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2025.08.21

水墨画から「気を味わう」とは?魅力を知る鑑賞のヒントを紹介!

《水墨画》は、墨と水のみを用いて森羅万象を描き出す、東アジアが誇る伝統芸術です。とはいえ、「水墨画は白黒で地味だし、なんだか小難しそうで、面白さがイマイチわからない」という方も多いと思います。このコラムでは、その魅力をわかりやすく、親しみやすくお伝えします。

絵のなかにどんな「気」を感じる?

重要文化財 《夏冬山水図》のうち冬景 雪村周継 室町時代・16世紀 2幅 各縦102cm 横40.5cm 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

画面左上のあたりに、大きめの朱印が捺されているのにお気づきでしょうか。この絵を描いた「雪村」の名前が読み取れます。雪村周継(せっそんしゅうけい)は、室町時代後期から戦国時代を生きた画僧です。鯉にまたがる仙人を描いた《琴高群仙図(きんこうぐんせんず)》や、龍の頭に乗る仙人を描いた《呂洞賓図(りょどうひんず)》など、緻密で大胆かつユーモラスな水墨画を描いた人といえば、見当がつくかたもいるかもしれません。

この絵は、雪村の40歳頃の作ともいわれる、《夏冬山水図(かとうさんすいず)》のうちの冬景です。夏の景色を描いたもう一枚とセットで伝わりました。

まずは、じっくりと眺めてみましょう。

画面の一番下の、尖った岩が力強い! 不安定に重なる岩の上に、競い合うように数本の木がたくましく伸びています。ひときわ大きな木の枝は葉を落としており、冬の枯れ木とわかります。崖の下には大河が流れ、舟が浮かび、岸辺には建物が見えます。一方、画面左には山道がのびて、荷を運ぶロバとそれについて行く人、そしてひとりで歩く人の姿があり、ジグザグと折れ曲がる道の端では、長い竿を持つ人が舟へと向かっています。はるか遠くには、切り立った岩山が空高くそびえています。その山肌は雪で覆われて白く輝き、空には月が浮かんでいます。

この絵の中には、どんな空気が漂っているでしょうか。画面右から上にかけて、和紙の白色を残しつつ、むらのある薄い墨色が塗られていますね。ほとんど何も描かれていないようでありながら、冷え冷えとした空気や、靄を帯びた光が充満しているように感じませんか?

東洋絵画ならではの「気」の表現とは?

このように、山や木、人など、言葉に言い表せる、形のあるものではなく、言葉にはならない、私たちそれぞれが絵のなかに感じとるもの、それがこの絵が持っている「気」です。「気」は、はっきりとした形をとっていないのに、そこにあるものなのです。

「気」の概念は古代中国で生まれ、世界の全ては気を原理として成り立っていると考えられてきました。気を基にして、あらゆるものが生まれ、変化し、つながりあっており、世界全体がひとつの気でもあります。「天気が悪いとなんだか落ち込む」という現代人の感覚も、それに通じるものといえるかもしれません。

冬の景色には、張り詰めた冬の気が満ちており、それを描いたのが、この絵なのです。

また、気は変化していくものですから、こうした絵は、その変化している一瞬を描き出したもの、ということができます。靄も月も少しずつ動いていきますし、長い目で見れば、木や山さえもその形を変えていきます。

さらに言えば、山や木、人もまた、気から成り立っています。もとから形として存在しているわけではなく、私たちが名前をつけ、形として認識しているために、形になっているだけといえるのです。

水墨画に「余白」はない

ちなみに、なにも描かれていない、白いままで残された部分を指すときに、「余白」という言葉がよく使われますが、「余白」は、おそらく近代にできた新しい言葉といわれます。そして厳密にいえば、水墨画に「余白」はありません。和紙の白色を生かして、ご覧の絵のように雪や月、雲や霧、あるいは定義できない空間を表しているのであり、「なにも描かれていない部分」はないのです。

なお、本作と一対で伝わった夏の景色を描いた山水画には、夏の早朝の山間のさわやかな空気が満ちています。機会があれば、ぜひ見比べて、それぞれの気を感じてみてください。

この絵を描いた雪村について、少し詳しくご紹介しましょう。室町時代後期に、常陸(ひたち)国(現在の茨城県)の守護大名・佐竹氏の一族に生まれましたが、側室の子を愛した父から疎んじられたために禅僧になります。そして修行をしながら絵を学び、やがて会津、小田原、鎌倉など各地を巡りながら、大名や禅僧と交流し、依頼に応えてさまざまな画風を自在にこなしました。この絵に見られるような大気の表現には、13世紀の中国の画僧で日本で広く愛好された、牧谿(もっけい)の影響が指摘されています。

西洋の名画と比べるとよくわかる、「気」の表現

ここで牧谿の作として伝来した《遠浦帰帆図(えんぽきはんず)》も見てみましょう。この絵にはどんな「気」を感じますか。画面全体に靄がかかり、優しい光が満ちていますね。ゆっくり味わってみてください。

重要文化財 《遠浦帰帆図》 伝牧谿 南宋・13世紀 1幅 縦32.3cm 横103.6cm 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

17世紀の西洋絵画の傑作、レンブラントの《夜警》も見てみましょう。こちらは、光が差し込み、主要な人物をくっきりと浮かび上がらせると同時に、周囲に強い影を落としています。まさに光と影の芸術ですね。上方から射し込む強い光は、一神教であるキリスト教文化圏ならではの表現です。

《夜警(フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊)》 レンブラント・ファン・レイン 1642年 縦379.5 cm  横453.5 cm 油彩、カンヴァス アムステルダム国立美術館 Public domain

このように西洋絵画と見比べると、東アジア独特の芸術表現である水墨画の、「気」の表現がより深く理解できるでしょう。

画像出典
アイキャッチ画像:重要文化財 《夏冬山水図》のうち冬景 (部分) 雪村周継 室町時代・16世紀 2幅 各縦102cm 横40.5cm 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
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鮫島圭代

美術ライター、翻訳家、水墨画家。学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展、美術書、雑誌・Web記事の執筆・翻訳を手がける。著書に「正解のない絵画図鑑」(幻冬舎)、「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)、「男性のいない美術史 女性芸術家たちが描くもうひとつの物語」(PIE International)ほか多数。https://www.tamayosamejima.com/
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