「宗達はきっと“狩野派には負けない”と思ったはずです」(養源院住職 𠮷水行友さん)

NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、安土桃山時代に熱い視線が集まっています。
三十三間堂の向かいにある養源院は、近江国を治めた武将・浅井長政(あざいながまさ)の菩提寺。そう、長政はあの織田信長の妹・お市の方と結婚し、小谷城(おだにじょう)落城の際に自刃(じじん)した人物です。
長政の長女は、のちの豊臣秀吉の側室・淀殿、次女は初(はつ =常高院 じょうこういん)、三女は徳川幕府2代将軍秀忠正室となる江(ごう =崇源院 すうげんいん)で、この浅井三姉妹もまた、歴史の表舞台を彩った存在でした。
「実は養源院は、浅井長政の戒名なんですよ。ここは長政の21回忌のときに、淀殿が秀吉に頼んで建てたお寺です」と解説してくれたのは、養源院22世住職の吉水行友(よしみずぎょうゆう)さん。もっと深く知りたくて、お話をうかがいました。
「養源院は、豊臣家が建立したものの、火災で焼失。その2年後の元和7(1621)年に、三女の江が再建しました。
ですが徳川側の江が、豊臣のお寺である養源院を再建するには、『なぜ今さら』という周囲を納得させるための筋書きが必要でした。
ときは慶長5(1600)年、のちに関ヶ原の戦いの前哨戦といわれた伏見城の戦いで、徳川方約2000の兵は、豊臣方約4万を相手に約2週間持ちこたえた、と伝えられています。しかし最終局面で、徳川方の380余名が自害。
その血の跡や手形などが残る伏見城の廊下が、実は今の養源院の名物『血染めの天井』で、江は“戦いの痕跡が残る血の廊下を、天井に上げて供養します”と徳川の体面を損ねない大義名分をつくり、養源院の再建を訴えました」

つまり江は、相当なネゴシエーターだったのかもしれません。天井板は古色がつき、当時の様子がわかりにくくなっていますが、今もわずかにその跡が認められます。
養源院は、江の才覚で徳川方に受容され、豊臣創建の寺なのに3代将軍家光が「母(江)のため」に、と徳川の霊所へと位置づけられていくことになるのです。
本堂には、歴代将軍の位牌が安置され、浅井長政の追善と将軍家の霊所が同室で同列に扱われているという稀有な空間。それが養源院というわけです。
宗達に巡ってきた大舞台。絶対に期待に応えたい!
では、なぜ俵屋宗達がこれだけの作品群を残したのか。それについても吉水さんは次のように語ってくれました。
「養源院再建のころは、ちょうど幕府が巨大な建築事業を全国で動かしていた時代です。大寺院の整備、江戸城も大改修中。日光東照宮、大坂城、そして二条城という大プロジェクトもあり、とにかく御用絵師である狩野派は飛び回っていて忙しい。そこで、絵の評判が高まっていた宗達が抜擢されたんでしょう」
徳川家お墨付きの仕事が舞い込んできた宗達は、きっと血が騒いだに違いありません。
「おや、私に出番が回ってきましたなぁ」と、闘志を燃やしている姿が目に浮かぶようです。
制作順は『松図襖絵』が先行で、白象などの異獣図は、その後に描かれたと伝えられています。
松図は通常非公開ですが、特別な機会に公開されることもあるとか。

その松図のある本堂は、襖12面から構成。金地に雄大な松と岩だけの世界が、くり返し展開されています。松葉はモリモリとした肉感的な表現。木の幹は一見すると倒れてしまいそうな危うさをたたえながらも、松は先へ先へと枝を伸ばしています。
「堂内を一周するように松が描かれているのですが、面白いのは若松から老松(おいまつ)と、ときの推移を描写しているところ。常緑の松は、長寿や吉祥の象徴として知られていますよね。このような松の表現は、私は浅井─豊臣─徳川─皇室へと続く、子孫繁栄や長久(ちょうきゅう)の祈りを視覚化しているようにも感じています」
徳川秀忠と江の娘・和子(まさこ)は、後水尾(ごみずのお)天皇の中宮となった東福門院(とうふくもんいん)。
彼女が徳川家と皇室を結び、母の7回忌には供養塔を建て、母亡き後の養源院を見守り続けました。

養源院の制作を機に、宗達は俵屋工房の主から、「俵屋宗達」という絵師として高く評価されるようになったと考えられています。ほどなく「法橋(ほっきょう)」の位も授かりました。
法橋は、もともとは僧侶に与えられる僧位(そうい)のひとつ。江戸時代には芸術家にも与えられ、宗達が一介(いっかい)の町絵師ではない存在として認められた証しでもありました。
こうして宗達は、飛躍していったのです。
「生没年も出自も不明とされる宗達ですが、養源院の仕事で自分の腕を信じることができ、さまざまな作品へとつながる大胆な装飾表現へ進んでいったという説もあります。そうした意味でも養源院は、宗達の人生において、エポックメイキングな事業として、刻まれることになったのではないでしょうか」
養源院住職の𠮷水行友さん

三十三間堂も京都国立博物館もすぐ! 養源院は見どころ満載

御朱印にも宗達の杉戸絵が!

養源院 ようげんいん
宗達作品をはじめ、本堂、護摩堂、中門、鐘楼堂が重要文化財。『唐獅子図杉戸絵』東面は完全非公開、『松図襖絵』は年によって公開される。それ以外の杉戸絵は通常公開している。
住所:京都府京都市東山区三十三間堂廻り町656
電話:075-561-3887
拝観時間:10時~15時(最終受付14時30分)
拝観料600円
公式サイト:https://yougenin.jp/
※営業日が不規則なため、インスタグラム@yougeninを要確認。

