世界中の美術館を巡るような、夢いっぱいのオープニング映像
「映画ドラえもん」シリーズでは、白亜紀や宇宙など、現実とかけ離れた世界で冒険が繰り広げられるのはご存じの通り。最新作『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』では、ひみつ道具「はいりこみライト」を使い、不思議な絵の中に入っていくことで物語が始まります。
美術館で作品と向き合うとき、そこに描かれている絵の中に入ってみたいと考えたことがありませんか? その夢をかなえてくれるのが、映画の冒頭で流れるオープニング。ミュシャ、ゴッホ、ムンク、クリムト、尾形光琳、伊藤若冲、歌川広重など、古今東西の名画の中にドラえもんたちが入っていく映像は、まるで世界中の美術館巡りをしているよう。映画館の大きなスクリーンが絵世界への没入感を高めてくれます。
中世の世界を、まるで見てきたように描く美術スタッフ
のび太たちがたどり着いたのは、13世紀の南ヨーロッパに栄えたアートリア公国。映画のために生み出された架空の国ですが、かつて実際に存在したと思わせるようなリアリティで描かれています。寺本幸代監督ら制作スタッフは中世の城や遺跡が残るイタリアロケを敢行し、現地で感じた空気感を映画に落とし込んでいきました。
寺本幸代監督のコメント
「外国の景色や建物はネットでも見られるからロケに行っても変わらないんじゃないかと思っていたんですけど、やっぱり実際に行ってみたら全然違いましたね。とくに日差しの強さを肌で感じられたことが収穫でした。日の当たる場所はものすごくまぶしくて暑く、影の部分はとても暗くて涼しいんですね。こんなに光と影のコントラストが強いんだなって。これを映画で表現しようとみんなで話していました」
イタリアロケで得た収穫を絵で表現したのは美術のスタッフたち。アニメ制作では、背景画のことを美術と呼びます。現代のアニメ制作現場では作業の多くがデジタル化されていますが、コンピュータが勝手に絵を生み出してくれるわけではありません。画材が紙や絵筆からペンタブなどに変わっただけで、すべての絵は人間によって描かれています。
美術チームを率いる美術監督の友澤優帆さんは、新海誠監督の『君の名は。』『すずめの戸締まり』などに参加した気鋭のクリエイター。リアルな背景描写を得意としています。
友澤優帆美術監督のコメント
「その世界に入り込んでいる気持ちを味わえるのは、劇場映画ならでは。どの場面も、観る人がそこに行った気になるくらい、みんなでがんばって描きました。映画を見終えた人に、あの場所に行ったことあるって思い出してもらえたらうれしいです」
普段アニメを観るときはキャラクターを目で追っているという人も、本作の背景美術に注目してください。テレビアニメよりも格段に写実的に描かれるのび太の住む町や、絵世界らしく絵筆のタッチが残された「まよいの森」、中世そのもののアートリア城下町など、一つひとつの背景がまるで美術作品のようです。
中でもおすすめしたいのが、アートリア公国で宮廷画家になるための修行をしている少年、マイロのアトリエです。13世紀の画家がどのような環境で絵を描いていたのか。友澤さんはさまざまな資料に目を通したうえで、想像の翼を広げてリアルなアトリエを描いています。例えば絵の具。現代のようなチューブの絵の具が使われるようになったのは18世紀末のことで、中世の画家たちは鉱物などを砕いて欲しい色を手作りしていました。その様子を私たちは、21世紀の映画館で垣間見ることができるのです。
フェルメールからドラえもんまで、人々を魅了する青
マイロは、幼なじみのお姫さまクレアの肖像画に着手していますが、絵を完成させることができません。なぜならクレアの瞳は、見る角度によって色が変わる「アートリアブルー」と呼ばれており、その色を作り出せる鉱石を見つけられないのです。
マイロに限らず、古くから青は、画家たちにとってあこがれの色でした。有名なところでは「フェルメール・ブルー」があります。『真珠の耳飾りの少女』が額にまくターバンや、『牛乳を注ぐ女』のエプロンに使われるあざやかな青。それを生み出すラピスラズリという鉱石はたいへん貴重で、当時は金よりも高価でした。フェルメールが亡くなったときに残した多額の借金は、この青い絵の具代によるものとも言われています。
日本では、江戸時代に「ベロ藍」が広まりました。ベルリンの染色・塗料職人によって偶然発見された青色顔料は、水によく溶け、あざやかな色を保ちながら濃淡で遠近感を表現しやすいと浮世絵師たちに重宝されます。ベルリンの藍を略したベロ藍は、『冨嶽三十六景』シリーズの空や海に使われており、別名「北斎ブルー」とも呼ばれています。
フェルメール・ブルーやベロ藍と同様に、クレアの瞳やアートリア湖の湖面で表現されるアートリアブルーも見る者の心をつかみます。この映画の中でしか見ることのできない美しい青は、劇場を出たあとも目を閉じればあざやかに浮かんでくるでしょう。
ちなみに原作者の藤子・F・不二雄さんは、ドラえもんの体の色をサクラクレパスの水彩絵の具で着色していました。子どもたちにもなじみ深い画材で「ドラえもん・ブルー」が塗られているって、ちょっといい話ではありませんか。