徳川吉宗の時代、江戸で絶大な人気を誇った茶人・川上不白(ふはく)を祖とする江戸千家の若きエースだ。取材日は2023年7月下旬。川上さんには真夏のしつらえで茶室や茶道具を取り合わせていただいた。
尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
戦国武将が手に入れた茶道具、今でいう海外の高級車みたいなもの?
「今日はよろしくお願いします。茶器が見られるのが楽しみです!」江戸千家の稽古場に到着するなり、目をキラキラさせる阿部さん。まるで、野球少年が有名選手にサインをもらったときのような表情だ。
阿部顕嵐(以下、阿部):僕、歴史小説を読むのが大好きで。その中で、戦国武将が茶会に出向くシーンをよく見ます。茶会でさまざまな駆け引きがあり、「俺へのもてなしは、この程度の茶道具か」などと、武将の心情を読むのが面白いです。
川上新柳(以下、川上):お詳しいですね。今日は、いろいろな茶器もお見せしますので楽しんでください。
阿部:茶室や茶道具を見るのも好きです。最近だと「つくも茄子(つくもなす)」を見に美術館にいきました。言い方が悪いですけど、武将たちがこんな小さな陶磁器を欲しがっていたというのが、面白いです。
川上:すごい。美術館にも行かれるのですね。
阿部さんが熱く語った「つくも茄子」とは、中国産の陶磁器。日本では抹茶をいれる容器としてつかわれた。金閣寺で有名な足利義満が所持し、織田信長、豊臣秀吉たちに受け継がれたという伝説がある。日本史の授業で室町時代、「日明貿易が行われた」と習った方も多いだろう。明とは当時の中国のこと。当時、中国から足利将軍はいろいろなものを輸入した。
今は茶道というと日本文化というイメージがあるが、じつは中国や朝鮮からの輸入品もつかって茶会をしてきた。とくに室町時代や戦国時代に茶道具を集めていた武将たちは、舶来品好きだったとも考えられる。
信長は「つくも茄子」を譲ってくれた相手に一国を与えたという。小さな茶道具1つと、広大な領土を交換したというわけだ。戦に勝った武将が価値がある茶道具を手に入れ、自分の権力を見せつける。乱暴な言い方をすれば、ビジネスで成功した社長が何千万もする海外の高級車を購入し、SNSで見せびらかすのと似ているかもしれない。
戦国武将の茶道は、お酒も楽しむホームパーティーの要素の一つ
川上:ではさっそく、阿部さんに茶道の一部を体験していただきましょう。まずはお菓子をどうぞ。
給湯流:お菓子を食べる作法など、江戸千家でありますでしょうか? 左手で皿を持つとか……。
川上:「絶対こういう風に食べなくてはいけない」といったルールはありませんよ。ちなみに戦国時代、武将は作法を習うために茶道をやっていたわけではありません。
阿部:そうなのですね。
川上:今は茶道というと、点前(てまえ)や作法が注目されています。ですが本来は茶事(ちゃじ)といって、食事やお酒も楽しむホームパーティのようなものでした。時間をかけてお客をもてなすパーティーの中で、抹茶も楽しんできたのです。
給湯流:今は茶道というと、静かに点前のお稽古をするイメージがあります。しかし戦国時代はお酒も飲み、わいわい盛り上がっていたのですね、きっと。
川上:もちろん稽古場では作法などもお教えしています。でも作法や点前ばかり気にしていると楽しくなくなる。茶道の基本概念は、抹茶を中心媒介にして、心地よい空間で気持ち良い時間を過ごすこと。僕は個人的にはそう考えています。
阿部:本質を考えたら、今の女の子たちがカフェで楽しく話をしているのと同じなのかもしれませんね。
好みに合わせてコーヒー豆を挽くように、相手に合わせて自由に抹茶をたてる
川上:では次に進みますね。茶道というと、大きな釜で湯を沸かすイメージが強いかと思いますが、今日は暑いので小ぶりのものを用意しました。
川上:今は、湯を沸かす道具しか置いてありません。これからここに、ほかの茶道具を持ち込んで抹茶をたてますね。
給湯流:室町将軍が抹茶を飲むときは、バックヤードのような別の部屋でお茶をたててから持ってきた。でも時代が下ると、道具を運ぶところから客に見せるようになる。面白いですね。
川上:そうですね。秀吉の場合、本人が目の前で抹茶をたて天皇などを喜ばせていたようです。では、道具を運び込みますね。
阿部:お茶は、京都のものですか? 僕は京都にいくと、よくお茶を買います。
川上:今日は、九州の八女のお茶を用意しました。抹茶はお湯の量や泡の立て方で、どんどん味が変わります。江戸千家は、いろいろな泡の状態を作る稽古をして、お客さんの好みに合わせてコントロールできるようにしよう、という考えです。
阿部:コーヒー豆と似ているかも。同じ豆でも挽き方で味が変わる。作法にこだわりすぎず、お客さんの好みに合わせてもてなすのは、とても本質的ですね。
川上:コーヒー豆に例える表現、いいですね。今後、稽古場で話すときなどにそのフレーズを使わせていただきます(笑)。
僕が戦国武将だったら、作法より楽しさ重視の茶会をするかも?
川上:どうぞお召し上がりください。
給湯流:出してもらった茶碗を、江戸千家では手の上で回したりしますか? 時計回りで何度の角度で回す、などの作法を聞いたことがありますが……。
川上:先ほどのお菓子と同じで、「絶対、右回り、もしくは左回りに」といったルールはありません。ちなみに茶碗の正面は、その茶碗の一番魅力的な面だったり、美しい柄があったりする事も多いです。
給湯流:その、正面を客に向けて置くのですよね。
川上:正面に口を付けるのを遠慮しようと感じる客もいて、茶碗を回すわけです。ちなみに我々もいちいち誰が茶碗を回したかなど見ていませんよ(笑)。
阿部:僕が戦国武将だったら、出された茶碗はそのまま気にせずパッと飲みそうです(笑)。
川上:ハハハハハ。
阿部:客である僕へのもてなしとして、川上さんが茶道具を運び、抹茶をたててくれる。目の前で起こることを見る楽しみが茶道にあるなと思いました。若い人にもぜひ、この感覚を味わってほしいです。
川上:ありがとうございます。茶道初心者向けの催しもやっていますので、みなさんに参加いただきたいですね。
この後、江戸時代の茶室に入りその場で感じた日本文化の面白い点を二人がトーク。さらに阿部さんが抹茶をたてるお点前体験もした。次回以降の記事でお伝え予定。お楽しみに。
インタビュー・本文/給湯流茶道 写真/篠原宏明 スタイリング/川上新柳・阿部顕嵐(私物)撮影協力/江戸千家
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