茶の湯は、ちょっと難しい感じがして、身構えてしまうけど、「お気に入りの茶碗でお茶を飲むだけ」と考えたら、やってみたい! という気持ちになれるはず。ここでご紹介するのは、茶の湯という知的な遊びに魅入られた人たち。行き詰まってしまったときは別の世界に触れるのもいいんです。和樂INTOJAPANでは漆芸家、アバンギャルド茶人、サラリーマン陶芸家…それぞれのお茶との向き合い方に迫り、全3回「日常のお茶こそROCK!」を毎週木曜日に更新します。「なんだ、お茶ってこんなに自由なんだ!」と新しい発見が見つかるかもしれません。
「日々の中にちょっとした“異界”があると人生はより面白い!」
第1回 漆芸家・「彦十蒔絵」代表 若宮隆志さん
仕事場で薄茶を点てる若宮さん。古典文学などの物語に発想を得て、作品のモチーフを考えることが多く、書棚には文学、哲学、歴史、芸術などの本がずらりと並んでいる。
伝統的な超絶技巧を用いながら、だれも見たことのない型破りの作品を生み出し、世界中の漆芸ファンを魅了している若宮隆志(わかみやたかし)さん。手がけた数々の茶道具は力強い造形美だけでなく、それぞれに熱い精神が込められていて、まさにROCK! です。仕事の合間の一服で、慌ただしい日常から離れ、クリエイティビティの泉へ――。
若宮さんの茶の湯ROCKその1
茶碗の既成概念を裏切る! “見立て漆器”でお茶を一服
自作の漆の飯茶椀「たたら椀」を茶碗に見立てて。ほかの目的につくられた器物を茶道具として転用する「見立て」は千利休から続く茶人たちの趣向の醍醐味といえる。
「制作している漆の作品はROCKかもしれませんが、お茶のいただき方は、いたってふつうですよ」と、笑顔で語る若宮隆志さん。石川県輪島市を拠点とする漆芸職人集団「彦十蒔絵(ひこじゅうまきえ)」の代表として、これまで数々の革新的な漆作品を生み出してきました。一般的な漆の茶道具といえば、棗(なつめ)や香合(こうごう)、盆、台、箱などですが、若宮さんは常識にとらわれることなく、漆の茶椀を数多く手がけています。そこには茶の湯の歴史に燦然と輝く名茶碗の技法を“見立て漆器”として写した作品も。
「彦十蒔絵」が制作してきた漆の茶椀の数々
黒い漆の中に描かれた龍。美しい螺鈿が輝く。
若宮さんの茶の湯ROCKその2
漆芸も茶の湯も歴史を超えて、新しい時代に挑んできた
既成概念を打ち破り、新しい発想で美に挑むアプローチはROCKそのもの。思えば、千利休をはじめとする伝説的な茶人たちも、通例に甘んじることなく、独自の美意識を切り拓いてきました。アニメのキャラクターをモチーフにするなど、若宮さんの作品は、単なる「超絶技巧の美しい伝統工芸品」とは言いきれない、そこはかとなく漂う“異界”や“闇”があるのも魅力です。
「鉄腕アトム」のアトムをモチーフにした茶椀。
「単に伝統的なものをつくるのではなく、現代の感覚で、普遍的な人の心、自然の摂理など心でしかとらえようのない物事を漆で表現したいと思っています。アニメの悪役キャラクターも心があって自らの闇に苦しむわけです。でも闇の中に光は見つかる。明るいところでは光は見つかりにくいものです。大変なことも多い日常では、頭の中に“異界”という場所があったほうがいい。だれでも異界の中では自由になれますから」
愛らしいかぼちゃの形の菓子器は「彦十蒔絵」と漆芸家・笹井史恵さんのコラボ作品。
若宮さんの茶の湯ROCKその3
茶碗が「軽い」という驚き! 芸術とは人の感覚への問いかけである
“見立て漆器”による「木葉天目」でいただくお薄。
「『陶器なので重いはず』と手にした茶碗が思いがけず軽ければ、驚きがありますよね。子どものころは、こうした既成概念はなかったのに、大人になると知らず知らずのうちに“こうあるべき”という思い込みに囚われています。“見立て漆器”は、人がもっている感覚への問いかけでもあるのです。」
左写真は美しい“見立て漆器”の唐物茶入。右写真は茶道を嗜む高さん(左)に、いただく作法を尋ねながら「おいしいですね」と小西さん(右)。
漆芸の表現と同じく既成概念を打破してお茶を楽しむ
蒔絵師である柳沢修さんの工房で「彦十蒔絵」の職人仲間が集まって、気軽なお茶の会。お茶を点てる若宮さんとおしゃべりをしながら。右から柳沢さん、高禎蓮さん、小西紋野さん。
漆芸は木地、下地、塗り、蒔絵など多くの工程を要しますが、「彦十蒔絵」では、それぞれの作業を、専門技術をもつ職人が分業で行います。世界観を創造して職人の得意分野を考慮しながら作業を采配し、作品をつくり上げるのが、プロデューサーである若宮さんの役割。職人たちは、基本的に、それぞれの工房で個別に作業をすることが多いのですが、この日は、若宮さんの声がけで仲間が集まり、午後のお茶を。
左は昔から輪島の漆職人たちのおやつとして知られている「伊豆屋」の「塩せんべい」。右は水を入れると油滴(ゆてき)天目の見込みの中が輝く。
「天目茶椀に水を入れると、蒔絵がキラキラと輝いて一段ときれいやね」“見立て漆器”の茶椀を試しながら、みなさん、職人ならではの視点で会話が弾みます。職務を超えての楽しい時間。各々が自らの技術を全力で発揮して、つくりあげる作品はエネルギッシュな一曲の音楽のようなものであるのかもしれません。
蒔絵の技法について話をする柳沢さん(左)と小西さん(右)。
若宮隆志さん。漆芸家としての枠にとどまらず、漆芸職人集団「彦十蒔絵」のプロデューサーとして活躍。超絶技巧の漆芸作品は海外からも注目を集める。輪島漆再生プロジェクトにも取り組む。
「日常のお茶こそROCK!」全3回
第1回 漆芸家・「彦十蒔絵」代表 若宮隆志さん
第2回 アバンギャルド茶会主宰 近藤俊太郎さん
第3回 メーカー勤務 平金昌人さん