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読み物
Culture
2019.09.19

鰻、食べろよ。万葉集に見る大伴家持と石麻呂の友情エピソードとは?

この記事を書いた人

暑くてぐったりしちゃう夏のパワーアップフードといえば「鰻」! ところで、令和で話題の『万葉集』にも夏に鰻を食べる事を詠んだ歌があるって、知っていますか? その歌の作者は、『万葉集』の編纂者としても名高い歌人・大伴家持(おおとものやかもち)。高岡市万葉歴史館の新谷秀夫先生に、この歌に隠されたエピソードを教えてもらいました。

「夏痩せに鰻」!? 歌に現れた大伴家持のキャラクター

新谷先生、「鰻」って言葉が入っているこの2つの歌、「夏痩せ」とか「痩す痩す」とか書いてあってとっても気になるんですけど、どんな意味ですか?

石麻呂に 吾れもの申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻とり食せ
(※鰻=むなぎ/食=め)・巻16‐3853 

痩す痩すも 生けらばあらむを 将やはた 鰻を漁ると 河に流れな
(※将=はた/漁=と)・巻16‐3854 

まずね、この2首の前には「嗤笑歌(ししょうか)=笑いの歌」っていうタイトルが付いているんです。それで1首目は「石麻呂(いわまろ)さんに私(家持)は物を申し上げます、夏痩せによく効くといわれているものですぞ、鰻を獲って食べなさい」。2首目は「痩せながらでも生きている方が良いでしょう、万が一鰻を獲ろうとして河に流れてはいけませんよ」ということですね。

夏痩せに鰻を薦めておきながら、「痩せながらでも生きている方がマシでしょう」とは! 家持、冗談キツ目ですね。

大伴家持像(高岡市万葉歴史館)

歌の後にも説明が付いていましてね、「石麻呂という名前の人がいて、飢饉の人みたいに痩せていた」と。で、そこで家持がこんな歌を作って笑ったと説明があるんです。「飢饉みたいに」なんて、今だったらあんまり良い言い方じゃないですけどね。

ですよね。でも、鰻が滋養強壮にいいという認識は当時からあったんですね~。石麻呂に「痩す痩す」連呼するなんて、家持はどんな人だったのかなぁ……。

 

それについてはね、「家持は痩せ型じゃなかった説」と「家持も痩せ型だった説」とで、全く別の見方ができますよ。私は、後者の「家持も痩せ型だった説」です。だって、歌の前にはっきり「笑いの歌」って書いてある訳でしょう?

と、言いますと…?

恰幅のいい家持がガリガリに痩せた石麻呂に対して「鰻食べろよ」って言ったとしたなら、キツいでしょ? でも痩せの家持が、自分と同じく痩せてる人に「夏なんだし鰻食べな」とか「お前、痩せだから流されるなよ~」と言ってるんなら、仲良しで楽しそうじゃないですか。笑いの歌であるならば、家持も痩せていたと見る方が、しっくりきますね。

おぉ、確かに2人の関係性によってガラッと歌のイメージが変わりますね。当時の貴族、役人がこんな冗談を言い合っているなんて意外です。でも先生、家持が痩せていたという根拠はあるんですか?

大伴家持が痩せていた、というはっきりした記述はありません。ただ、万葉集の中には家持が女性から「野菜を食べて太りなさい」と言われてる歌はあります(巻8・1460)。それから、この時代の役人は、大陸の人たちを応対できるよう恰幅がいい方が出世が早かった、という研究がありますけど、家持は、越中に赴任するまでは出世らしい出世もしてないですからね。

「鰻」の2首が珍しい歌の宝庫・巻16に入ったワケ

ところで先生、「鰻」って当時はどんな風に料理されてたんでしょうか?

えっとね、まずこの時代に「かば焼き」ってことはないと思いますよ。ぶつ切りにして煮物か焼き物にしていたのかな……と推測します。なんせ、万葉集に鰻を詠んだ歌はこの2首しかないから、はっきりした調理方法までは、わからないですね。

そうなんですね~。白焼きの鰻も絶品だし、きっと当時の調理法でもおいしかったはず! ところで、鰻の歌はこの2首しかないということですけど、和歌の題材に「鰻」って、ちょっとびっくりです。古典の授業で習う和歌の題材って、花とか月とかいかにも雅な物が多いので、鰻はあまりにも身近過ぎるというか。

そもそも、貴族の作品に「食べ物」が詠まれること自体、珍しいですよ。『源氏物語』や『枕草子』にだって食事のシーンは登場しないでしょ? この歌は、『万葉集』の中でも、変わりダネが多い「巻16」にあります。家持の歌は、「巻16」の中にはこの2首だけ。『万葉集』の歌としても、大伴家持の歌としても特異な作品ですね。

「鰻」で浮かび上がる家持と石麻呂の仲の良さ

鰻の歌でからかわれて、石麻呂はどんな気持ちだったんでしょうか?

それはね、嬉しかったんだと思いますよ。というのはね、この歌を『万葉集』の編纂時に提出したのは、石麻呂側だったようなんです。イヤな歌だったら記録して提出したりしないはずですから。

ということは、この歌は家持が積極的に『万葉集』に収めたというよりは、石麻呂が収めようと出した歌だから、編纂者の家持がオッケー出したくらいの感じなんですね。

そうでしょうねぇ。「巻16」は、家持が直接的に編纂した部分ではなさそうですし。それとね、石麻呂の父親は医者なんです。知識ある医学の家柄の人に「夏痩せにいいから鰻食べろ」なんて、からかい以外にないですよ。それでも石麻呂はこの歌を提出したんだから、家持の気遣いが嬉しかったんだろうし、何より家持と石麻呂が仲良しだったという証拠じゃないですか。

おいしい鰻の歌なのかと思っていたら、家持と石麻呂の仲の良さが伺い知れる歌なんですね~。

そうでしょ。ちなみに家持はね、『万葉集』の他の部分を見てみると、いちいち歌に細かい注釈をつけるタイプ。よく言えば几帳面。悪くいえばくそ真面目。あるいはバカ正直(笑)。歌を詠んだら日付から状況まで、キチっと記録するタイプですね。

大伴家持像(高岡市万葉歴史館)

そのキャラクター、「家持は痩せ型だった説」の方ともぴったりきました。勝手な私のイメージですけど……。それにしても鰻の歌から、こんなに大伴家持のエピソードが出てくるとは思いませんでした。これからは土用の丑の日も、家持と石麻呂の仲の良い姿を想像しながら、おいしく鰻をいただきたいと思います。

そうそう、令和の時代ですからね。この「令和」の二文字をきっかけに、『万葉集』の時代の人々の会話や暮らしぶりに思いを馳せてもらいたいですね。

大伴家持が来た越の国 高岡市万葉歴史館

館名: 高岡市万葉歴史館
住所:933-0116 富山県高岡市伏木一宮1-11-11
開館時間:4月~10月-午前9時~午後6時/11月~3月-午前9時~午後5時
・入館は閉館の45分前まで
・図書閲覧室は9時30分~4時30分(複写サービスは3時まで)

休館日: 火曜日(火曜日が祝休日の場合はその翌日)・年末年始
公式webサイト:高岡市万葉歴史館



書いた人

大学院まで日本文学を専攻。和歌や俳諧、江戸から昭和にかけての生活文化などが好き。神保町中のカレー屋を制覇するという課題を自らに課し、1.25倍に増量した過去をもつ。そのため茶室では、常ににじり口で身体をぶつけている。縁のあるエリアは東京と会津。メダカ飼育歴約10年。