日本でも西洋でも、人は美しい絵や彫刻に神や仏をうつし、その姿に愛や救いを求めてきました。人が無条件に心を預けたくなる美しさ、心から信じることのできる美しさ。それこそがアートのもつ不思議な力なのかもしれません。
この世を祝福する愛の女神
「愛されたい」という想いが満たされるとき、人は無上の幸せを感じます。ルネッサンス期イタリアを象徴するテンペラ画「ヴィーナスの誕生」。そこに描かれているのは、神々の国から人間の国へ、ギリシア神話の女神ヴィーナス(アフロディーテ)が愛を運んできた場面。海の泡より誕生し、人々に祝福を与えるために出現したのです。
サンドロ・ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」1485年 ウフィッツィ美術館 ©Erich Lessing/PPS通信社
また、仏教の守護神である吉祥天女像は、うっとり見惚れる美しさで人々に愛をさずけます。愛と美の象徴であり、罪の懺悔に対して福徳をさずける秘仏。その姿は写真家の土門拳に「日本一の美人」と称えられました。蓮華座や衣には奈良平安時代の彩色技法である繧繝彩色が施されています。
「吉祥天立像」重要文化財 鎌倉時代 像高90.0㎝ 檜材割矧ぎ造 彩色截金 浄瑠璃寺
愛とは祝福されること。ふたりの美しい女神は、見る者に「いま祝福されている」という満ち足りた気分をもたらすのです。
心が救われるその幸福な安堵感
「ああ、救われる」そう思わせてくれる絵画もまた、幸せな美術でしょう。極楽に住む阿弥陀如来が金色に輝く雲で往生者を迎えに来る来迎図。画面右下の往生者を迎えるため、阿弥陀如来と二十五菩薩が山頂を越え飛雲に乗って、降下するさまが描かれています。飛雲を正方形画面の対角線上に配することで疾走感を演出。スピード感あふれる表現から「早来迎」と称されます。
「阿弥陀二十五菩薩来迎図」国宝 鎌倉時代 絹本著色 145.1×154.5㎝ 知恩院
人格者であり、天使を描く名手でもあったフラ・アンジェリコ作のフレスコ画「受胎告知」。本作もまた、美しい筆致と色彩で救いの時を描いています。温かい眼差しと微笑みをたたえた大天使ガブリエルが聖母マリアに、救世主・神の子イエスを宿したことを告げる場面。当時流行の建築だった回廊やアーチも描かれています。
フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年ごろ サン・マルコ美術館 ©akg-images/PPS通信社
今回ご紹介した作品たちは、絵の中の人々を救うと同時に、この絵を見る人にも、温かな救いの手を差し伸べているのです。