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2019.08.24

【東京】この龍何センチに見える?細密彫刻「根付」を見るなら東博の展示がマスト!

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こちらの根付の高さは約2.7㎝。時代によって根付のサイズは変わりますが、根付全体を俯瞰して見ると小さい部類です。そんな人の手によって生まれた細密彫刻を、実際に自分の目で見に行きませんか?

東京国立博物館には骨董の「古根付」と現代の作家が手掛けた「現代根付」のどちらもが展示されていて、違いを見比べながら鑑賞することができます。古根付は、郷誠之助から寄贈された郷コレクションなど名品揃い。現代根付は、高円宮殿下が根付作家の支援も兼ねて蒐集された高円宮コレクションです。本記事では、この2つのコレクションと展示について解説します。

まずは知りたい古根付と現代根付の違い


蝉蒔絵竹鞘印籠 鞘金蒔銘「寛哉 龍斎(方印)」 江戸時代・19世紀 クインシー・A.ショー氏寄贈 2019年8月25日(日)まで本館10室にて展示

根付とは、印籠や煙草入れといった提物を帯から提げるときに使う留め具のこと。江戸時代には武家から豪商、庶民にまで愛用されていましたが、明治時代以降の洋装化などに伴い、使用する習慣が失われていきました。その一方で、欧米の美術コレクターの心を捉え輸出品としての人気が高まったことで、多くの質の良い根付が国外へ流出しました。

こうした背景の中で、1971年に米国の根付コレクターであるロバート&ミリアム・キンゼイ夫婦が訪日し、当時の作家たちに、輸出するために求められた古典の写しである根付の制作ではなく、現代的で個々の作家性を発揮した根付を作るように助言。「現代根付運動」が起こり、今の現代根付が作られるようになりました。実用的に必要とされない時代に移行しても、国内外のコレクターたちに注目され続け、作家もその期待に応えたことで、根付は今も残っているのです。

東博で堪能できる根付の2大コレクション

つまり実用品だった古根付と、鑑賞する美術工芸品としての要素が強い現代根付は、用いている技術は近いものの性質は異なる作品です。

東京国立博物館(以下、東博)では古根付と現代根付の展示がされていて、比較して鑑賞することができます。東博の展示の内容とはどのようなものか、コレクションアイテムとしての要素も含めて、東京国立博物館 学芸研究部調査研究課工芸室 研究員の福島修さんにお話を伺いました。

江戸から明治にかけての名品が揃う郷コレクション

郷誠之助(1865~1942)は第一次世界大戦後から第二次大戦前にかけて日本の経済界を牽引した大実業家です。郷氏は25年余りの年月をかけて根付を蒐集しました。江戸時代から明治時代までに制作された根付272点を中心とする彼のコレクションは、没後1943年に遺言によって東博に寄贈されました。遺言状には、日本独自の工芸品である根付の名品が海外へ散逸することを顧慮する内容が書かれていました。コレクションは数段の箱が重なる重箱のような入れ物にしまわれた状態で寄贈されたといいます。

この郷氏の根付は、総合文化展の展示の一つである「浮世絵と衣装―江戸(衣装)」の一画で、浮世絵や装束、印籠などと共に紹介されています。

「東博の展示には総合文化展と特別展があります。総合文化展は定期的に展示替えを行い、『浮世絵と衣装―江戸(衣装)』の根付は年に6回の展示替えがあり、毎回15点ずつ展示しています。郷コレクションは、1つの箱に関連する作品が集まっています。展示によっては、その時々のテーマに沿った選定をすることがありますが、郷コレクションの場合は箱それぞれにテーマ性があるため、それに準じた選出をしています。箱によって作品数は異なるため、例えば同じ作者の作品を集めた箱の内容をベースにするなら、その作者に関連する作品を別の段から数点ピックアップしたものを合わせて展示していきます」(以下、福島修さん)

郷コレクションの中心となっているのが、江戸時代に出版された刀装具などの細密工芸の名工を紹介する手引き『装劍奇賞(そうけんきしょう)』に掲載されている根付師のものだといいます。大坂の刀装具商で雑貨商だった稲葉新右衛門(1740〜1786)によって書かれました。


万歳牙彫根付  線刻銘「民谷」 江戸時代・18世紀 郷誠之助氏寄贈 東京国立博物館蔵 8月25日(日)まで本館10室にて展示

コレクションの傾向について、福島さんは「好事家が自分の好きなものを目についたものから集めていくような蒐集の仕方ではなく、理知的な集め方をしていると思います」と、指摘します。

「『装劍奇賞』は、根付の職人が載っている最古の文献です。郷コレクションは、それに出ている作家の作品が中心になります。郷氏は、『装劍奇賞』に紹介された根付師とその周辺、あるいはその系統の作品を1つの箱に収めようとされていて、体系的に良いものを集めようという意図が伝わってきます」

さらにコレクションには『装劍奇賞』に載っていない、緻密な細工を施す幕末・明治の根付も含まれているのだとか。

この名品揃いのコレクションが常に鑑賞できる環境は貴重で、国内で充実した根付コレクションを所蔵する公立施設は数カ所しかありません。欧米では、イギリスの大英博物館やヴィクトリア&アルバート博物館、アメリカのメトロポリタン美術館やロサンゼルス・カウンティ美術館などに多くの根付コレクションが所蔵されています。

この点について、「体系的なコレクションを個人でつくり、それを生かす道として、博物館に寄贈することを郷氏は考えられたわけで、それが結果的に根付の普及や研究に対して益するものになったと思います」と、福島さん。

「ものに関心を持つきっかけに、良いものを見るということが一つあると思います。さらに最高の作品を見て関心を持ち、次の段階でそれに付いて詳しく調べたくなったときに、体系的な内容が生きてきます。そういったコレクションが国内に残されたことは、根付という文化の研究と振興にとって大きな強みだと思います」

日本独自の工芸品である根付の良品を国内に留めておきたいという郷氏の強い意思によって集められた郷コレクション。そんな郷氏に思いを馳せて鑑賞すると、根付の持つ複雑な背景に共感できるかもしれません。

江戸から明治にかけての名品が揃う郷コレクション

東博の高円宮コレクションは、高円宮憲仁親王殿下が妃殿下と蒐集したコレクションから寄贈されたもので、内容は現代根付が250点と古根付が10点。本館にある高円宮コレクション室に展示されています。1回に展示される数は50点で、年に4回展示替えが行われています。

古根付には黄楊(つげ)や象牙が使われていることが多いのに対して、現代根付は素材が多様。さらに海外の作家による作品も多いことは同コレクションの特徴です。

「現代根付は色彩が幅広いですし、根付作家がさまざまな素材を『どう生かして使おうか』と腐心している様子が伝わってきます。

また題名の付け方も気が利いていて、来館者の方々からは『作品のタイトルがいいよね』という声が聞こえてきます。根付を見て作品名を見て、また根付を見るとそこで初めて合点がいくといった意匠の面白さがあり、江戸の根付の『ひねり』に時代性を反映させ展開していった感じがしますね」

根付の特徴の一つで、特に殿下が惹かれたという意匠の中に言葉遊びや洒落を忍ばせる「ひねり」。作者が仕掛けたその「遊び」を造形から探し出すことも、根付鑑賞を面白くするポイントです。今とユーモアの感覚が近い現代根付の方が、見ていてクスッと笑ってしまう頻度は高いかもしれません。

さて、殿下が根付を蒐集されるようになったきっかけですが、後の妃殿下である鳥取久子さんが1984年に殿下を根付の店に連れて行かれたことが始まりだったとか。その日以来、殿下は根付に魅了され、集められるようになりました。

現代根付には、ワシントン条約締結後に象牙の使用が難しくなり、代替品としての素材が模索されるようになった厳しい時期もありましたが、その際も両殿下は根付作家に支援を行っておられました。

「根付は消えていってもおかしくない存在でした。根付は現代では必ずしも不可欠なものではないのに、伝統文化として存続しています。職人にとっても非常に苦しい状況のなかで、一部の志ある方々が頑張って存続させてきた世界ですから、両殿下が関心を持って根付の存在を広められてきたことは大変に意義あることと思います」

根付作家の制作に多大な影響を与えてきた両殿下の高円宮コレクション。ひねりのある意匠や、現代根付以降に用いられるようになったマンモスの牙の化石やマボガニー、タグアナッツといったバラエティーに富んだ素材などに着目しつつ、蒐集されてきた背景も想像して鑑賞すると、きっと両殿下の根付に対する愛情も伝わってくるはずです。

見比べる楽しみ

東博では、郷コレクションと高円宮コレクションは隣接する展示室に展示されています。

「江戸時代の根付は、江戸文化の文脈で語られるべきもので、現代の我々の文化とは少なからず隔たりがあります。現代の感覚で共感できるものもありますが、当時必須の教養や流行に親しんで初めて理解できるものも多いです。古根付と現代根付は全く違う背景で制作された別物として見るべきと思いますが、技術的には古根付の延長線上に現代根付は生きています。造形として近いものがあるからこそ、両者それぞれの優れた発想のかたちが、全く違った感覚で表現されていることが見えやすい。ぜひ、見比べることで感じていただきたいですね」

ちなみに、根付の展示にはユニークなエピソードがあるのだとか。

「根付のケースには、鼻の頭の脂が付いた丸い跡がよく残っています。掃除は頻繁にして回っているのですが、近づいて見たことがよく分かる痕跡です。

小さいものに惹かれて近づいていく、という感じでしょうか。人物を彫刻したものには顔の中に目の玉だけ違う素材を入れてあるものがあって、それは小さすぎて近づいて見ないと分からないのですが、離れて見てもちょっと違和感があるため気になるはずです。そういったことがケースに近づいていってしまう要因だと思います。物に集中してケースに気が付かないというのは、作品の持つ力だとも思いますね」


龍宮牙彫根付 線刻銘「景利」 江戸時代・19世紀  郷誠之助氏寄贈 東京国立博物館蔵 8月25日(日)まで本館10室にて展示

2つの展示を相対的に見ることで、時代の変化に翻弄されながらも、コレクターを魅了し続ける根付の一面を感じ取れるのではないでしょうか。東博に足を運んだ際は、ガラスケースギリギリまで近づいてご覧ください。

 

【展示情報】

「浮世絵と衣装―江戸(衣装)」

東京国立博物館 本館10室

URL:https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=6024

 

「高円宮コレクション」

東京国立博物館 本館 高円宮コレクション室

URL:https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=2885

書いた人

もともとはアーティスト志望でセンスがなく挫折。発信する側から工芸やアートに関わることに。今は根付の普及に力を注ぐ。日本根付研究会会員。滑舌が悪く、電話をして名乗る前の挨拶で噛み、「あ、石水さんですよね」と当てられる。東京都阿佐ヶ谷出身。中央線とカレーとサブカルが好き。