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2025.07.10

2025年「広重展」が大英博物館で初開催!ゴッホも愛した浮世絵師の秘密とは

ロンドンで広重展が開かれた理由

『名所江戸百景』より《大はしあたけの夕立》、1857年、木版画。所蔵:大英博物館。
Sudden Shower over Ohashi and Atake (Ohashi Atake no yudachi) from 100 Famous Places of Edo (Meisho Edo hyakkei), 1857, woodblock print. @The Trustees of the British Museum

図取は全く写真の風景にて遠足障なき人たち一時の興に備ふるのみ。
歌川広重『富士見百図』 自序

『東海道五十三次』や『冨士三十六景』といった連作に見られる詩情豊かな風景表現の創作者、歌川広重(1797–1858)。彼は40年にわたる画業の中で、絵本を数十冊、絵画を数百点、木版画を数千点制作した、日本で最も多作かつ成功した浮世絵師の一人でした。

葛飾北斎(1760–1849)の『冨嶽三十六景』(1830〜32年頃)に続き、広重は浮世絵における風景画ジャンルの確立に大きな役割を果たしました。

ロンドンの大英博物館では、2025年5月1日、広重に関する初の展覧会を開催しました。同館は1868年、広重の没後わずか10年でその作品を収蔵し始めており、今回の展覧会は、アメリカの収集家アラン・メドーから「アメリカ大英博物館友の会」への35点の寄贈と、同氏所蔵の82点の特別貸与を契機としています。これらは日本国外で最良の広重版画コレクションとして知られ、訪れた人たちは『阿波鳴門之風景』(1855年)や『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』(1857年)といった、保存状態の優れた初摺を間近に鑑賞する貴重な機会を得られます。

『六十余州名所図会』より《阿波 鳴門の風波》、1855年、木版画。所蔵:アラン・メドー氏。
Awa: The Rough Seas at Naruto (Awa Naruto no kazanami) from Illustrated Guide to Famous Places in the 60 odd Provinces (Rokujū yo shū meisho zue), 1855, woodblock print. Collection of Alan Medaugh. @Alan Medaugh

『名所江戸百景』より《亀戸梅屋敷》、1857年、木版画。所蔵:アラン・メドー氏。撮影:Matsuba Ryōko
The Plum Garden at Kameido (Kameido ume-yashiki) from 100 Famous Places of Edo (Meisho Edo hyakkei), 1857, woodblock print. Collection of Alan Medaugh. @Alan Medaugh. Photography by Matsuba Ryōko

展示された彼の描いた風景を見ていると、私はまるで江戸時代の日本を旅しているかのような感覚になります。街道をゆく人々とともに、山へ、海辺へ、川沿いへと誘われる――詩的で夢のような時空を超えた旅です。

「この展覧会では、アラン・メドー氏からの寄贈作品、氏の所蔵品の中でも選りすぐりの名品、さらには大英博物館および他の主要貸与元の所蔵品を、一堂に紹介することができました」。展覧会キュレーターのアルフレッド・ハフト氏はそう話します。

1830〜40年代、国内旅行への関心の高まりを背景に、北斎と広重によって風景画および名所絵の新たな流行が生まれました。広重は京都と江戸を結ぶ重要な街道――東海道(海沿いの道)と中山道(山岳の道)――を旅しながら、実際にその風景を描きました。1832年に東海道を旅し、これが1833〜35年頃にかけて制作された人気シリーズにつながります。

『東海道五十三次』より《日本橋 朝之景》、1833~35年頃、木版画。所蔵:大英博物館。
Nihonbashi: Morning Scene (Nihonbashi asa no kei) from The 53 Stations of the Tōkaidō (Tōkaidō gojūsan-tsugi no uchi), c. 1833-35, woodblock print. @The Trustees of the British Museum.

広重は、この東海道五十三次を題材に20以上の異なるシリーズを制作し、その題材に対するロマンチシズムを反映しました。1837年の春夏には、木曽街道を旅し、画家・渓斎英泉(1790–1848)から引き継ぐ形でそのシリーズも手がけました。

『木曾街道六十九次』より《洗馬》、1830年代後半、木版画。所蔵:大英博物館。
Seba from The 69 Stations of the Kisokaidō (Kisokaidō rokujūkyū-tsugi no uchi), late 1830s, woodblock print. @The Trustees of the British Museum.

この木曽街道シリーズの版画は1906年に大英博物館に収蔵され、1916年刊行の『大英博物館所蔵 日本・中国木版画目録』にも掲載されてします。

『木曾街道六十九次』より《大井》、1837〜1839年頃。ローレンス・ビニョン著『大英博物館東洋絵画部所蔵 日本・中国木版画図録』(1916年、大英博物館、ロンドン)に所収。所蔵:大英博物館。
Oi from The 69 Stations of the Kisokaidō (Kisokaidō rokujūkyū-tsugi no uchi), c. 1837-39, illustrated in Laurence Binyon: Catalogue of Japanese & Chinese Woodcuts Preserved in the Sub-Department of Oriental Drawings in the British Museum, The Trustees of the British Museum, London, 1916.

ハフト氏はこう語ります。「広重が描いたのは、人間・自然・文化が調和する詩的な世界です。彼の穏やかなまなざしによって、日常の光景が鮮やかな色彩で表現され、観る者を調和の世界へと導きます。かつての人々が家を出ずとも新たな景色に触れられたように、私たちも今日、広重の版画から同様の体験ができるのです」。

ゴッホが購入した浮世絵は

美術史的な観点から興味深いのは、広重が今なお人々を魅了し続けているだけでなく、特に西洋において後の世代の芸術家に与えた影響の大きさにあります。1858年に広重が亡くなったちょうどその頃、日本の開国に伴って浮世絵が西洋諸国へと輸出され始め、その多くの版画の中でも広重の作品はとりわけ注目を集めました。彼はすぐにヨーロッパのアヴァンギャルドにおいて、最も称賛される日本人アーティストの一人となっています。

画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)は浮世絵の蒐集家であり、販売も試みた人物です。彼は『名所江戸百景』から『大はしあたけの夕立』と『亀戸梅屋舗』を所有しており、これらは数百点の浮世絵と共に、パリの東洋美術商ジークフリート・ビングから購入したと考えられています。

1887年、ファン・ゴッホは『花咲く梅の木(広重による)』と『雨の橋(広重による)』の油彩画を描き、これらは現在、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館に所蔵されています。とくに『梅の木』においては、彼が広重の版画を格子状にトレースして油彩へと転写したことが分かっており、その両方が今回の展覧会では展示されています。さらに、大英博物館の研究者カプシーヌ・コーレンスベルクの新研究によれば、ファン・ゴッホは初摺の色彩(たとえば梅の花の黄色の芯)にも基づいていたことが明らかになりました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《花咲く梅の木(広重による)》、1887年、油彩・カンヴァス。所蔵:アムステルダム、ゴッホ美術館
Vincent Van Gogh: Flowering Plum Tree (after Hiroshige), oil on canvas, 1887. Collection of Van Gogh Museum, Amsterdam.

続く現代への影響

広重の影響は19世紀末の芸術家にとどまらず、現代まで続いています。たとえば、1960年代以降の日本版画界を牽引してきた野田哲也(1940年生)の作品も紹介されています。彼は『大はしあたけの夕立』の構図に触発され、2002年2月、ロンドンのテート・モダンからミレニアムブリッジを見下ろした風景を描きました。

野田哲也《日記:2002年2月23日、ロンドンにて》、2002年、木版・シルクスクリーン併用。作家の許可を得て掲載。
Noda Tetsuya: Diary: Feb. 23rd ’02, in London, woodblock and silkscreen print, 2002. Reproduced by permission of the artist. @The Trustees of the British Museum

この作品は広重が用いた俯瞰視点や、広重から影響を受けた画家ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(1834–1903)によるロンドンの霧景表現を想起させます。

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《夜景:青と金 - オールド・バタシー橋》、1872年、油彩・カンヴァス。所蔵:ロンドン、テート・ブリテン
Whistler, Nocturne: Blue and Gold – Old Battersea Bridge, oil on canvas 1872. Collection of Tate Britain, London. Presented by the Art Fund 1905 http://www.tate.org.uk/art/work/N01959

より直接的な影響は、ニューヨーク在住のアーティスト・Koya Abe(1964年生)の作品に見られます。彼は2000年以降、広重をはじめとした著名な浮世絵を素材にデジタルアートを制作しているアーティストです。彼の『アニミズム』シリーズ(2011年)には、『東海道五十三次』の第三十二番宿『洗馬』に基づく『After Seba』と題した作品があり、青い月光の光輪は初摺版に存在したもので、後摺では省かれた点に注目すべきでしょう。

Koya Abe『アニミズム』第19号より《洗馬》に基づく作品(©Koya Abe)
After Seba from Animism, no. 19

この『アニミズム』シリーズ(全26作品)は、2011年3月11日の東日本大震災を受けて制作されたといいます。「私の家族は東北に長く住んでいたので、この災害は個人的にも大きなショックを受けました」と彼は語ります。シリーズ内の作品では、人間の痕跡がほぼすべて消し去られ、まるで人類そのものが自然に還ったかのような情景が広がります。

「……人間は自然に属し、自然の産物にすぎない。人が死ぬとき、その人は自然へと還り、大地となる。それが輪廻なのだ」(Koya Abe)

このシリーズには、葛飾北斎の作品に基づいたモチーフも含まれています。『赤富士による(After Red Fuji)』では、日本を象徴する最も有名で(地質学的にも)不動の存在であるはずの富士山さえも姿を消し、風景は見渡す限りの空虚に包まれています。

Koya Abe『アニミズム』第1号より《赤富士》に基づく作品(©Koya Abe)
After Red Fuji from Animism, no. 1

また、別のシリーズ『Aesthetic(s)』(2014年)では、1950〜60年代の西洋ファッションイラストから抜き出した女性像を、広重の風景に組み合わせることで、時代錯誤でユーモラスな場面を創出しています。たとえば、夜の雪に覆われた金原宿の名場面では、1960年代風に冬服を着こなした女性が前景に立ち、視線をまっすぐこちらに向けています。一方、江戸時代の旅人たちは、彼女の存在に気づくことなく雪道を進んでいます。このような文化の二重性は、彼の作品全体を通して見られる主題でもあります。

Koya Abe『美学』第41号より《蒲原》(©Koya Abe)
Kambara from Aesthetics, no. 41

大英博物館はKoya Abeの作品を複数所蔵しており、今回の広重展でも、広重の影響が現代にまで続いていることを示すために、他の現代作家とともに彼の作品を展示しています。私の見るところ、彼の作品は特に際立っており、それは彼自身が明確なメッセージを持っているからだと私は考えます。彼は浮世絵という形式を通じて、現代の生活や文化について鋭い批評を加えており、それが非常に巧みなのです。

『After Seba』のように、2011年の東日本大震災と結びついたシリアスな作品もあれば、より軽やかなトーンのシリーズもあります。彼は模倣者ではなく、再解釈する表現者(reinterpreter)としての立ち位置を確立しているのです。

「私のアートにおけるアプローチは、日本人として写真を学び、同時にニューヨークという異文化で生活した経験に由来しています。浮世絵は私の人生にとって極めて個人的なものであり、今も作品の核を成しています。私にとって広重は、“写真の発明前に現れた最初の写真家”だったのです」

Koya Abe『複製/アメリカン・オリジナル』第22号より《ボールを持つ少女》(©Koya Abe)
Girl with a ball from Duplication / American Original, no. 22.

展覧会情報

今回の展覧会は、大英博物館が初めて企画した「広重展」であり、ロンドンでは四半世紀ぶりの開催となるため、世界から人々が足を運ぶ非常に特別な企画展になっています。特に保存状態の優れた初摺作品が展示されている点は大きな見どころの一つです。

現地メディアも非常に高く評価しており、イギリスの多くの人々にとって、これが広重の卓越した才能と出会う初めての機会になることでしょう。彼の作品は、あらゆる世代に響くものだと私は信じています。

「広重――旅路の画家」展は、大英博物館にて2025年9月7日まで開催中です。展覧会には、キュレーターのアルフレッド・ハフトによる研究成果に基づく、美しく緻密なカタログも併せて刊行されています。

「東路へ筆を残して旅の空 西の御国の名ところを見ん」
――歌川広重 辞世の句(1858年)

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マリーヌ・ワグナー

キュレーター、アートディレクター、「Tiger Tanuki: Japanese Art & Aesthetics」創設者。日本美術史の修士号取得後、出版業界やオークション業界を経て、現在はさまざまな観点から日本美術に関する執筆やキュレーション、アートディレクションを行っている。専門は日本の版画と19世紀から20世紀にかけての日本と西洋の文化交流。https://www.tiger-tanuki.com/
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