Craft
2020.01.28

25歳でサラリーマンから転職。埼玉の陶芸家・飯高幸作さんの作品を、私が薦める理由

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うつわの力を借りて、いつものごはんを楽しむ。
「料理が苦手だ」と嘆く人にこそ、日用品のマジックが必要かもしれません。

朝ごはんのトースト、お昼ごはんのパスタ、夜ごはんのカレーライス。ごく一般的なメニューだとしても、心を込めて作られた「作家もののうつわ」に入れるだけで、いつもの食卓が変わります。

形がピタリと合う、寸分違わぬ既製品のうつわだって素晴らしい。だけど、人の手で作られた「どこか温もりの感じられる」モノの美しさを知ってしまうと、後には戻れないのです…。

ある日の朝食。素朴なホーローの皿に飯高さんのマグを合わせて

手にそっと馴染むようななめらかさ。ふだん使うには重みを感じさせない重量感。どんなテイストでも受け止めてくれる懐の深さ。

そして、現代のわたしたちの暮らしに寄り添う、使い勝手のよさまでを追求した陶芸家が、飯高幸作さん。

埼玉県越谷市で工房ギャラリー「kousha」を立ち上げて9年もの間、作家もののうつわを日常使いする文化を作り続けてきた飯高さんの歴史や作品の魅力について迫りました。

使う人の声を聞く作品作りを。飯高幸作さんの作品の魅力

食器は毎日使うものだからこそ、使い勝手のよさは大切にしたいですよね。
「作家もののうつわ」と聞くと、お客さんが来た時に出す特別なもの、という考え方もいまだにあるように感じます。

わたしが飯高さんの作品に出会ったのは、埼玉県川口市にあるカフェ「senkiya」で使われていたことがきっかけ。以来、越谷市にある飯高さんの工房ギャラリー「kousha」や、毎年春に東日本橋のギャラリー「組む 東京」で行われる個展にも足を運んでいます。

2019年春に行われた、「組む 東京」での個展の様子

その様子はこちらにまとめました。
お気に入りのマグカップで、朝時間が変わる。陶芸家・飯高幸作さんの個展へ。2019年「組む 東京」

素朴でナチュラルな質感。口当たりがよく、軽くて持ちやすいマグカップ。既製品と同じように使いやすいのに、どこか懐かしくて温かみのある作品の魅力に引き込まれました。

飯高さん:「サンプルを作ったら、家族やスタッフに使ってもらって意見を聞くようにしています。基本全部聞きますね、『どう思う?』って。本音を言ってもらえるのは身内しかいないから」

そうやって身近な人の声を聞くことで、手作りの温かみと使いやすさを両立させているのが、飯高さんの作品の魅力です。

工房では目の前で作る様子が見学できる「kousha」

2011年にオープンした「kousha」は、今では越谷市の文化を牽引する存在です。工房とカフェが隣り合わせの施設で、共に歴史を重ねてきました。

飯高さん:「器って、結局料理が盛られることで完成されるのだと思います。それを食する事で、感じる事もあるし、カフェの存在は大きいと思っています。器と共に豊かな時間を過ごして貰って体感した後に、工房に来て見てもらう最高に有難い環境です」

取材時、カフェで会計を済ませたお客さんが工房で作品を手に取る様子を何度も見かけました。自然とうつわを使う体験ができるカフェは、新しい暮らしを考えるきっかけに最適なのかもしれません。

飯高さん:「koushaを立ち上げた当初、この辺りには ものづくりの作家さんがあまりおらず、訳のわからない奴が何かをしている?といった反応もありました。手仕事を分かりやすく伝える方法として、独立当初からカフェと共に歩んでいこうと思いました」

学びの場という意味が込められた「kousha」。

うつわやマグカップなどが並ぶギャラリーの奥では、飯高さんのろくろを回す姿が。



飯高さん:「この場所でひと通りできるようになっています。作って乾かして窯に入れて焼くというところまで、一連の流れを目の前で見られるようにしているんです。電気の窯で焼いたり、粘土を機械で練ることができるようになった進化はあるけど、基本はアナログですね」

うつわのサイズは「トンボ」を使って、直径と高さの寸法を決めます。材料はオリジナルの粘土を使い、ろくろや型を使ってベースの形を作ります。高台のあるものやリムのあるうつわなどは、削り出して形を整えます。


形になったものを乾かした後、800度の電気窯で焼くと、素焼きの状態に。


素焼きの状態の作品に釉薬をかけ、1240度で再度窯で焼き、ようやく完成です。

うつわを作る作業は、基本的にほとんど昔と変わってないと話す飯高さん。「地味でしょう?」と笑顔を見せます。

koushaのランチは心が温まる、ていねいな味わい

koushaでシェフを務める宮崎さんは、こう話します。
「食べるという作業は1日3回、生涯を通して何百回と繰り返すことなので、時として雑になりがちな『食べる』という作業を見直す機会になれたらいいですね。例えばハンバーグやロールキャベツのような、誰でも知ってるメニューでも下処理から盛り付けまでをひとつひとつ丁寧に作ることを心がけています」

この日のランチメニューはグラタン。

自ら食材を仕入れた新鮮な野菜が主役のメニューは、せわしない毎日で疲れた心を自然と癒してくれる、優しい味わい。

「kousha」が届けるのは、ふだんの暮らしを豊かにする方法。食の面では宮崎さんが、食を引き立たせるうつわの役割を飯高さんが担っています。

特別な仕事ではない「陶芸家」という仕事

初めて飯高さんにお会いしたときに、気さくな人柄で親しみやすい方だなと感激しました。「陶芸家の個展へ行く」って、初めての人にとってみれば、非常にハードルが高いのです。

海外で個展を行うほど人気の飯高さんですが、お会いして話すと、フラットさに驚くはず。

飯高さん:「僕の職業を『特殊なもの』と見られることが多いんですけど、やってることは昔からある職業なだけです。機械がない時代は、手でうつわを作る人がいたわけだから、決して珍しい仕事ではないんですよ。まぁ、『かっこいい!』と言われると、かっこつけますけどね(笑)」

使ってくれる人に寄り添う「日用品」としてのクオリティを保ちつつ、飾らない人柄が飯高さんのうつわの魅力を引き立てている気がしてなりません。

25歳で異色の転職?サラリーマンから陶芸の世界へ


25歳で陶芸の世界へ入った飯高さんは、「子供の頃から家の物置にあった壺が美しいと思えたり、自分の部屋に稲の穂を活けたり、フリマやバザーで陶器を買っちゃうような、ちょっと変わった子供だった(笑)」と話します。

社会人として生きる道を考えてサラリーマンになり、車関係の職業に就いたものの、自分自身が薦めたくないものを売る仕事に疑問を感じます。

飯高さん:「その頃にたまたま、焼きものの産地を特集した雑誌を手にとって『これだ!』って。絵を描くのも物を作るのもずっと好きでしたしね。最初から自分で作れて、自分自身が楽しめる仕事に就こうと決心したんです」

やっとの思いで、茨城県の笠間焼で修行できる場所を見つけ、修行すること7年。
「使いやすい」と喜んでもらえる作り方を学んだ背景をこう話します。

飯高さん:「師匠は沢山の弟子を見てきたので、陶芸を生業とする厳しさを熟知しています。使いやすさにこだわった器作りを教え込む事が、弟子が独立した後もお客様に喜んでもらえると、心を砕いて伝え続けて下さいました」

飯高さん:「昔からある寸法を崩さないようになるべく作ってるというのはあります。お膳に乗せる寸法を守れば、使いやすいうつわができます。日本のごはん茶碗、大皿、中皿、小皿のサイズは決まりがあって、その寸法を守れば使いやすいうつわになりますね」

日常でうつわを使ってもらえるよう、電子レンジで使えて食洗機で洗えるサイズにするなど、機能面でもハードルを下げる工夫を怠りません。

自分の表現したい「陶芸」を追い求める

独立して約10年。現在の飯高さんの目指す方向性は、「作り手として表現できることを魅せる」。

飯高さん:「今までは、『お客さんに喜んでもらえればそれでいい』という感覚でやってきたんですね。もちろん喜んでいただけることは変わらず続けていきますが、自分の好きなものを表現して見てもらう表現も、次のステップを考えています」

企業の依頼で、仏壇に置くコーヒーカップを製作するなど、コラボレーションにも積極的に取り組むことも。

「コーヒーをお供えしたい」という声から生まれた、ミニマグカップ

また、陶芸界の若手の育成にも力を入れ、プロダクト商品を作ることで、陶芸家を目指す若者へ成長する機会を作ります。

その人の暮らしを彩るうつわを

「洋服はワンシーズンで旬が終わるかもしれない。でも、飯高さんのうつわを買えば、ずっと潤いのある暮らしができる。それなら、このうつわを買ったほうがいい。だから大切に使います」

先日個展を行なった福岡での出来事。若いお客さんから言われた一言が印象に残っていると話します。

飯高さん:「ものを大切に使おうとする姿勢を感じましたね。よりよい生活を自分で作るために、そういうモノを大切に使うという感覚に戻っている気がしていますし、戻らなくてはいけない。日々の生活が潤うような暮らし方、その時間を楽しむような」

せわしない毎日を過ごしていると、忘れがちな時間。おざなりになりがちな暮らし。
気づくと心が荒むことも多い日々の生活ですが、だからこそ、自分で心地よい暮らしを作るように心がけるのも、楽しく暮らせるヒントのひとつかもしれません。

飯高幸作 オフィシャルサイト
http://iitaka-kousaku.com

Instagram
https://www.instagram.com/iitaka_kousaku/

書いた人

浅草育ちの街歩きエッセイスト。『いつかなくなる まちの風景を記す』をコンセプトに、年間500軒の店巡りで好きな店を語るWebマガジン〈かもめと街〉の執筆を中心に活動。喫茶店などレトロなものに惹かれる。消えゆくタイルを集めた写真集『まちのタイル』を自主製作で販売。散歩好きなのに地図が読めない方向オンチ。 ■Webマガジン〈かもめと街〉https://www.kamometomachi.com ■写真集『まちのタイル』https://kamometomachi.booth.pm/items/3904655