尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
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命のやり取りをする刀剣に惹かれる。阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.1
東洋の雰囲気を感じるファッションが好き
給湯流:今日の私服、素敵ですね。※シノワズリーですかね?
阿部:日本文化を話す、ということでアジアンなテイストにしてみました。黒いアウターとブラウスは、『ヨージ』です。
給湯流:『Yohji Yamamoto』! とてもお似合いです。ブラウスはチャイナ服みたいな形ですね。ブラウスとアウターの間で重ね着されている花柄の服も素敵ですが、こちらは?
阿部:『ハイダー アッカーマン』です。
ここで、同席していた『和樂web』統括・鈴木が「え!」と声を出す。ファッション誌の担当が長かったもので、思わず興奮。鈴木が会話に乱入だ(笑)。
鈴木:『ハイダー』ですか、スーパーモードですよね。よくそんなところまで、行きつきましたね!
阿部:よく行くセレクトショップのバイヤーさんが教えてくれて。ちょっと調べてみたら、格好良くてハマってしまいました。スタイリストさんなどに「ハイダーが好き」というと、「マニアックだね。」といわれることもあるのですが(笑)。
※シノワズリー:主に18世紀にヨーロッパで流行した中国風の装飾様式
徳川将軍がオランダ商人に渡した着物、ヨーロッパで大流行
『ハイダー アッカーマン』はベルギーのアントワープ王立美術アカデミー出身デザイナー。2023年は『ジャンポール ゴルチエ』のゲストデザイナーを担当している。
ヨーロッパのデザイナーが日本の着物に着想を得たと聞くと、珍しいと思われるかもしれない。しかし実は、ヨーロッパには17世紀から日本の着物が輸入され、人気を博した古い歴史があるのだ。
みなさんも日本史の授業で習った、江戸時代の長崎・出島。オランダ船が入港していた場所だ。ふだんオランダ商人は出島で働いたが、江戸にいくこともあったそうだ。
オランダ商人は江戸城に入ると献上品を贈呈。ワインやオランダ産の毛織物、ラクダ(!)などを差し出した。そのお礼に徳川綱吉が衣服を渡したという※記録が残っている。もともとは皇室が臣下に季節ごとに衣服を贈るしきたりがあり、江戸幕府もそれにのっとった。
※オランダ商館付医員として江戸に2回訪れたE・ケンペルが書いた『日本誌』などに記録がある。
フェルメールの絵にも登場! オランダ男性のおしゃれ室内着になった「将軍のガウン」
徳川将軍が贈った衣服とは、豪華な刺繍が入り絹の綿が入った着物だったようだ。オランダ商人が持ち帰ると、軽くて暖かく、きれいな模様が入った着物は本国で「将軍のガウン」とも呼ばれ大人気に。特に富裕層のオランダ人男性が、自宅で着る高級な室内着として好んだ。
日本でもファンが多いオランダの画家、フェルメール。彼が活躍したのは江戸時代・前期だった。そのころのオランダは長崎をはじめ、世界中で貿易を行い栄華を極めた黄金時代。莫大な利益を得たのは富裕層の市民階級だった。王室や貴族が権力をもったほかのヨーロッパ諸国と違い、市民社会がいち早く発達したオランダ。王室が好みそうな歴史画や宗教画よりも、日常の生活風景が描かれた風俗画が裕福な市民に好まれた。
そんな市民のためにフェルメールが描いたのが、普段の生活の中で牛乳をそそぐ女性だったというわけだ。フェルメールといえば「牛乳を注ぐ女」「真珠の耳飾りの少女」が有名。だがしかし、日本の着物を着た男性の絵もあるのだ。
フェルメールが1660年代に描いた「天文学者」は、男性が青いガウンのようなものを羽織っている。これは当時オランダで流行った無地の着物だ。日本の着物にある袂(たもと)がついた袖が見える。
日本の着物がヨーロッパで流行った時代から何百年もたった今、『ハイダー』が着物をベースにデザインしたものを阿部さんが着る……感慨深い!
一度きりの人生、なんでも体験してみないと満足できない
鈴木:『ハイダー アッカーマン』といえば数あるモードブランドの中でも、特に尖ったデザイナーですが……。
阿部:『ハイダー』のなかには日本風のデザインがいくつかあって、そういうものが好きです。
鈴木:どのように入手されたのですか?
阿部:日本に今は店舗がないので、一生懸命ネットで探して買いました。日本の着物の生地をつかったデザインのようで、一目見て欲しいと思いまして。シワの風合いも好きです。
鈴木:帽子は? フエルト素材ですね。
阿部:こちらも『ヨージ』です。ツバが長いものが好きですね。ボトムスは『イッセイ ミヤケ』の袴パンツです。
鈴木:今の若者は物欲がないとよく言われますよね。でも、阿部さんはとことん好きなものを探すタイプ。日本で未発売のものを買うのもすごいです。
阿部:ありがとうございます。一度きりの人生だから、なんでも体験してみないと満足できないと常に思っていますね。
給湯流:素晴らしいです! 次の回では、阿部さんに新たな体験をしていただこうと思います。またよろしくお願いします。
インタビュー・本文/給湯流茶道 写真/篠原宏明 スタイリング/阿部顕嵐(私物) 撮影協力/永青文庫 参考文献/深井晃子 『きものとジャポニスム: 西洋の眼が見た日本の美意識』
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