「世界ハ是レ即チ一ツノ大戯場」すなわち「世界はひとつの大劇場」。この、シェイクスピアの名言“All the world’s a stage〜”とも似た言葉を、英国から遠く離れた日本で、しかも江戸時代に語った絵師がいました。それが、荒唐無稽(こうとうむけい)な絵を描き続けた脱力絵の奇才・耳鳥斎(にちょうさい)です。
耳鳥斎って誰だ?
耳鳥斎「絵本水や空」安永9(1780)年 木版墨摺 23.5×16.5cm 国立国会図書館
江戸時代後期、鳥羽絵(とばえ)と呼ばれるマンガのような戯画が流行していた大坂で、酒造業を営んでいた耳鳥斎。財産を使い果たして骨董商に転職すると同時に、独学で絵をまなび、オリジナリティあふれる戯画を描き始めました。実は踊りなど旦那芸(だんなげい)の稽古に励んだり芝居の舞台に出たりもした趣味人で、妙にキマジメな面もあったとか。ふりきった滑稽さやおかしみの背景にも、どこか都会的で乾いた印象が感じられるのは、そんな出自の所以(ゆえん)でしょう。
耳鳥斎「絵本水や空」より中村次郎三演じる薬師寺次郎左衛門。あまりにかわいくて2018年和樂ボーイ「ワラえもん」として活躍中! 国立国会図書館
さて、かわいらしい歌舞伎役者絵が描かれた「絵本水や空」の序文によれば、耳鳥斎の絵は「狩野派でも土佐派でも流行りの鳥羽絵でもなく、世の中から脱線した一匹狼による」「水や空のようにつかみどころのない画」。世間の常識を飄々と超えていく洒脱な筆致は、大坂琳派の画家・中村芳中(なかむらほうちゅう)にも影響を与えたといわれています。
耳鳥斎「かつらかさね」享和3(1803)年 木版色摺 縦25.5×横18cm 国立国会図書館
ほかにも、上方の年中行事を描いた「かつらかさね」など多くの作品を発表した耳鳥斎。いずれの絵にも、デフォルメされたポーズにギャグ漫画のような表情の“へんてこな人々”が現れては、私たちを思いっきり脱力させますが、実は画面構成がきわめて垢抜けているのも大きな特徴です。
耳鳥斎の…ここが脱力マジック5
頑丈と不頑丈、臆病者と大胆者など正反対の画題を並べ、すっとぼけた解説を添えた木版摺りの「絵本古鳥図賀比」(国立国会図書館蔵)。ユーモラスな脱力顔や滑稽なポーズなど、雑に描かれたようにも思えますが、実は素描力がかなり高いことが見てとれるのです。