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Culture

2023.07.28

マイクも無い時代、客に笑いを届けた狂言師のスピリットを学ぶ。阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.4

自身が気になる日本文化を、阿部顕嵐さんが20代・等身大の言葉で語る連載。前回に引き続き、300年前から代々続く、加賀前田藩お抱えの狂言・野村万蔵家の野村万之丞(のむらまんのじょう)さんに狂言を教えてもらう。

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尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる現代ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

伝統芸能にたずさわる人間も、素顔は普通の20代

野村さんと阿部さんは、少年野球で仲が良かった幼なじみ。野村さんの本名は虎之介で、阿部さんは今も子どものときのあだ名「虎ちゃん」と愛情をこめて呼んでいる。そして稽古の休憩中は、子どものときの思い出話で盛り上がった。

阿部顕嵐(以下、阿部):小学生のころさ、『三國無双』とか『戦国無双』で、すごく遊んだよね。

野村万之丞(以下、野村):やったねー! 

給湯流:それはゲームの話で?

阿部:そうです。「ストーリーモード」というので遊ぶと、真田幸村や織田信長といった戦国武将の歴史を知るきかっけになるのですよね。ゲームのおかげで歴史が好きになりました。

給湯流:少年野球チームのみんなで遊んでいたのですか?

阿部:いや、野球チームでは『モンスターハンター』をやる子が多かった。そっちもやりましたけど、僕は戦国時代のゲームをやりこみました。

野村:『モンハン』もやったね。楽しかった! 僕が伝統芸能をやっているというと、遠い存在だと思われることが多い。でもゲームもする普通の若者です(笑)。狂言は誰でも楽しめるものだと、同世代の人に伝えたくて『ふらっと狂言会』という企画も始めました。

給湯流:どのような企画なのですか?

野村:若い世代や狂言を見たことがない人も、ふらっと狂言を見に立ち寄れるようにという企画です。身近に感じてもらえるようにいろいろ工夫をしています。価格を安くしたり、人気漫画家さんにイラストを描いてもらって親しみやすい告知をしたり。狂言の公演後に、僕ら三兄弟でお客さんからの質問に答えるコーナーもつくりました。自分が若いうちは、同世代の人に狂言を広める活動もしたくて。

阿部:狂言はハードルが高いと思われるかもしれない。でも実際に観ると今のお笑いと似たところもあって純粋に面白いよね。聞き取れない古い言葉も少しあるけど、しばらく観ていれば慣れるし、パンフレットも読めばあらすじがわかって、楽しめる!

マイクのない時代、大勢の客に声を届けるために生まれたメロディアスなセリフ

野村:では、ここからは狂言の演技を体験してもらうね。

阿部:おお! 

野村:狂言は最初に「私は〇〇です。」と自己紹介をするよ。狂言に出てくる人は固有の名前がない「あるところの人物」という設定が多い。

野村:じゃあ、始めるね。「このあたりの者でござる。」

とてつもなく声量はあるが、柔らかいトーンでやさしく耳に入ってくる野村さんの声。独特のグルーヴがかっこいい。この短いセリフの中に、絶妙な間(ま)や音程の違いがある。観客をハッと引き付ける力が伝わってきた。

野村:これは「この辺りに住んでいる者です。」というセリフだよ。今日は、自分の名前を名乗ってもらおうと思います。僕だったら「それがしは野村万之丞でござる。」ポイントは、すごくゆっくり、メロディーがあるような喋り方をすること。

阿部:なるほど。

野村:昔は能舞台が外にあって、マイクもなかった。遠くのお客さんに声を伝えるためには早口だと伝わらない。だからセリフにメロディーをつけて、音のうねりで遠くまで届けていたと思うのだよね。じゃあ、さっそくやってみよう。「それがしは阿部顕嵐でござる。」「あらん」のところに、山をつくる。メロディーのうねりを作るように。全身の力は抜いて、腹筋を意識してね。

阿部:「それがしは阿部顕嵐でござる。」

野村:素晴らしい! さすが、いい声だね。

JPOPのボイトレとは異なる、狂言での発声

給湯流:阿部さんの声が稽古場に響き渡って感動しました! 普段、ボイストレーニングをされたりしますか?

阿部:やっていますね。オペラの人に習っています。

給湯流:オペラの先生……すごい! 古典の先生に習っているのですね?

阿部:そうです。体の力を抜いて、腹筋をつかって声を出すと虎ちゃんが教えてくれた点、オペラの先生からも似たことを教わったことがある。

給湯流:JPOPのボイトレはしないのですか?

阿部:僕の経験上、JPOPは首に力を入れてニュアンスをつくったりします。そういうテクニックも大切なのですが、その前にまず声の出し方を勉強したい。今オペラの先生にレッスンしてもらっていて、声の出し方をしっかり学んでから、自分なりにアレンジできたらいいなと思っています。ただ「カーン」と観客に声が届けばいい、というものでもないし。

野村:ただ声が届けばいい、という話、すごくわかる。小鼓(こつづみ)※を習っていたことがあって、先生に言われたことがあります。「ポーン!」というよく通る音だけをわーわー鳴らしていたらダメだと。「チッ」という小さな音を鳴らすことも大切。音が小さいと、お客さんが耳をそばだてて集中する。押すだけではなく引くことで、お客さんの意識をぐっと自分に寄せていくのが、伝統芸能の楽器やセリフで大切ですね。

阿部:現代の舞台と一緒だわ。

※小鼓…小さい打楽器。能楽や長唄の囃子(はやし)でつかわれる。右肩にのせ、左手で楽器を持ち、声を出しながら右手で打つ。

舞台上での演技では、観客を引き付けるために自分で「カット割り」をする

阿部:僕も舞台でお芝居をするときは、お客さんの意識を引き付けることに注意していますね。劇場にいるお客さんのカメラワークを僕が動かしてあげる。カット割りを自分がやる感じです。もし演技の中で右手が大事だったら、まず右手を動かす。それでお客さんの目を右手に移動させた後に、セリフを言います。お客さんの意識を舞台の大事なところに、効率よく寄せてあげるのです。

給湯流:なにげなくテレビドラマを見ていると気づきません。でも映像作品は、監督が視聴者に一番見てもらいたいカメラ・アングルでカット割りされている。それにあたるものを、舞台では役者が自らやらないといけないのですね。

阿部:セリフもずっと単調にしゃべっていると、お客さんが飽きてしまいます。たとえば元気に話していた役者が「でも…」と急に小さい声になると、お客さんの視線が集まる。小さい声だからこそ観客が集中することは、ありますね。抑揚と強弱のバランスは大事。虎ちゃんが言っていることと同じだね。

芸能事務所に入った直後、ダンスレッスンで4時間ずっと同じステップを踏んだ

給湯流:ところで野村さんは初舞台が3歳だったそうですが、小さいときの稽古で思い出深いものはありますか?

野村:正直、稽古が楽しかったことはなかったですね。稽古後にご褒美でお菓子をもらう、などはありましたが、稽古自体は甘やかされることもなかったです。

給湯流:家業を継ぐというのは、本当に大変なことなのですね……。

野村:あ、1つだけ楽しかった思い出がありました。8歳のころ舞台でやった演目が、頭巾をかぶると透明人間になるというものでして。透明になって、舞台上にいる父や祖父にいたずらができる話でした。お客さんも大笑いしてくれて、それが嬉しすぎて(笑)。

阿部:普段は厳しいお父さんやおじいさんを、困らせることができたと(笑)。

給湯流:阿部さんが芸能界に入ったのは中学1年生ですよね。最初のうちは辛いことが多かったですか?

阿部:辛かったことがたくさんありました。とくに基礎のダンスレッスンが大変。

野村:事務所に入るまで、ダンスも歌も全くやってなかったのだよね?

阿部:そうそう。ダンスで、音楽を流してずっと同じステップを踏むレッスンがきつかったです。1日4時間くらい、ずっと同じステップを踏む。

野村:え!

阿部:振付師さんに「お前ら、今から1時間な。ステップ踏み続けろよ。」と言われたり(笑)。でもそうやって、リズム感を体に染み込ませることは大切。今でも同じような練習をしていますよ。

大河ドラマの撮影と、舞台上での演技には、大きな違いがある

給湯流:話は変わって、野村さんは大河ドラマ『西郷どん』で明治天皇の役を演じられたとお聞きしました。舞台上での演技と、テレビドラマの撮影での演技で、どんなところが違うと思われますか?

野村:撮影が始まった当初は、監督さんに「狂言っぽい話し方、やめてくれる?」と言われました(笑)。

阿部:そうなの!?

野村:セリフが完全な現代語ではなく、天皇の京ことば指導を受けました。だから、普段しゃべる言葉とは違い、狂言の発声に近くなったのかもしれない。

阿部:それは、仕方ないね(笑)。

野村:祖父(狂言師・人間国宝の野村萬さん)はかつて、映像作品で演技をしたとき、共演した女優さんに「あなたの声、私を通り越して遠くまで行ってしまうのよ。」と指摘されたそうです。

給湯流:それはすごい話です。能舞台からマイク無しで、遠いお客さんまで声を届ける狂言を普段、披露しておられるから声のスケールが大きい! 映像作品に収まりきらない!

野村:能舞台で行う狂言も、映像用には演じていません。だから撮影した映像を後から見ると、伝わらないこともある。やはり生で見に来ていただきたいですね。

阿部:本当にそう思う。劇場のお客さんに気持ちが伝わっていた舞台作品が、映像に撮られると全く伝わらなくなる悲しい現象を僕も見てきました。舞台作品は、ぜひ劇場に来てほしいです。

室町時代、野外でマイクも無い中、遠くにいるお客さんまで引き付けて演技をしてきた狂言。能舞台で生で見ると声の迫力や、おおらかな笑いの包容力に圧倒される。ぜひ、みなさんも狂言を一度生で鑑賞してください。

ほかにも扇をつかった舞、大笑いやお酒を飲む演技など、いろいろな狂言の稽古をした阿部さん。稽古の詳細は、ぜひ野村万之丞さんのYOUTUBE『萬狂言チャンネル』でお楽しみください。

インタビュー・本文/給湯流茶道 写真/篠原宏明 スタイリング/野村万之丞・阿部顕嵐(私物)撮影協力/株式会社 萬狂言

野村万之丞 お知らせ

YOUTUBE『萬狂言チャンネル』で、阿部さんと野村さんの稽古の様子が見られます。
全4回配信予定。チャンネル登録をおすすめします。

横浜能楽堂YOUTUBEチャンネル「狂言の未来を切り開く 野村万之丞 26歳の挑戦」 

横浜狂言堂
2023年12月まで毎月第2日曜日 横浜能楽堂

入場料2,200円 破格の安さと親しみやすさ!
「毎月第2日曜日は狂言の日」を合言葉に、初めて観る方も狂言ファンも、気軽に日本の古典芸能・狂言を満喫できる公演です。
8月は狂言「雁大名」で、お金もないのに雁を求めようとする大名役を野村万之丞さんが演じます。狂言の前には、野村万蔵家当主で万之丞さんのお父様の野村万蔵さんのお話も。

ファミリー狂言会・夏
2023年7月30日(日)午前11時開演 国立能楽堂

毎回親子連れでにぎわい、子どもから大人まで一緒に楽しめる狂言の公演です。初めて狂言を見る方にもわかりやすい解説とともに、「魚説法」と「犬山伏」という二つの狂言をご覧いただきます。「犬山伏」に登場する犬は皆さんが知っている犬の姿なのか否か…。ぜひ会場で確かめてください。

萬狂言 夏公演
2023年7月30日(日)午後2時30分開演 国立能楽堂

人間国宝の野村萬(万之丞の祖父)、野村万蔵を中心に、本格的な狂言の醍醐味を味わうことができる公演です。特に今回は、夏の風物詩ともいえる狂言の祇園祭の山車にまつわる狂言「鬮罪人」では、大蔵流の茂山千三郎さんを客演に迎え、万蔵演じる太郎冠者と、千三郎さん演じる主人の攻防戦が見どころです。

ふらっと狂言会
2023年10月15日(日)11時開演  場所 国立能楽堂
※チケット発売は8月8日(火)

狂言を見たことがないかたでも、ふらっと立ち寄れる…がコンセプト。公演後の質問コーナーも好評です。

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野村万之丞Instagramアカウント

阿部顕嵐 お知らせ

毎週水曜 23:00更新 / 聴くエッセイ : Artistspoken『Second.ID』
MORE INFO >> https://artistspoken.com/lp/

ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage -Battle of Pride 2023-
2023年9月3日(日) at 大阪城ホール
2023年9月7日(木)~9月10日(日) at ぴあアリーナMM
MORE INFO >> https://hypnosismic-stage.com/battleofpride2023/

阿部顕嵐 オフィシャルサイト https://alanabe.com/
阿部顕嵐 オフィシャルFC https://fc.alanabe.com/

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阿部顕嵐

阿部顕嵐 (あべ あらん) 1997年8月30日生まれ、東京都出身。 俳優としての活動を中心に、映画、ドラマ、舞台と幅広い作品に参加。 主演ドラマ『oddboys』(テレビ東京)、『BLドラマの主演になりました』(テレビ朝日&TELASA)、主演映画『ツーアウトフルベース』、主演舞台『桃源暗鬼』、PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』(第31回読売演劇大賞・優秀作品賞受賞)『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage 等の作品に多数出演。 JR東海「そうだ京都、行こう。」では今年含め2年連続夏のPRキャンペーンを担当。 2024年は9月19日(木)より放送スタートのMBS 毎日放送 ドラマフィル枠『スメルズライクグリーンスピリット』にて柳田役、11月には自身初のプロデュース舞台作品 東洋空想世界『blue egoist』を東京THEATER MILANO-Za、大阪オリックス劇場にて上演する。 また、「7ORDER」のボーカルとしての音楽活動や、自身のオリジナル作品の企画プロデュースなど、活動は多岐にわたる。
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