べられます。

夏ごろに植えたネギは、1月~3月ごろが収穫期。半年以上費やして、手塩にかけて育てられる

江戸千住葱で根深汁! 池波正太郎も愛した江戸の味

では、「江戸千住葱」を使ったしシピをご紹介。
教えてくださったのは、東京都墨田区の「東京特産食材ともんじゃの店  押上よしかつ」店主佐藤勝彦さん。佐藤さんは東京産の食材を使った“東京の郷土料理”を追求するなかで、伝統野菜にどっぷりハマりました。江戸時代に作られていた料理など、食文化の歴史にも精通しています。

佐藤さんが作ってくださったのは「根深汁」。
「根深」は先述した通り土寄せして育てられた白ネギのこと。「根深汁」は、ネギを使った味噌汁です。

「根深汁」はネギの味噌汁!

この「根深汁」、食通としても知られる時代小説家・池波正太郎さんの作品にたびたび登場するんです。『剣客商売』シリーズなどに記述があり、『鬼平犯科帳』の一編「墨つぼの孫八」では、鬼平が「舌が焼けるような根深汁」と卵かけご飯を食べ、「む。うめえな……」と汁をおかわりする場面があります(文春文庫『鬼平犯科帳』第13巻より)。
佐藤さんは江戸時代の暮らしを考証して、レシピを考えてくださいました。

材料は、味噌とネギだけ!

佐藤さん:江戸時代の町人や下級武士の生活を考えてみると、わざわざ昆布やカツオ節を手に入れて出汁をひいていたかどうか。……そこまでしていなかったんじゃないかと思うんです。
今日は味噌とネギ、これだけで作ってみます。出汁をひかなくても「江戸千住葱」の旨みを引き出せば、おいしい味噌汁ができますよ!

ということで、材料は
・ 水(500CCほど)
・ 味噌(50グラムほど)
・ 江戸千住葱 2本ほど
これだけです。
※ 2~3杯分。分量は目安です。適宜調整してください。

佐藤さん:コツは、水の段階からネギを入れて、しっかり煮ること。

「江戸千住葱」を大き目に切り、水を張った鍋に投入。火を着けて沸騰させます。
沸騰したら弱火にして味噌を溶く。終了。

ネギを大きめの輪切りに。幅2センチくらいはあります。「青い部分も少し入れたいですね」と佐藤さん

水の段階からネギを入れるのがポイント。沸騰させて、いったん火を止めてから味噌を溶かしてもいいが、熱い味噌汁を食べたい方は弱火を保ったままで

東京産の食材にこだわる「よしかつ」のおすすめトッピングは、青ヶ島産の一味唐辛子。香りがよく、辛味がネギの甘さによく合う

ネギの甘さと食感がいきて、出汁なんてひかなくて十分と思えるおいしさ。なにより、本当に身体が温まります。メインがコンビニ弁当の日でも、この味噌汁だけを作って添えればかなり食事が充実しそうです。
「江戸千住葱」が手に入らなくても白いネギがあったらぜひお試しください。

「江戸千住葱」は気候や収穫状況にもよりますが、だいたい1月~4月くらいまで出回っています。現状では出荷量が非常に限定されていてなかなか手軽に買えるものではないですが、「よしかつ」ほか素材にこだわった飲食店で提供しており、一般向けには2020年現在「伊勢丹 新宿店」と「松屋浅草」「松屋銀座」で販売しています。

「葱善」

公式サイト

「東京特産食材ともんじゃの店 押上よしかつ」

住所:東京都墨田区業平5-10-2
営業時間:
月~土17:00~24:00(22:30までに入店)
日・祝 11:30~14:00(夜は予約営業)
定休日:不定休
※営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗に要確認。
公式サイト

書いた人

寺社巡り、歳時記、やきものなど、さまざまな日本文化にまつわるウィークリーブックの編集担当を経て、料理専門誌編集部へ。たんぱく質不足。炭水化物過多。お腹はゆるゆるでいいが背中はバキバキでありたいので、背筋を中心に日々トレーニングしたりしなかったり。