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2019.12.29

超初心者が教養として身につけたい浮世絵10選!知っておきたい作品は?鑑賞のポイントは?

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日本美術の代表として、国際的な知名度が非常に高い浮世絵。HOKUSAIの「グレートウェーブ」といえば欧米ではモナ・リザ級に有名な名画として知られています。

しかし一方で、肝心の我々日本人はどうでしょうか?浮世絵のことを知っているようであまり知らなかったりするのではないでしょうか?明治維新後、西洋化した生活様式を好むようになったわたしたち現代人から見ると、200年前の江戸時代は、ちょっとした異世界感すら漂っていたりしますよね。

また、浮世絵に多少興味はあったとしても、具体的に何をどう見たらいいのかわからない。美術館に行っても鑑賞の仕方がわからない・・・という人も案外多いのではないでしょうか?僕も以前は全くそんな感じでした。役者絵は誰が誰だかわからないし、美人画に描かれた女性はみな同じ顔に見えるし、そもそも美人には見えないですよね。だから、せっかく美術館に行っても、不完全燃焼で出てきてしまう・・・そんなことがよくありました。

ですがご安心を!2020年はそんな食わず嫌いを卒業する絶好のチャンスです。なぜなら、2020年は首都圏を中心として、来日する外国人観光客に興味を持ってもらおうと、例年より多く浮世絵の大型展が開催される浮世絵イヤーだからなのです。さらに2020年夏に向けて和樂webの運営元・小学館と日本経済新聞社の共同プロジェクト「UKIYO-E2020」が進行中。和樂webでは、今後も全力で浮世絵をプッシュアップしていく予定です!

浮世絵入門にぴったりな展覧会「大浮世絵展」から10作品をピックアップ!

2020年は浮世絵展の当たり年といえますが、その注目の大型展第1弾が、江戸東京博物館(東京)を皮切りに、福岡市美術館(福岡)、愛知県美術館(愛知)と全国を巡回する「大浮世絵展」です。

本展は、質の高い浮世絵コレクションを揃える欧米のミュージアムを含む国内外の美術館、博物館、個人コレクションから葛飾北斎・歌川広重・東洲斎写楽・喜多川歌麿・歌川国芳と日本を代表する浮世絵師5名をピックアップ。彼らの代表作からレア作品まで、状態の良い美品を多数揃えた凄い展覧会なのです。浮世絵を楽しみながら学びたい!という初心者にとっては、うってつけの教科書的な展示となりました。

そこで、今回はこの「大浮世絵展」(東京展)の作品群から、浮世絵史・日本美術史に残る屈指の名作を取り上げ、初心者がまず最初に慣れ親しんでおきたい10作品を選んで分かりやすく解説していきたいと思います!

それでは、早速見ていきましょう!

作品1:定番中の定番!葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」江戸時代/天保2-4年(1831-33)頃 大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

まずは浮世絵といえばやっぱりこの作品。「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」ですね。現在の横浜本牧沖から見た富士山を描いたとされる作品ですが、巨大な波に目を奪われますよね。欧米では通称「Great Wave」と言われている通り、主役は約10~12mともされる津波のような激しい波の表現です。

ですが、ぜひ一通りダイナミックな波濤や水しぶきを楽しんだら、ぜひ画面に描かれた他のモチーフもチェックしてみましょう。まず、波に隠れるように描かれている三漕の小舟に、人が必死で張り付いていますよね。この船は押送船(おしおくりぶね)といって、江戸近郊の漁港で獲れた鮮魚を江戸に運ぶための船で、状況に応じて帆走/手漕ぎの両方で使えた便利な小型快速船だったんです。・・・が、この状況ではへばりつくのが精一杯ですね(笑)

ところで、この作品って、ずっと見ていても見飽きないですよね。そう、構図も完璧なんです。試しにGoogle画像検索で「北斎 黄金比」と入れてみてください。富士山や波の関係性がちょうど「黄金比」と言われる配置に収まっており、人間が絵を見て美しいと感じる最も安定した構図に収まっていることがわかります。

また、北斎は風景画で「水」のある情景を非常に数多く描きました。冨嶽三十六景シリーズでも、水辺の景色を描いた作品は実に20作品以上。約半数の作品中に海や川などが画面の主要モチーフとして登場しているんです。また、連作シリーズでも「諸国名橋奇覧」(しょこくめいきょうきらん)「諸国瀧廻り」(しょこくたきめぐり)など、やっぱりダイナミックな水辺の名所絵を多数手がけているのですね。
葛飾北斎「諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝」 江戸時代/天保4年(1833)頃、大判錦絵 中外産業株式会社蔵 原安三郎コレクション  (※東京会場は展示終了)

特に、「滝の名所」を描いた8枚組の名所絵シリーズ「諸国瀧廻り」は傑作揃い。たとえば本作「下野黒髪山きりふりの滝」を見てみましょう。ぬめっとしたゼリー状の質感でアメーバのように画面全体に広がる滝は、非常に個性的。この独特すぎる存在感は一度見たら忘れられません。

作品2:副業絵師が浮世絵の歴史を変えた!?東洲斎写楽「3代目大谷鬼次の江戸兵衛」

東洲斎写楽「3代目大谷鬼次の江戸兵衛」江戸時代/寛政6年(1794)5月 大判錦絵 シカゴ美術館蔵 Photography © The Art Institution of Chicago / Image source : Art Resource, NY 通期展示

日本で「神奈川沖浪裏」の次に有名な浮世絵として一つ挙げるとするならば、この写楽の作品になるのではないでしょうか。その独特の立ち姿から、本作は様々なイラストやパロディ、グッズ等で使われやすく、Googleで「写楽 パロディ」「写楽 イラスト」などと検索をかけてみると面白画像が満載。見ているだけで時間が経つのを忘れてしまいます(笑)

さて東洲斎写楽は究極の副業浮世絵師でした。

1794年5月、喜多川歌麿ら有名浮世絵師の作品を手掛けていた版元の蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)のプロデュースによって、写楽は28枚の役者絵を同時発売して彗星の如くデビューします。1791年に発売した山東京伝の黄表紙が発禁処分とされて、財産の約半分を没収される刑を受けた蔦屋重三郎。同じく自らが手掛けた歌麿の美人画大首絵がヒットして勢いを取り戻していた時期だったので、重三郎としてはここでさらにもう一山!という思いがあったのかもしれませんね。

本作「3代目大谷鬼次の江戸兵衛」は、そんな写楽28枚のデビュー作品のうちの一枚で、河原崎座で上演された演目「恋女房染分手綱」(こいにょうぼうそめわけたずな)のキャスト、3代目大谷鬼次(おおたに おにじ)が演じる悪役”江戸兵衛”に取材。敵役の鷲塚八平次(わしづか やへいじ)に加担して、伊達与作の若党である奴一平から公金300両を奪おうとして一平を威嚇するシーンをいきいきと描いています。大きな鷲鼻、真一文字に結んだ口元、少々不自然な小さな手は、一度見たら忘れられない強烈なインパクトがありますよね。

大判の大首絵で役者の内面まで捉えようとしたリアルな描写は評判を呼び、特に本作を含む28枚の第一期作品は、現在でも世界中の研究者やコレクターから高く評価されています。ただ、写楽の大首絵の優品はかなりの数が海外で所有されており、国内でまとめて状態の良い写楽作品を見られる機会はそうそうありません。そういう意味で今回の「大浮世絵展」は優品をまとまって1箇所でガッツリ見られるので本当におすすめ!黒雲母摺(くろきらずり)の雲母の粉が光に反射してきらきら光る最上の作品群が、世界中から里帰りしているのです!

東洲斎写楽「市川鰕蔵の竹村定之進」江戸時代/寛政6年(1794)5月 大判錦絵 ボストン美術館蔵 Photograph © 2019 Museum of Fine Arts, Boston 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)/ちなみに、この市川蝦蔵の左眼が江戸東京博物館のシンボルマークに採用されています。見得をきった瞬間の力のこもった目の表情が、博物館を訪れる人びとの驚きや好奇心を表現しているのだそうですよ。

ところで、アイドルでも俳優でもそうですが、華々しいデビューを飾るとその後一気に人気を落としてしまう「一発屋」っていますよね。ご多分に漏れず、写楽は約140点の作品を出版したところで早々に人気を落としてしまい、約10ヶ月でさっさと引退してしまいます。

「あまりに真をかかんとて、あらぬさまに書なせしかば長く世に行はれず一両年にて止む」と同時代に出版された浮世絵師人名録「浮世絵類考」にも書かれてしまうなど、彼の大首絵はあまりに表現がリアルすぎて引かれてしまったのですね。その後、写楽の失敗例から学んだライバルの歌川豊国は写楽型の大首絵を徹底的にイケメン、美女に仕上げて描き、ヒット作を連発。なので写楽がこだわった「大首絵」という着目点自体は正しかった、ということなのでしょうね。

写楽はその後謎に満ちた正体から大人気になりました。フェルメールやダ・ヴィンチなど、寡作で謎が多い絵師はその後レジェンドとして人気になりやすいのは古今東西同じですよね。その正体は、未だ決着がついていませんが、阿波国領主・蜂須賀家に使える能役者、斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべえ)だったという説が最有力です。つまり、能役者による「副業」だったということですね。副業にしては出来すぎなのであります(笑)

作品3:完璧な赤富士!葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」江戸時代/天保2-4年(1831-33)頃、大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

さて、3つ目の作品は再び北斎を取りあげます。本作は通称「赤富士」と言われ、夏~秋のよく晴れた朝にたった数分間だけ出現するといいわれる、激レアな気象条件の下で朝日に光る富士山を至近距離で取材した「凱風快晴」(がいふうかいせい)です。試しにGoogle検索で「赤富士」と入れてみてください。プロ・アマ問わず、多数の写真家がこの「赤富士」を美しく撮影した写真が数多くWebにアップされていますよ。

本作は、富士山をテーマとした名所絵シリーズ「冨嶽三十六景」の中でも「神奈川沖浪裏」同様、非常に人気の高い作品。タイトルにある「凱風」とは南風のことで、いわし雲が南風に穏やかにたなびく中、裾野が美しく伸びる富士山を、「赤」「青」「緑」と限られた色のみで見事に描き出した大傑作ですね。

ちなみに本作には幻の「青富士」と言われる別バージョンが少量存在しています。2019年秋には、すみだ北斎美術館「茂木本家美術館の北斎名品展」で美麗な「青富士」が登場。展覧会の目玉展示として、熱心なファンを唸らせました。

作品4:森羅万象を描いた傑作!葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」天保2-4年(1831-33)頃、大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵(※東京会場は展示終了)

つづいても北斎。「冨嶽三十六景」から「凱風快晴」とほぼ同じ構図ながら、全く別の表情を見せる富士山を描いた作品をもう1枚ご紹介します。それが通称”黒富士”とも呼ばれる「山下白雨」(さんかはくう)です。変わりやすい山岳地帯の気象をドラマチックに描き、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」と並ぶ北斎の代表作の一つです。

詳しく見てみましょう。まず上空を見てみると、夏らしいもくもくした雲が張り出す中、富士山の山頂付近が夕陽に照らされて明るくなっていますね。それに対して、中腹以下の下界は真っ暗です。タイトルに「山下白雨」とある通り、山の下は空が真っ黒になるほどが雨雲がたちこめ、下界には雷を伴う激しい夕立が降っているのです。上空と下界で明暗がくっきり分かれた好対照な気象を描き分けた本作は、自然の中の森羅万象に終生興味を懐き続けた北斎ならではのダイナミックな作品と言えるでしょう。

ちなみに、本作右下にある模様は激しい稲光を表現しており、すみだ北斎美術館のロゴデザインにも採用されていますね。

作品5:叙情的な風景美!歌川広重「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」

歌川広重「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」江戸時代/天保5-7年(1834-36)頃 大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

さて、葛飾北斎とならんで江戸後期に活躍した風景画の名手といえば、歌川広重です。先に紹介した北斎の「冨嶽三十六景」と共に、1830年代に出版された名所絵シリーズとして特大ヒットを記録したのが広重の「東海道五拾三次之内」です。浮世絵が発展していく中で、長らく役者絵、美人画などの背景として限定的に活用されるにとどまっていた風景は、広重の本シリーズが大爆発したことで、「風景画」として名所風景それ自体を楽しむための独自ジャンルへと発展していくことになりました。

「東海道五拾三次之内」にはいくつも秀作があるのですが、気象条件を描写した印象的な作品として名高いのが本作「蒲原 夜之雪」です。僕も実際に蒲原(由比ヶ浜)にある静岡市東海道広重美術館に何度か足を運んだことがありますが、静岡県の海岸線近くに位置する温暖なこの地域には、こんなドカ雪はまず降りません。まれに南岸低気圧が急速発達した時でも、甲府や箱根では雪が降っていても、やっぱり蒲原では雨が雪に変わることはまずないんですね。

そこを敢えて雪がしんしんと降りゆく夜の叙情的な風景として仕上げたのが、広重ならではの天才性。モノトーンな灰色の世界に、顔も見えず行き交う旅人たちだけがカラーで描かれた詩情たっぷりな一枚、ぜひ現物を味わってほしいです。

歌川広重「東海道五拾三次之内 庄野 白雨」江戸時代/天保5-7年(1834-36)頃 大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

また、広重が「東海道五拾三次之内」で同じく気象条件を描いた人気の秀作といえば、こちらの作品。タイトルにある「白雨」は、夕立ちという意味です。急斜面に対して直角に降りつける激しい夕立に、旅人たちは思い思いの雨具を身に着け、体を縮ませるように先を急いでいます。手前の男は思わずスリップしてコケそうになっています。一人ひとり全員雨具が違っているのも芸が細かいですよね。西洋絵画では絶対に描かれることのない「黒い線」での雨の表現、ぜひ楽しんでみてください。

作品6:ゴッホも惚れた江戸の名所絵!歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)9月 大判錦絵 東京都江戸東京博物館蔵(※東京会場は展示終了)

さて、広重は渓斎英泉とのコラボ作品「木曽海道六拾九次之内」や「近江八景之内」など、各地を描いた様々な名所絵シリーズでヒット作を重ねていきますが、1850年代になって最晩年に出版された傑作がこの「名所江戸百景」シリーズ。本作は、江戸周辺の景勝地や名所を広重独自のセンスで切り取った作品集です。

本作は、隅田川にかかる「大はし」(新大橋)に行き交う人々が突然の豪雨に見舞われるシーンが印象的な作品。「あたけ」とは、対岸にあった御船蔵(おふなぐら)周辺の俗称です。くっきりとした黒い線が交差しながら斜めに走る雨の演出が、縦長構図によって一層強調されています。激しい雨で、対岸の町並みも霞んでしまっていますよね。大胆に傾いて描かれた橋や対岸の御船蔵などの不安定な構図も、この絵に独特の緊張感を運んでいます。

ちなみに、画面上方の黒い雨雲には、「あてなしぼかし」という技法が使われています。版木を濡らして、その上から印をつけずに「あてなし」=つまり、摺師の経験とカンで絵の具をのせてぼかすという職人技なのですね。だから、1枚1枚仕上がりが都度違ってきます。ためしにGoogle画像検索で「大はしあたけの夕立」と調べてみてください。見事に全部雨雲の形状が違っていますよ。

また、本作「大はしあたけの夕立」や下記の「亀戸梅屋舗」は、ゴッホが油彩で模写したことでも有名です。実は、広重の「名所江戸百景」シリーズは、ヨーロッパでジャポニスムが流行するきっかけを作った重要な作品でもありました。

歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」江戸時代/安政4年(1857)11月 大判錦絵  東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

本展でも「名所江戸百景」から約20作品を選りすぐって展示中ですが、極端に近景をクローズアップさせた大胆な構図や、ヒロシゲブルーと言われ高く評価された「ベロ藍」による木版画の「青」の発色の美しさ、叙情的な情景は、ゴッホやホイッスラー、モネなど19世紀後半に活躍した西洋絵画の巨匠たちにも大きな影響を与えています。

作品7:花鳥画でも才能爆発!歌川広重「月に雁」

歌川広重「月に雁」江戸時代/天保(1830-44)頃、中短冊判錦絵 ミネアポリス美術館蔵 Photo:Minneapolis Institute of Art(※東京会場は展示終了)

浮世絵では、花や鳥、樹木や野菜、果物、虫、魚など身近な動植物を描いた「花鳥画」という分野もあります。錦絵が登場して以来、多色摺技術の向上とともに繊細な表現が可能になった江戸後期に発達していきました。風景画同様、このジャンルで大活躍した第一人者が葛飾北斎と歌川広重です。特に、広重は1830年頃から亡くなるまで、長期間にわたってコンスタントに優れた花鳥画を多数残しました。現存する作品点数ではNo.1です。

中でも、広重の詩情あふれる世界観が見事に表現された作品がこの「月に雁」です。画面上半分に大きくクローズアップされた仲秋の名月を背景に、縦長の画面を斜めいっぱいに羽ばたく雁の姿が情緒豊かに描かれています。本作は、戦後すぐに発行された記念切手に採用されたことで、一躍有名な作品になりました。

実は、広重の花鳥画で描かれる鳥は、鳥類学者が見ると解剖学的に不正確な描写が目立つのだそうです。しかし、整理された構図の中で映画のワンシーンを切り取ったようなファンタジックな叙情性という点では、広重の右に出る浮世絵師はいないでしょう。特に今回の「大浮世絵展」では、非常にハイレベルで状態の良い激レア花鳥画が多数里帰りしていますので、是非お見逃しなく!

葛飾北斎「芥子」江戸時代/天保(1830-44)初期、横大判錦絵 ミネアポリス美術館蔵 Photo:Minneapolis Institute of Art 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

ついでに北斎の花鳥画も紹介しておきますね。北斎の花鳥画は、広重の抽象的・概念的な表現とは対照的で、鋭い観察眼に基づいた写実的な表現が見どころです。本作でも、花びらの襞や葉の葉脈まで丁寧に一つ一つ描き分けるなど、当時の版画表現の限界に迫る写実性を味わえます。風も吹いていないのに、まるで何かに抗うかのように自律してうごめく様からは、一種の激しさや緊張感が伝わってきますよね。広重の静寂な世界観とは全く異なるのが面白いです。

作品8:グッズ化率高し!喜多川歌麿「婦女人相十品 ポペンを吹く娘」

喜多川歌麿「婦女人相十品 ポペンを吹く娘」江戸時代/寛政4-5年(1792-3)頃 大判錦絵 メトロポリタン美術館蔵  Image Copyright ⒸThe Metropolitan Museum of Art / Image source: Art Resource, NY(※東京会場は展示終了)

少し前の2016年6月22日、パリの競売で喜多川歌麿が描いた美人画大首絵「深く忍恋」が木版画浮世絵作品としては史上最高額となる74万5000ユーロ(約8800万円)で落札されたことがニュースになりました。このように、作品によっては北斎をも凌ぐコレクター人気を誇るのが、江戸時代後期の寛政年間(1789~1801)に活躍した喜多川歌麿です。

そんな歌麿の代表作として、歴史の教科書にも頻繁に掲載されるなど特に有名な作品が本作「ポペンを吹く娘」です。

まず自然と目が行くのが、女性が口に加えているフラスコ状の笛みたいなものですよね。もしや何か怪しいクスリでもやっているのか・・・と一瞬変なことも考えたりしますが、そうではありません。表題にもある通り、これはビードロ製のおもちゃです。元々西洋諸国由来で、日本に入って来た時ポペン(またはポッピン、ポピン)となまったと推測され、笛のように口に咥えて空気を送り込むとペコペコと薄いガラスの底から音が出る仕組みになっています。

ちなみにこの女性のモデルは、裕福な家庭の14~15歳程度の未婚の町娘だとされています。なんでわかるのか?その一つのポイントは「髪型」にあります。この女性は、江戸後期に未婚の町娘が好んでセットしていた当時流行の「娘島田」という髷のカタチをしているので、これが決めてになって「若い未婚の女性を描いているのだろう」と推定できるのですね。江戸時代の美人画は、みんな顔が同じに見えたりするのが悩ましいところですが、「髪型」は頑張ればすぐに違いが分かるようになりますよ。

また、歌麿の美人画作品にも、よく「雲母摺」(きらずり)が使われています。東洲斎写楽の「黒雲母摺」に対して、歌麿が多用したのは「白雲母摺」(しろきらずり)。鑑賞する時、いろいろな角度から覗き込んでみてください。状態の良い作品は、雲母が反射してキラキラ白く光りますよ。

作品9:会いに行ける下町のアイドル!喜多川歌麿「当時三美人」

喜多川歌麿「当時三美人」江戸時代/寛政5年(1793)頃 大判錦絵 ギメ東洋美術館蔵  Photo Ⓒ RMN-Grand Palais (MNAAG, Paris) / Harry Bréjat / distributed by AMF 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)

江戸時代の人気スターといえば、歌舞伎役者や吉原の売れっ子高級花魁。しかし、彼らの存在は庶民には高嶺の花。とても簡単にお近づきにはなれません。

そこで江戸時代後期になると煎餅屋や水茶屋の店先で働く看板娘など、実在した一般人(素人?!)も美人画のモデルとして登場するようになります。江戸時代版AKB48のような、会いに行けるアイドルをまとめて描いたのがこちらの作品。

描かれているのは、当時江戸で「寛政三美人」と呼ばれ、江戸中の男子のアイドルだった「会いに行ける町娘」トップ3です。名前や描かれた時の実年齢も判明しており、それぞれ両国薬研堀の煎餅屋・高島屋の娘おひさ17歳(左下)、浅草の水茶屋・難波屋の看板娘おきた16歳(右下)、富本節の名取であった芸者・豊雛(上)の3名。(※豊雛だけは、年齢がわかっておらず、おきた、おひさよりは年上と推定される)

この画面いっぱいを使った大首絵の群像表現は、その後たびたび歌麿が好んで使う構図となりました。大浮世絵展でも、この3人組を描く為に使われた三角形構図の群像表現のバリエーションがいくつか展示されていますから、ぜひ注目してみてくださいね。

また、美人画は役者絵と違ってみんな顔が同じに見える!という、初心者にとっての大きな壁が立ちはだかりますが、ぜひ穴が空くほどよーくこの3人の顔を見比べてみてください。鼻や耳、目の形がわずかに違っていますよね。そう、歌麿はあからさまではないものの、少しずつ人物たちの顔つき、表情を描き分けようとしていたことがわかります。

喜多川歌麿「難波屋おきた」江戸時代/寛政5年(1793)頃 大判錦絵 メトロポリタン美術館蔵 Image Copyright ⒸThe Metropolitan Museum of Art / Image source: Art Resource, NY 展示期間:2019年12月24日~2020年1月19日(東京会場)

また、歌麿はこの寛政三美人を中心に、このような「会いに行ける美女たち」をソロで描いたり、5人組や7人組などもっと大人数で描いたりもしています。特にこのおきた・おひさの二人は覚えておくと美人画鑑賞がはかどります。歌麿の他作品はもちろん、栄松斎長喜、勝川春潮、歌川豊国、鳥文斎栄之など他の浮世絵師も題材にしているんですよ!

作品10:奇想天外なファンタジー!歌川国芳「相馬の古内裏」

歌川国芳「相馬の古内裏」江戸時代/弘化2-3年(1845-46)大判錦絵3枚続 展示期間:2019年12月17日~2020年1月19日(東京会場)
さて、最後に取り上げるのが歌川国芳の作品の中で最も有名な作品「相馬の古内裏」(そうまのふるだいり)です。本作は、なんといっても画面右側を占める巨大な骸骨が非常に印象的。大浮世絵展の表紙画像にも選ばれています。

「古内裏」とは、廃墟となってしまった平将門が下総猿島(しもうささしま)に築いた王城の跡地を指しており、本作ではこの古内裏を舞台に、勇士・大宅太郎光国(おおやの たろうみつくに)が妖術を操る将門の遺児、滝夜叉姫(たきやしゃひめ)と対決するシーンを描いています。そう、この巨大な骸骨は画面左で巻物を持っている女性・滝夜叉姫が妖術で動かしているんですね。

ここで気付かされるのが、骸骨の非常に精巧な描写です。国芳は、手元に持っていた西洋の解剖図を丹念に学んで、解剖学的知識をリアルな骸骨描写に生かしたと言われています。しかし本作は化け物退治のクライマックスシーンを描いているにも関わらず、不思議とそこまで怖さを感じることはなく、どことなくコミカルな面白さもありますよね。まさに国芳作品の特徴がよく出ています。

歌川国芳は、非常に出世が遅れた遅咲きの浮世絵師でした。18歳でデビューするも、その後10年以上人気は低迷し、同門のライバル・歌川国貞に大きな差をつけられてしまいます。しかし、とうとう1827年、31歳の時に武者絵シリーズ「通俗水滸伝豪傑百八之一個」(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにんのひとり)が大ヒットし、一躍人気絵師に躍り出ました。

歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」江戸時代/弘化4年(1847)頃 大判錦絵3枚続 (※東京会場は展示終了)
歌川国芳は、陰影のついた西洋風の表現技法やだまし絵(おもちゃ絵)などアイデアあふれる奇想系作品をその後も多数発表しますが、意外な功績がこの複数枚続きの「続絵」での表現での工夫。それまで、こうした「続絵」では、構成作品全部を買わなくても、バラで購入しても1枚の絵として成り立つような配慮がされてましたが、国芳は最初からセットで見ることが大前提のぶち抜きタイプの作品を初めて手掛けた浮世絵師です。

これにより、スケール感を気にすること無く大画面での表現が可能となったことで、国芳はまるで映画館で作品を見ているようなダイナミックなシーンを数枚続きのワイドスクリーン上にのびのびと表現したのでした。たとえば上記の「宮本武蔵の鯨退治」を見ても、圧倒的なクジラの大きさをよりリアルに感じることができますよね。

初心者向けには楽しい音声ガイドもおすすめ!


僕が大規模な浮世絵の企画展で毎回密かに楽しみにしているのが、音声ガイドです。浮世絵展では大抵売れっ子の落語家や講談師がナビゲーターを務め、江戸情緒を盛り上げてくれることが多いんですね。

今回、音声ガイドに起用されたのは落語界屈指の人気噺家・春風亭一之輔。高座同様、いつものちょっととぼけた感じの飄々とした口調で作品解説を面白く盛り上げてくれます。

そして是非楽しんで頂きたいのがトラック番号「80」に用意された落語「大山詣り」です。もちろんちゃんとやると20~30分かかる演目なのでダイジェスト版が収録されているのですが、展示作品を見るだけでなく、耳からも楽しめるという点で、五感で江戸風情をたっぷり楽しめました。No.1若手真打ちの実力をぜひ体験してみてくださいね。

初心者からベテランまで納得の「大浮世絵展」で楽しみながら浮世絵を学ぶ

いかがでしたでしょうか?浮世絵の歴史に残る名作10作品を選んで、徹底的に掘り下げてみましたが、実は本稿に登場した作品は、全て「大浮世絵展」に出品されているのです。(※展示時期は各会場によって異なります)しかも、国内だけでなく海外10館以上から状態の良い秀作や、激レア作品も多数来日しているため、単なる教科書的な展示にとどまらず、目の超えたマニアをも唸らせる凄い作品揃いなのです。

期間中、300点以上が展示される本展。行けば絶対いくつかお気に入りの作品がみつかるはず。ぜひ、足を運んで実際にナマの浮世絵を体験してみてくださいね。東京展は残り会期わずかですので、お急ぎください!

展覧会基本情報


展覧会名:大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演

★東京展
会期:開催中~2020年1月19日(日)
会場:東京都江戸東京博物館 1階特別展示室 (東京都墨田区横網1-4-1)

★福岡展
会期:2020年1月28日(火)~3月22日(日)
会場:福岡市美術館(福岡県福岡市中央区大濠公園1-6)

★愛知展
会期:2020年4月3日(金)~5月31日(日)
会場:愛知県美術館 (名古屋市東区東桜1-13-2)

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。