しかし、古邨が下絵を描き、彫師と摺師の手を経るという江戸時代の錦絵の技法で制作された木版画の数々は、何とも精緻で美しいのです。いや、それだけではありません。多くの作品を実際に目の当たりにしたつあおの口から出たのが、「鳥に対する精緻な観察眼とひたむきな愛がほとばしり出ている絵がものすごくたくさんありますね!」という言葉。まいこは「“絵”を“愛”で語るつあおさんの話がまた始まった」と笑いつつも、眺め歩く中でお気に入りの絵が少しずつ増えて行きました。
2羽が互い違いに枝にとまってますが、仲良く実を分け合っていそうですね
人真似が上手な九官鳥は江戸時代から飼い鳥として輸入されていたそうです
文・浮世離れマスターズ つあお&まいこ
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
鷹は何のために雀を温めているのか
つあお:鷹は日本の絵画の定番モチーフ。江戸時代には鷹が将軍や大名に飼われていたし、大空で鷹が風神を追いかけているような絵もある。先日のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』にも、将軍家の鷹狩の場面がありましたね!
まいこ: やっぱり鷹は狩ができるくらい強いから、将軍や大名に好まれたのでしょうね。でも、この鷹は、おとなしい感じがします。とまっている枝に雪が積もっている。寒いのかな?
つあお: 雪景色を描くのも、日本の絵画の定番です。まさに風流。ただ、鷹にしては勇猛な感じがしないのは確かです。
まいこ: 肩をすくめている感じでちょっと前かがみ。やっぱり寒がっているのかも。鷹の足元に小さい鳥がいますよ!
つあお:おお! 一体何の鳥でしょう?
まいこ: 鷹の赤ちゃんかと思いきや、種が違うような?
つあお: よく見ると、雀っぽい。
まいこ: えっ? なぜ雀が?
つあお: 絵のタイトルに「温め鳥」って書いてありますね。
まいこ: 鷹が雀を温めてるということ?
つあお: なんと。鷹って猛禽類だから、ほかのちっちゃな鳥を襲って食べたりしちゃうんですよね。普通は。
まいこ: そうそう! でも、この絵は違う。ひょっとしたら、寒いから鷹は雀をホッカイロにしちゃってるのかも!
つあお: なるへそ! たわくし(=「私」を意味するつあお語)はてっきり雀が寒がっていて、かわいそうだから温めてあげているものと想像したのですが、逆だったか。結構ちゃっかりしてますね(笑)
まいこ: 自然界は厳しいですから!
つあお: (笑) きっとそうだよね。ん? 絵の横のパネルの解説に物語が書かれてますよ。翌日、鷹は雀を解放した。しかも、その日はそっちのほうに狩りに行かなかったそうですよ。これぞ愛! 素晴らしい!
まいこ: つあおさん、それ本当に信じますか?
つあお: うわっ、そーきたか(笑)。たわくしは、鷹の愛を信じますよ。涙ちょちょぎれそうです。
まいこ: 性善説ですね。私は性悪説ですね! ホッカイロと翌朝の餌を兼ねた雀。まさに一石二鳥じゃないですか。
つあお:うひゃあ。
花菖蒲の下にたたずむ貴婦人
つあお: しかし、小原古邨は本当に鳥が好きですね。
まいこ: はい! こんな珍しい鳥の絵も!
つあお: 見たことないなぁ。何という鳥なのでしょう?
まいこ: 担当学芸員の日野原健司さんが、「“田んぼの貴婦人”と呼ばれている鳥」だとおっしゃてました。
つあお: 貴婦人かぁ。確かになんか貴婦人が好みそうな帽子をかぶってる感じがする。おしゃれだなぁ。
まいこ: そうそう、このピョンと立ってる羽飾りみたいなのがついてるから、そーゆーあだ名がつくのかな?
つあお: 花菖蒲の下にいるっていうのも、結構素敵じゃないですか。美しさを引き立て合ってますよね。
まいこ: 居場所まで気取ってる(笑)
つあお: 確かに、自分が鳥なら、こんなに素晴らしい場所に行ってみたいと思うかも。
まいこ: パラソルの下でくつろいでいるようにも見えます。
つあお: 小原古邨は大正時代を中心に活躍した絵師だけど、摺師と彫師が別にいて下絵を描いていたそうです。つまり、江戸時代の浮世絵師のような役回りで木版画制作に臨んでいた。
まいこ:へぇ!
つあお:ということは、この作品はひょっとしたら「美人画」の一種と言えるのでは!?
まいこ: なるほど! だから「貴婦人」。素晴らしい解釈ですね!
つあお: 古邨の鳥の絵って、結構リアルなのに美しい。まさに江戸時代に喜多川歌麿が描いた美人画のよう! 江戸の人々は、歌麿の美人画をまるでアイドルの写真のように見ていた。大正時代頃の古邨の絵の多くは輸出されたそうです。手にした鳥好きの欧米人たちはそれらの絵を見て、日本は鳥の楽園だ、とか思ったんじゃないですかね。
まいこ:大河ドラマ『べらぼう』では、版元の蔦屋重三郎が花を花魁になぞらえた浮世絵を出してヒットしていましたね。これはその鳥バージョンのようなものかもしれない。
つあお: きっとそうですよ。多分、描きたいものを別の姿に託す日本の絵師の見立ての伝統を受け継いでる。だからこんなに美しい鳥の絵をたくさん描いたに違いありません! 「美鳥画」と呼んでみたいですね。
まいこセレクト
熟れた柿をがっちり足でつかみ、「やった~」という喜びが全身から伝わってくるメジロさん! ワクワクしちゃって、尻尾もピンと上に伸びています。かわいいな~。でも、こんなにかわいい顔をして、これからものすごい勢いで柿をついばみ始めるのですよ、きっと。なんでわかるのかって? 実は、うちの庭の梅の木にも、花が咲くと毎年メジロさん達がやってくるのです。彼らは、枝がブンブン揺れるほどの勢いで梅の花をガシガシつつきます。おかげで花びらも派手に散るので、「もうちょっとやさしくして〜」と言いたくもなるのですが……。でも彼らが来た後はいい感じで梅が実るので、受粉に貢献してくれているようです。そのようなわけで、我が家ではメジロさんの姿を梅の花とセットでイメージしていたのですが、柿も大好きだということが今回の小原古邨の浮世絵からわかりました。それにしても、いつも家に来るメジロさんと比べて、このメジロさんはお腹がまんまるで太っている(笑)。鳥の世界でも、秋はやっぱり食欲の秋なのかしら?!
つあおセレクト
日本の絵画には、雨を描いた絵がかなり多いんです。しかも、雨を筋で描いていたりします。有名なのは、歌川広重の『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』(安政3年=1856年)。隅田川に掛かっていた「大はし」(現在の東京都江東区の新大橋の近くにあった橋)を渡っていた人々が、にわか雨から走って逃げている様子を風情豊かに描いた素晴らしい錦絵です。雨を筋で描く手法は、江戸時代半ばに錦絵の創始者として活躍した鈴木春信あたりの絵師による発案と考えられていますが、小原古邨もまた、錦絵の伝統を受け継ぎつつ、雨を筋で描いている。それがこの『雨中の小鷺』です。けっこうな雨が降っているように見えますが、小鷺は慣れっこなのか静かにたたずみ、逃げる様子はありません。雨も自然の一部として受け入れているのでしょう。
たわくしは、日本に雨を描いた絵画が歴史的にかなり多いことから、人々もまた、四季折々の味わいのある風景として楽しんできたのではないかと考えています。そして古邨は、この絵のほかにも何点も雨中の鳥を描いています。それは絵師自身が、雨の風景を味わっていたからでしょう。ただし、必ずしも江戸時代の錦絵のように筋で描くものばかりではなく、刷毛で引いたような表現もしています。抜群のテクニックを持っていた画家ゆえの、表現のバラエティなのでしょう。
この2羽は身を寄せ合っているのでしょうか。古邨の愛を感じます
この雉は雨の中にもかかわらず、優雅に、そして颯爽と飛んでますね!
つあおのらくがき
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
田鳧が「田んぼの貴婦人」であるならば、江戸時代に流行ったびいどろ(ガラス製の遊具の一種)を吹いたこともあろうかと。くちばしをうまく使うと吹けるかな!
展覧会基本情報
展覧会名:没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園
会場:太田記念美術館(東京・原宿)
会期:2025年4月3日~5月25日
前期 4月3日~29日
後期 5月3日~25日※前後期で全点展示替え
4月7、14、21、28、30日、5月1、2、7、12、19日は休館。
公式ウェブサイト:https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/80oharakoson/