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Culture
2020.04.14

江戸の6割が消失した緊急事態!明暦の大火が今の東京をつくった!

この記事を書いた人

現在、日本各地で「緊急事態宣言」が発令されています。目に見えない恐怖との戦いがいつまで続くのか、不安な日々を送っている方がほとんどでしょう。

このような緊急事態は、歴史を振り返ると日本でもたびたび起こっていました。そのひとつが「明暦の大火(めいれきのたいか)」。江戸の町が6割も焼失してしまった、歴史的な大火事です。この緊急事態から江戸の人々は多くのことを学びました。その工夫は今の東京にも残されています。

明暦の大火の惨状

明暦の大火が起こったのは1657年、第4代将軍・徳川家綱の時代です。火事の火元や原因には諸説あります。中でも、供養のために寺で焼いていた振袖が風に乗り、飛ばされて火が広がったとする見方が有力です。このため「振袖火事」とも呼ばれています。

「江戸大火之図」国立国会図書館デジタルコレクションより

炎は瞬く間に広がりました。当時の江戸は多くの地域で木造家屋が密集し、防火施設も現代ほど整備されていなかったためです。

火は2日間にわたって燃え続け、死者は10万人に上るとも伝えられています。庶民の家はもちろん、江戸城の天守閣・本丸・二の丸まで焼失し、そのまま天守閣が再建されることはありませんでした。

大事件で沸き上がる「陰謀説」

大きな事件が起こると、にわかに「陰謀説」が湧き上がるものです。明暦の大火でもさまざまな憶測が生まれました。例えば以下のような噂が残されています。

  • 慶安事件で処罰された、由井正雪(ゆいしょうせつ)の仲間による放火説
  • 都市改造を狙う幕府の放火説
  • 老中・阿部忠秋(あべ ただあき)の失火説
  • その他伝説とも言えるさまざまな噂
  • 火元の真相はわかりませんが、幕府や時の権力者に「陰謀」を感じてしまうのは、いつの時代も変わらないようです。庶民の家から火が出たという可能性だってあるはずなのに、です。

    明暦の大火が、今の東京をつくる

    この大火事をきっかけに、幕府は大規模な都市改造を行いました。それは今の東京の街並みにも大きな影響を与えています。

    広小路

    広小路とは、文字通り道幅の広い道のこと。火事の延焼を防ぐため、明暦の大火を契機に設置されるようになりました。駅名にもなっている「上野広小路」のほか、両国・浅草・本郷などに設けられています。

    広小路は建物の建造を禁止されていましたが、移動可能な芝居小屋などが集まるようになり、徐々に文化や娯楽が生まれる地へと変貌。そして、今の賑やかな大通りの姿となったのです。

    現在の賑やかな上野御徒町周辺

    両国橋

    火の手が迫る中、多くの人々が向島(墨田区)方面へと逃げました。しかし隅田川が行く手を阻み、多くの人が命を落としたのです。

    これをきっかけに、防衛面から隅田川に架ける橋は「千住大橋」以外認めなかった幕府が、「両国橋」を架けたのです。また、橋の対岸にある「回向院(えこういん)」は、明暦の大火で亡くなった人々を弔うために建立されたお寺です。

    両国橋

    本所・深川

    明暦の大火では、大名藩邸や旗本屋敷など、武士の住居も数多く焼けました。そのため多くの武家屋敷や寺社が「本所・深川」と呼ばれる地域に移転したのです。

    東京下町の賑わいは、実は明暦の大火をきっかけに生まれたものだったのです。

    深川エリアの美しい夜桜

    困難を乗り越えたから、今の賑やかな東京がある

    東京の6割が焼失してしまったら、私たちの生活はどうなってしまうのでしょう。考えたくもないことでしょうが、江戸の人々は大きな困難を乗り越えて、今の賑やかな東京の街並みをつくりました。

    緊急事態の最中にいる時は、明日をも知れぬ恐怖と不安に包まれてしまうかもしれません。それでも江戸は復興し、長く平和な「江戸時代」と、東京という一大都市の礎を築いたのです。

    今、世界中で外出禁止が叫ばれる中、新たな取り組みやライフスタイルが生まれつつあります。この困難を乗り越えれば、新たな世界の誕生に立ち会えるかもしれません。きっと、もう少しの辛抱です。

    アイキャッチ画像:「江戸大火之図」国立国会図書館デジタルコレクションより

    書いた人

    大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。