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品質、価格、使いやすさを考慮して、髙森さんが選びました
漆について原稿を書くだけでは飽き足らず、ギャラリー「スペースたかもり」を開廊して25年。「使ってみた結果、安心してすすめられるもの」を取り扱う。さらには「できるだけお客様に手で触って選んでもらう」ことが髙森さんのポリシー。まだ漆器が陳列される棚に〝お手を触れないでください〟という注意書きがあったころから、髙森さんは実際に使ってから選べるように「お椀で食べる会」を催すなど画期的な試みを続けてきました。そんな25年の蓄積から選出されたお椀を紹介します。
漆器でもっとも丁寧なつくり、なのに軽やか
伏見眞樹さんの本堅地総黒大椀
「本堅地(ほんかたじ)」とは漆器づくりの伝統的な技法で、下地を重ね、下塗り・中塗り・上塗りを経て完成。漆椀でいちばん手間をかけた工程を経ます。髙森さん曰く、「価格も相応になるので、ふだん使いには本堅地でなくて十分。ただ、本堅地にしかない格調もあり、伏見眞樹(ふしみまき)さんの落ち着きをたたえた漆黒の椀はまさにそう。世代を超えて使うと考えれば、本堅地のお椀を持つのもひとつの手です」。欅(けやき)材の中でも軽い木地を選び、そこに薄く下地を付けることで、本堅地塗り椀の風格がありつつも、軽快で洗練されたたたずまいに。「漆の選び方、塗り技があってこそ。つくり手の技量を語ります」
どんな料理も受け止めるどっしりしたフォルム
赤木明登さんの正法寺椀(中)
岩手県南部にある正法寺(しょうほうじ)。そこに伝わるお椀の中から作者が選び出した形を写し、さらに現代の暮らしに合うものとして発表。以降、27年間ロングセラーとなっている、作者を代表するお椀です。人気の理由はお粥(かゆ)からシチュー、サラダなど盛る料理を問わない万能な形。「今では漆の世界を牽引する存在の赤木明登(あかぎあきと)さん。デビュー当時のお椀を紹介するのは恐縮ですが、〝紙衣(かみこ)〟と名付けた、和紙を張った赤木さん独自の技法が私は気に入っています。ラフな印象の仕上がりの塗り肌が手に心地いいんです。お椀の重みも、高齢になった今では安定感となって手に優しい」
沖縄の材でつくる漆のうつわ
木漆工とけしの平椀
夫の渡慶次弘幸(とけしひろゆき)さんが木地師、妻の愛さんが塗師(ぬし)。共に輪島での修業を経たのち、沖縄県北部に工房を構え、沖縄に自生する木を使ったものづくりを行う。「スペースたかもりがつきあうなかでも個性が立ったつくり手です。『へらさじ』というユニークな形のさじが私は特に気に入っているのですが、沖縄の木という軸を基に若いふたりがこれまでにない漆の世界を見せてくれることに期待しています」。写真の椀は沖縄県産の楠(くすのき)を使った「塗込拭漆(ぬりこみふきうるし)」シリーズ。木の風合いを生かすため、薄く何度も漆を塗り重ねて、軽量で気楽に使えるお椀に。使ううちに漆が透け、輝く木肌がのぞくなどの経年変化も楽しめます。
絵柄のある椀をふだん使いするなら
戸枝恭子さんの漆絵椀
「無地のお椀をふだん使いに推奨している私としては、『手始めにこれ!』とは言い難いのですが…。家族が多ければ柄のものがひとつ入ってもいいし、焼きものを含めて無地ばかりのうつわが食卓に並ぶようなら、こんなお椀が加わるとぐっと雰囲気が変わりますよ」。上塗りの上に「彩漆(いろうるし)」で描かれるのは「草文(くさもん)」「葉文」と、つくり手・戸枝恭子(とえだきょうこ)さんが名づける植物の姿。「枝を伸ばした木々や野草に囲まれた工房には四季折々の自然を写したスケッチがたくさん。その中から切り取った絵がお椀に描かれるので、想像で描くイラストとは異なる存在感です。好みのモチーフとの出合いがあれば、愛着のわくお椀になると思う」
現代の暮らしに合うスタイリッシュな形
輪島キリモトのすぎ椀(中)
木と漆の仕事に携わる「輪島キリモト」の7代目桐本泰一(たいいち)さんはデザイナーとしての顔ももち、漆のうつわ、小物から家具・内装まで幅広いものづくりに挑戦中。その代表作である本椀は、上からのぞき込んでも、横から見てもきれいなフォルムを追求した新しいお椀の形。うつわの中は従来のお椀のように丸みをしっかりとってあるので、汁物を最後まで飲めてその跡も美しいのが自慢。「この形から漆のある日常に入ってくれる人がいれば、それも私は大歓迎。汁椀のほか小鉢としてもよく、使用範囲は広い。若い人やデザイン重視のクリエイターたちへの贈り物に使うことが多いです」
木目を生かした温かみのある肌
佐藤智洋さんの溜塗大椀
縁に見える黒の帯は布着せした部分で、そこに下地を施して、傷みやすい縁の強度を増す。この上に顔料を混ぜていない漆本来の色(飴色)を重ねると下地は黒く、木目が深い飴色に輝きます。この黒と飴色の対比が美しいと感じる佐藤さんは、漆そのものの色を生かした「木地溜塗(きじためぬり)」を作風に。「この落ち着いた地味さ加減。これを若者がぶれることなくつくり続けているというところに私は興味をもっています。うつわが地味だからこそ、盛る料理を引き立ててくれる利点もある。このぐらい大きな椀であれば麺類も入るし、使用頻度は多いです」。木肌は使い込むうちに明るくつやが増します。
髙森寬子 たかもり・ひろこ
エッセイスト。婦人雑誌の編集者を経て、日本にあるさまざまな生活道具のつくり手と使い手をつなぐ試みを行う。東京・小石川の「スペースたかもり」を主宰し、漆の日常食器を主体に、年に5〜6回の企画展を開催。著書に『美しい日本の道具たち』(晶文社)、『心地いい日本の道具』(亜紀書房)などがある。写真は著書『85歳現役、暮らしの中心は台所』より。
右の写真/80代に入ってリフォームした髙森さんの台所。使用頻度の高い漆椀は手が届きやすい引き出しに。傷がつかないように仕切りを入れて収納。
初春展「普段使いの漆の器/安比塗と輪島の漆」開催のお知らせ
2024年1月1日に発生した「令和6年 能登半島地震」により、髙森さんと交流がある輪島の作り手さんも皆被災されました。現在は作品完成の目途が立たない状況ですが、ギャラリーで輪島の作品を若干預かっていました。そこで今年初春の企画展は、少しでも応援につながるよう、当初予定していた安比塗(あっぴぬり)に輪島の作り手さん作品を加えて開催されます。
期間:2月16日(金)~3月2日(土)の金・土曜のみ開廊
時間:12時~18時(最終日は16時まで)
場所:スペースたかもり(東京都文京区小石川5-3-15 一幸庵ビル3階 ※企画展開催時のみ開廊)
電話:03-3817-0654
撮影/長谷川 潤 構成/藤田 優、後藤淳美(本誌)
※本記事は雑誌『和樂(2023年2・3月号)』の転載です。
※掲載商品の価格は2024年1月現在のもので、税込価格です。
※すべて手づくりのため、売り切れや、価格が変更になる場合があります。
※サイズはおおよその目安です。
■商品の問い合わせ先:「スペースたかもり」電話・ファックス:03-3817-0654 メール:space-t@ab.auone-net.jp