取材は2024年12月上旬に行った。 尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
書について学んだ前回の記事はこちら
書の究極は「モテるか、モテないか」? 『光る君へ』書道指導・根本知先生と妄想トーク
中国書道の筆の持ち方は、日本と違う。遣唐使廃止で持ち方を“間違えた”?
給湯流茶道(以下、給湯流):さっそくですが、根本さんに平安かなの筆の持ち方からお教えいただきたいです。
根本知(以下、根本):その前に、まず中国の筆の持ち方をご紹介しましょう。
いくつかあるのですが、こちらは撥鐙法(はっとうほう)という持ち方です。
阿部顕嵐(以下、阿部):3本の指が際立って見えます。ぜんぜん日本と違いますね。
根本:平安時代に遣唐使を廃止したことで、このような中国の筆の持ち方がわからなかった。だからちょっと違うかたちで筆を持ってしまったのではないかと思っています。こんな感じです。
阿部:「持ち方がわからない」(笑)。
根本:中国の筆の持ち方をやめたのが、平安かなにとっては大事だったのですよ。中国の三本指の持ち方だと筆が垂直になる。そうすると鋭い線になります。
根本:ですが、平安貴族のように2本指でもつと、筆が斜めになる。これが、日本で柔らかい文字を生んだ理由だと僕は思っています。
根本:ちなみに、江戸時代になると特に水墨画などで、中国の持ち方が流行ります。
阿部:なぜですか?
根本:中国文化がもう一度日本に入ってくるのが、江戸時代だといえます。中国の精神性が重要視されたのです。
給湯流:なるほど。たとえばインゲン豆を日本に普及させたという、隠元(いんげん)さんは、江戸時代に中国から来日した僧侶。その隠元さんが中国の新仏教を広め、日本で流行したとか。江戸時代は、中国文化への憧れが再燃したのですね。
阿部:時代によって、筆の持ち方が全然違うのは、面白いです。
根本:ちなみに、今日使う筆は大河ドラマ『光る君へ』撮影のためにつくった筆です。
根本:中に紙が巻いてあります。だから毛先しか下りないので、細い平安かなが書きやすいと思います。有芯筆(ゆうしんひつ)といって、平安時代に使われた筆なのですよ。
阿部:書きやすい工夫があるのですね。
平安時代、心の形は“ひも”だと思われていた?
根本:では、筆を持ってみましょう。まずは、柳の葉を描いてもらいます。
阿部:字ではなくて、葉ですか?
根本:日本で初めて天皇の勅命で作られた和歌集『古今和歌集』がありますよね。その冒頭にこんなメッセージが書かれているのですよ。
「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」
意訳:和歌は、人の心をもとにして、さまざまな言葉となったものである
阿部:なるほど、言の葉。言葉という単語は、葉という文字が入っている。
根本:平安時代の人々は、心ってどういう形だと考えたと思います?
阿部:丸、かな?
根本;平安時代の心は、ひも状です。
阿部:ひも! だから「縁結び」などというのですね。
根本:そう。言葉は葉っぱで、それが紐状になったものが柳と平安時代は考えていました。若い青柳から、芽吹きが糸みたいにひゅって出てくる。平安の人々は、柳を心のシンボルだと思っていたようです。
連綿と続く平安かなは、葉っぱと枝の繰り返しです。柳が降りてくるように書いてるのですよ。心の形として平安かなは、ひも状に繋がり絡まりあう。
阿部:心の形を、葉と枝で描く。ロマンチックですね。
葉のつながりである平安かなは、金継ぎにもつながる日本文化の根幹
根本:では、柳の葉を描いてみます。
給湯流:唐津焼の模様みたいですね。
根本:そうですね。今の習字はぐーっと引くような感じの練習をしますが、平安かなは別物で、流れ続ける。止まっているように見えるけど、じつは微弱に動いているような感じ。この“流れ”は、金継ぎや、茶碗の梅花皮(かいらぎ)を愛でる日本文化に通ずると僕は思っています。
大井戸茶碗 有楽井戸/重要美術品/朝鮮時代・16世紀/松永安左エ門氏寄贈/東京国立博物館/出典:colbase
阿部:金継ぎにも通じるのですか。面白いです。
平安かなは、普段しゃべっていることを筆記するための道具
根本:では柳の葉っぱを描いてみましょう。
根本:太く、細く、抜いて~、毛先で横~。太く細く抜いて~。まだ押しちゃっていますね。押したらだめです。つまさき立ちのようなイメージで抑揚をつけてください。
阿部:習字のように力をいれたらだめなのですね。
根本:力を抜くイメージで「の」を書いてみましょう。
阿部:腕自体を動かしてもいいのですか?
根本:いいですよ。どうやってもいいのです。
阿部:細かい型などを気にする次元ではないのですね。
根本:そうです。机の上で書くときは、筆の下のほうを持てばいいし、和歌をよむときはこんな風に筆の上のほうをもって書いてもいい。
阿部:うわ、かっこいい!
根本:でしょ(笑)? 男性の平安貴族はこうやって手紙を書き、意中の女性に送った。女性は、もらった手紙を基本、既読スルーします。
阿部:既読スルー(笑)。
根本:会ってみたいと思う時だけ、女性から手紙の返事がくる。女性が「こんな素敵な文字を書く人なら会ってみたい」と。だから男性陣は恋のために、字を練習したと僕は思います。
阿部:モテるために字を習う! シンプルですね。
根本:最初に筆や墨が日本に渡ったときは、中国語という外国語を書く手段だった。ですが、平安かなは普段しゃべっていることを筆記するために考えられた。口述筆記ですね。だから、ご自身の呼吸で歌うように書けばいいのです。
阿部:素敵ですね。
根本:顕嵐さん、初めて平安かなを書いたとしては、とても上手くいってます。このまま「ゆり」も書いてみましょう。
給湯流:さすが阿部さん! 吸収が早い。
根本:「ゆり」も、葉っぱが何枚もつながっているイメージで書いてください。
阿部:楽しい! 「流れ」という考え方もいいですね。
給湯流:平安貴族が使っていた有芯筆。初めてお使いになったと思いますが、いかがでしたか?
阿部:とても書きやすかったです。筆の先を感じやすい、というイメージ。
根本:平安かなは、「命毛(いのちげ)」といって、一本の細い毛を感じることが大切だと考えます。命毛を感じてもらえたのは、うれしいです。
給湯流:最後に、平安かなへ興味をもった読者のかたへメッセージをお願いします。
阿部:今は文章を書くといえば、スマホやパソコンを使うことがほとんど。だから、文字を書くのが楽しかった。心をこめて手紙を書くというのも素敵です。有芯筆ならとても書きやすいですし、ぜひみなさんも平安かなを体験してみていただきたいです。今日はありがとうございました。
写真/篠原宏明
インタビュー・文/給湯流茶道
根本知
博士(書道学)。
2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」題字揮毫および書道指導。
立正大学文学部特任講師。
腕時計ブランド「GrandSeiko」への作品提供(2018)やNYでの個展開催(2019)など創作活動も多岐に渡る。
無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020〜)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。
また、近著に『平安かな書道入門 古筆の見方と学び方』(2023、雄山閣)、『書の風流 ー 近代藝術家の美学』(2021、春陽堂書店)がある。
https://www.nemotosatoshi.com/
「平安かな書道入門 古筆の見方と学び方」
2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」題字揮毫および書道指導を担当した気鋭の若手書道家・根本知さんによる、平安時代の「かな書道」入門。紫式部も書いた美しい〈平安かな〉の世界へ優しく導きます。
筆について、紙についてといった初歩的な事柄から、平安時代の代表的な古筆と伝承筆者の紹介、実際の筆の持ち方、運筆についてなど、鑑賞と実践の両面から「平安かな書道」の魅力を一般読者にもわかりやすく解説。図版・写真等全ページオールカラーで掲載。
くわしくはこちら
根本さん愛用! 日本で唯一有芯筆をつくる「攀桂堂」
1700年代に操業、和紙を巻く巻筆の技術を今に伝える工房です。
http://umpei-fude.jp/
阿部顕嵐お知らせ
阿部顕嵐 OFFICIAL SITE >> https://alanabe.com